思った以上に進化していたHPの「3Dプリンタ」 その生まれ故郷「HP Parts Manufacturing Labs」を見学してきた

0

2024年03月19日 17:21  ITmedia PC USER

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

ITmedia PC USER

HPがスペインのバルセロナに構えている「HP Parts Manufacturing Labs」の内部(写真提供:HP)

 3Dプリンタといえば、クリエイティブな人が何か新しい“モノ”を作る時に使うデバイス――そんな印象があるのではないだろうか。いわゆる一般消費者向けの数万〜数十万円の価格帯の3Dプリンタは確かにその通りなのだが、世界最大のプリンタメーカーでもあるHPが手掛ける3Dプリンタは、もっと高い大企業/工場向けの産業用3Dプリンタだ。


【その他の画像】


 同社は、3Dプリンタに関する研究所「HP Parts Manufacturing Labs」をスペインのバルセロナ郊外に設けている。この研究所では30台以上の3Dプリンタが設置され、さまざまな研究開発活動を通して販売される製品にフィードバックが行われる。


 今回、本ラボを見学する機会を得たので、その模様をお伝えしていきたい。


●プリンタトップシェアのHPが手掛ける「3Dプリンタ」ってどんなもの?


 読者の皆さんにとって、HPといえば「PCメーカー」という第一印象が強いと思うが、同社をグローバルに見ると世界シェアトップのプリンタメーカーという側面も持ち合わせている。日本メーカーが強いこともあって、HPのプリンタにおけるシェアは日本市場では第4位だが、グローバル(全世界)、あるいは同社の本拠地である米国では数年間シェア1位をキープし続けている。


 そんなHPだが、近年は3Dプリンタに力を入れている。もっとも、一般消費者でも手が届く数万〜数十万円レベルの製品ではなく、いわゆる「吊るしの価格」が設定されていない、大企業のR&D(研究開発)や工場での部品作りに使われるような産業用3Dプリンタが主戦場だ。


 具体的な価格は公表されていないが、役員レベルでの投資判断が必要なレベル(数千万円台)になると思われる。


 そもそも「3Dプリンタ」とは何なのだろうか。簡単にいうと従来のプリント技術を応用しつつ、3Dの物体(オブジェクト、立体物)を造形していくデバイスだ。


 3Dプリンタには、紙の代わりに「パウダー(粉末)」が敷き詰められている。3Dプリンタは、パウダーに3Dオブジェクトの輪切りを印刷していく。パウダーが固まったら、次の層の印刷に入る。このプロセスを何千層にも渡って繰り返していくことで、“物体”が成形されていくのだ。


 最後に印刷されていない部分のパウダーを清掃して取り除くと、その中から完成した立体物が現われる。2Dである紙に印刷する通常のプリンタに対して、3Dプリンタではパウダーに印刷を行い、それを何層にも固めていくことで、さまざまな形状の立体物を“印刷”できる仕組みとなっている。


 現在HPが日本で販売している3Dプリンタ「HP Jet Fusionシリーズ」は、材料にポリマー(樹脂)を利用する。主力の「HP Jet Fusion 5200シリーズ」は、価格はもちろん、対応可能な材料の種類、自動生産への対応など、機能の違いにより複数の製品が用意されている。


 さらにグローバルでは、金属3Dプリンタ「HP Metal Jet S100シリーズ」も用意されている。本シリーズにより、例えば金型を起こしてパーツを作る前に、金属3Dプリンタでまず作ってみて動作を確認し、問題なければ金型を起こして量産に移行したり、場合によってはそのまま金属3Dプリンタで“製造”したりする――このような使い方も増えているという。


 なお、本シリーズは記事編集時点では日本市場で展開されていない。ただし、日本語の概要ページは既に用意されているので、そう遠くないうちに展開が始まるのかもしれない。


 HPの3Dプリンタについて簡単に紹介した所で、今回見学したHP Parts Manufacturing Labsについて改めて紹介する。


●3Dプリンタの需要な開発拠点「HP Parts Manufacturing Labs」


 HP Parts Manufacturing Labsは、Jet Fusion/Metal Fusionシリーズを始めとする3DプリンタのR&D拠点で、HPのバルセロナキャンパス内に所在する。


 バルセロナといえば、モバイルを中心とする通信業界関係者向けイベント「MWC Barcelona(旧称:Mobile World Congress)」の舞台としても知られているが、このキャンパスはバルセロナの空の玄関口「エル・プラット国際空港」から自動車で30分ほど走った、サン・クガ・ダル・バリェス(Sant Cugat del Valles)という場所にある。


 サン・クガ・ダル・バリェス周辺は「バルセロナの工業地域」という位置付けで、日本企業ではファナックやセイコーエプソンも進出し、オフィスや工場を構えている。


 HPも、そんなサン・クガ・ダル・バリェスに進出した企業の1つだ。同社のフランシス・ミネック氏(HP 3Dポリマープリンタ責任者)の話によると、HP Parts Manufacturing Labsは、米国外としては最大のR&D拠点であると同時に、3Dプリンタ事業の本社(ヘッドオフィス)も備えている。ゆえに、同ラボを含むバルセロナキャンパスの従業員数は、2500人超と大規模だ。


 ミネック氏によれば従来の産業用3Dプリンタは、「製品化前のプロトタイプ作成」が主な応用事例だったそうだ。しかし、最近はそれが段々と変わってきており、3Dプリンタで最終製品まで作ってしまうケースも増えているという。


ミネック氏 実際の製造の現場では、既に3Dプリンタの活用が進んでいる。3Dプリンタを利用するメリットは在庫を持つ必要がないことにあり、少量生産などにも適している。 メガネフレームはその代表例で、今までなら「顧客の注文を受けてからレンズをフレームに合わせて調整する」というような生産方法だったと思うが、今は「顧客の注文を受けてから3Dプリンタでフレームを製造する」とすることで、顧客により最適化されたフレームを生産できるし、在庫を持つ必要もなくなるというメリットがある。 義歯(入れ歯)のシリコン部分でも同様で、顧客の口の形をスキャンしたら、それに合わせて3Dプリンタでシリコン部分を成形(製造)するといったことも可能だ。


 現在、3Dプリンタが一番活発に使われているのは、ミネック氏の話にも出てきた義歯産業だ。次いで、自動車産業での利用が多いという。


 義歯と同じく個人への最適化が求められる義肢(義手/義足)の製造にも、最近は3Dプリンタが活躍する場面が増えている。ロボットアームや、果ては指輪を始めとするアクセサリー(装飾品)の製造にも3Dプリンタが使われてているそうだ。


 ちなみに、ミネック氏の結婚指輪は「当社(HP)の3Dプリンタで“製造”されたもの」とのことだ。


 自動車産業での3Dプリンタの利活用は、部品などの「プロトタイプ」を作る際のニーズはもちろんだが、最近では「製品」の製造にも使われている。同社のWebサイトでは、有名な事例として、ドイツのVolkswagen(フォルクスワーゲン)が金属3Dプリンタを使ってパーツを製造する事例が紹介されている。


 このように、3Dプリンタの利用領域は従来のプロトタイプ作成から、実際の製品の生産にまで広がっている。


●3Dプリンタが30台以上ずらっと並ぶ研究開発施設


 HP Parts Manufacturing Labsの敷地面積は1200m2ほどで、その中で30台以上のポリマー/金属3Dプリンタが稼働している。


 建物そのものは2階建てになっており、1階がラボ、2階がオフィスという構造だ。ラボは3Dプリンタが動いているエリアと、ラボで働いている研究者がいるエリアで完全に分離されている。


 3Dプリンタが動いているエリアはエアフローなども含めて完全に分離されており、研究者が常駐するエリアには3Dプリンタや研究機器が発する音などは漏れてこない。


 ラボはポリマー系の3Dプリンタ(Jet Fusionシリーズ)の区域と、メタル系の3Dプリンタ(Metal Fusionシリーズ)の区域に分けられている。


 見学当時、ポリマーのエリアでは3Dプリンタに格納される「ワゴン」を自動排出する機能のテストが行われていた。3Dプリンタはワゴンの中にパウダーの層を重ねていき、その層1つ1つに印刷していくことで立体物を生成していく。その生成にはそれなりの時間がかかるが、作業が終了し次第、ワゴンを自動で排出できるようにすることで、生産性を向上できるというわけだ。


 最終的にワゴンの交換まで自動で行えるようにすれば、生産自体の完全自動化も可能となる。このテストは、将来的な「生産の自動化」を視野に入れた開発の一環として行っているそうだ。


 「持続可能な3Dプリンティング」を目指して、Parts Manufacturing Labsではパウダーの再利用も行われている。


 3Dプリンタでは、ワゴンにパウダーを敷き詰めて一層一層印刷していく。そしてパウダーを取り除くと立体物が姿を見せる。これは先述の通りだが、見方を変えると、固まらないパウダーは無駄になってしまうということでもある。


 そこで最終工程で吸い取ったパウダーの一部を、再利用する取り組みを進めているというわけだ。本ラボでは、新品のパウダーを2割、再利用パウダーを8割という利用比率とすることで、無駄による環境への負荷を抑えている。


 ラボでは新しいアプリに関するテスト、3Dプリンタを製品の量産に利用する際に必要な検証、品質や耐久性などの実証も行われている。これらの結果は、3Dプリンタを利用する顧客企業にも共有されているという。


●活躍の場が広がる3Dプリンタ 身近なアイテムに使われているかも


 HPがバルセロナで研究/開発している3Dプリンタは、年々適用範囲が広がっている。既に紹介した事例以外にも、例えば靴の中敷きや底部を3Dプリンタで作るという取り組みがなされている。


 フランスのスポーツ/アウトドア用品メーカーのDecathlon(デカトロン)は、「HP Jet Fusion 5200 3D Printer」を使ってスポーツシューズの底部にあるミッドソールとアウトソールを作る取り組みを公表済みだ。靴の底部には衝撃吸収性能を求められるが、その点はBASF製の専用パウダー「BSAF Ultrasint TPU01」で解消している。


 個人的には、義肢が3Dプリンタで製造されることにはとても納得が行った一方で、メガネフレームや義歯を3Dプリンタで製造するというのは意外に思った。


 しかし、いわれてみれば、メガネフレームにせよ、義歯にせよ、個人に最適化する必要があるものであり、それを3Dプリンタで製造するというのは理にかなった話ではある。その意味で、3Dプリンタの可能性は果てしないと感じた。


 日本では3Dプリンタの活用がどのように進むのだろうか。やはり、日本最大の産業である自動車産業が鍵を握っているように思える。


 ミネック氏によれば、先に挙げたVolkswargenだけでなく、GM(ゼネラルモーターズ)もHP製3Dプリンタを利用して商用製品の生産に取り組んでおり、その事例は増加傾向にあるそうだ。日本の自動車メーカーでも、3Dプリンタを活用する動きが出てくるのは時間の問題だろう。


 その意味で、いつメタル3Dプリンタを日本市場に投入するのかを含めて、日本HPと3Dプリンタの動向には要注目だ。


    ランキングIT・インターネット

    前日のランキングへ

    ニュース設定