もしもタイムトラベルが現実になったら? クリストファー・ノーランの「ハードSF」映画を中心に考えてみる

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2024年04月29日 07:10  リアルサウンド

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『インターステラー』(竹書房)

※必要に応じて参考文献を挙げるが、本稿は『空想科学読本』シリーズとリック・エドワーズ/マイケル・ブルックス(著) 『すごく科学的: SF映画で最新科学がわかる本』を参考にしていることをお断りしておく。


■バタフライエフェクト、パラレルワールド、祖父殺しのパラドックス……

 SF作品の中で科学的な正確性を追求した「ハードSF」というジャンルがある。今回はその中でも時空を超えるタイムトラベラーが現実で起こった場合どうなるか、考察していきたい。


 『オッペンハイマー』でついに「無冠の帝王」の称号を返上したクリストファー・ノーランにとって、時間は重要なテーマだった。


 『インターステラー』は「相対性理論(ウラシマ効果)」、『TENET テネット』は「時間の逆行」だ。この二作品は時間に関するハードSFとしての要素も強い。そして、この二作品は同じ時間を扱ったSF作品だが、「未来へ」と「過去へ」で綺麗に対称を成している。


 『インターステラー』で用いられる理論は相対性理論(ウラシマ効果、リップ・ヴァン・ウィンクル効果)だ。世紀の天才物理学者アルベルト・アインシュタインが発表した相対性理論は「時間は速度や重力で変幻自在に伸び縮みする」ことを示した。本稿は物理学の記事ではないので、映画に関係する部分を拾うと「地球より重力の重い星では、時間の流れる速度が地球より遅くなる」。


 それについて『インターステラー』劇中で明確な描写がある。クーパー(マシュー・マコノヒー)とアメリア(アン・ハサウェイ)が極めて重力の強い水の惑星で数十分のミッションをこなして宇宙船に帰還すると、宇宙船で待っていたロミニー(デヴィッド・ジャーシー)から「23年が経過している」と告げられる。人間は本来、地球上でしか生きることができないため、宇宙船内の環境は疑似的に地球の環境を再現しているはずである。地球の環境に揃えられた宇宙船内と、地球よりもはるかに重い水の惑星で時間の流れが極端に異なることを端的に示している。ちなみに本作で製作総指揮に名を連ねているキップ・ソーンは本作公開の後に重力波の研究の功績でノーベル物理学賞を受賞している。内容が本格的なのも納得である。


  また、結果だけ見ると、『インターステラー』は未来へのタイムトラベルを描いているとも言えるが、他にも『インターステラー』のようにタイムマシンを使わずに未来にタイムトラベルをする方法はある。


  高速で移動する方法がまず一つだ。先ほど示したように時間は速度や重力で変幻自在に伸び縮みする。『インターステラー』では重力の重い星で過ごすことで相対的な時間の流れを変えたが、速度でも時間の伸び縮みは発生する。あくまで理屈上の話だが、仮に高速の99%(物体は光の速度を超えて移動することができない)の速度で進む宇宙船に乗って、18か月宇宙旅行をして地球に帰還すると地球では10年が経過している計算になる。


  コールドスリープもSFでたびたび見かける未来へのタイムトラベル方法である。コールドスリープするとその間、生命活動は最小限になり老化の速度は極端に遅くなる。その間、コールドスリープ被験者は意識レベルもゼロに近い状態になっているため、コールドスリープ被験者の主観では100年コールドスリープして覚醒するのも一晩寝て起きるのもほぼ変わらないはずである。仮に100年間コールドスリープして、コールドスリープ前とほぼ同じ肉体年齢のまま起床したら、本人にとっては未来へタイムトラベルしたのと同じことになる。


  コールドスリープを扱った初期作品と言えば、やはりSFの古典的名作『夏への扉』だが、現在では定番中の定番の設定である。ハードSFの括りに入る『インターステラー』、『2001年宇宙の旅』から『エイリアン』、『アバター』、『パッセンジャー』、『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』、いくつかのガンダムシリーズ作品にいたるまで様々なSF作品に登場する。少年漫画の『Dr.STONE』の石化光線もコールドスリープの亜種と言えるだろう。


  現実には「生命を保ったまま人間を冷凍できるかどうか」に技術的課題が残るが、精子・卵子の冷凍保存はすでに実現しており、2020年には理化学研究所(理研)と京都大学の研究グループが「人工冬眠実験マウス」の実験に成功している。少なくともタイムマシンよりは現実味のある方法だろう。ただしこれらの方法による未来へのタイムトラベルは一方通行だ。帰ってくることができない以上「トラベル」と呼ぶには語弊があるかもしれない。


  一応、理論的に実現の可能性が示唆されている未来への一方通行タイムトラベルに対して、過去へのタイムトラベルは非常に難易度が高い。


  つい先ごろ亡くなったピーター・ヒッグス博士が存在を予見し、60年近くかかってようやく観測に成功したヒッグス粒子を利用すれば、過去にモールス信号を送ることが可能とされているがもちろん理論の域を出ない。メディアミックス展開された人気ゲーム『STEINS;GATE』では過去に短文の携帯メールを送信できるガジェットが登場するが、それに近い。


  しかし、そんなレベルの最小限の過去へのタイムトラベルですら「理論的に可能かもしれない」という程度のレベルなのだ。最新の理論でその程度のレベルでは、SFで描かれる人間を過去に送り込むタイムトラベルなど夢のまた夢であろう。『TENET テネット』では「エントロピーを減少させることで時間が逆方向に動いているように見える」と説明されていたが、増加しかしないはずのエントロピーを減少させる技術が確立されたとの話は聞かないので、こちらも技術的に可能な領域には程遠い理論なのであろう。


  世界的な物理学者のデイヴィッド・ドイッチュ博士は「いつかタイムトラベルができるようになると信じている」と発言しているが、同じく世界的な物理学者として知られたスティーヴン・ホーキング博士は「時間的閉曲線の出現を防ぐような時間順序保護局があって、宇宙を歴史学者にとって混乱のない場所にしているかのように思われる」とそもそもタイムトラベル自体が不可能である可能性を示している。世界最高クラスの頭脳がそれぞれ全く反対の仮説を提唱しているのだ。過去へのタイムトラベルの実現難易度が極めて高いことがわかる。


  本当にジョン・タイターが未来人なのでなければ、過去にタイムトラベルをして自分が本来存在しないはずの過去の世界で何かをしたら未来に変化があるのかどうかすら複数の可能性が示唆されている。


タイムトラベルの作品は3つのパターンに分別

 タイムトラベルを扱ったSF作品では3つのパターンに分かれる。


 まず一つ目は定番中の定番で、「過去改変は可能である」だ。タイムトラベルSFの定番『バック・トゥ・ザ・フューチャー』はその典型例である。マーティ(マイケル・J・フォックス)は過去にタイムトラベルしたことで、両親の馴れ初めに影響してしまう。マーティが若き日の母に恋心を寄せられ、両親の馴れ初めに影響を及ぼすとマーティが都合よく未来から持ってきた写真のなかで自分と自分の兄弟の姿が薄くなっていく描写がある。


  視覚的で実にわかりやすい表現である。わかりやすいエンタメ作品である同作には『TENET テネット』に登場した「祖父殺しのパラドックス」=「仮に過去に行って自分の祖父を殺したら自分は生まれないはずなのに、自分が存在するのはなぜか?」のようなややこしい問題は発生しない。過去に行って何かをしたらそれは未来に影響する。


 このパターンをもう少しシリアスに深堀りしたのが『バタフライ・エフェクト』と『サウンド・オブ・サンダー』だ。そのまま映画のタイトルになっている「バタフライ効果」は気象学者のエドワード・ローレンツによる、「蝶がはばたく程度の非常に小さな撹乱でも遠くの場所の気象に影響を与えるか?」という問い掛けに由来する。


 『バタフライ・エフェクト』ではエヴァン(アシュトン・カッチャー)は過去の時点に戻れる能力を使い、幼馴染のケイリーを救うために行動をするが、彼の起こす行動はすべて長期的なものではなく分岐点となる短期的な行動である。SFの大家レイ・ブラッドベリの短編小説『雷のような音』を原作とする『サウンド・オブ・サンダー』は白亜紀に時間旅行した旅行客が、わずか質量1.3グラムの何かを持ち帰ったことで人類滅亡の危機を引き起こすほどの進化の改変が発生する。描き方は違えど、これらはすべて「過去は改変可能である」との理論に基づいている。


 二つ目は「パラレルワールド(並行世界)」パターンだ。こちらもSF作品でよく見るパターンである。前述の『STEINS;GATE』はその典型例で、主人公の岡部倫太郎が過去に戻って行動を起こすと、改変された世界は新たな並行世界として構築される。ドイッチュ博士はこの理論を支持しており、「仮に祖父を殺しても、その時点で別ユニバースに分岐するので祖父殺しのパラドックスは起きない」としている。


 『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』あたりからすさまじい勢いでスケール上昇し続けているMCUも並行世界設定を大いに活かしている。『アベンジャーズ/エンドゲーム』ではついにタイムトラベルに手を出すが、『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』ではMCUのスパイダーマン(トム・ホランド)と、サム・ライミ監督のスパイダーマン3部作のスパイダーマン(トビー・マグワイア)と『アメイジング・スパイダーマン』シリーズのスパイダーマン(アンドリュー・ガーフィールド)がそれぞれ「並行世界のスパイダーマン」という設定で夢の競演を果たしている。


  同じく様々な派生作品を生み出している『Fate』シリーズもパラレルワールド設定を多用している。初代の『Fate/Stay Night』と直接つながる作品はあまりなく、多くの派生作品が並行世界扱いである。


  三つめは最もシニカルな「過去改変は不可能」パターンだ。このパターンは劇的な展開になりにくいのかあまり見かけない。その珍しいパターンの変わり種がテレビシリーズ『フラッシュフォワード』である。ロバート・J・ソウヤーの小説を原作とする同作は、未来を変えようと奮闘するものの、「過程は変えられても結果(未来)は変えられず、未来のビジョンの結果へと収束していく」という展開になっている。ホーキング博士が支持していた説はこちらである。


  この説の場合、仮にタイムマシンで過去に行って祖父を殺そうとしても、何かしらの理由で殺人は防がれ、祖父殺しのパラドックスは起きない。タイムマシンが急に故障するのかもしれないし、銃が弾詰まりを起こして使い物にならなくなるのかもしれない。これが「時間順序保護仮説」である。こちらはホーキング博士の著書のタイトルになっている。


  このように「時間」はごく身近な存在でありながら謎だらけの存在だ。だからこそ多くの学者、クリエイターを惹きつけるのだろう。


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