AI生成の“非実在美女”が、甘い言葉や愛国ワードで懐を狙う――お隣中国の最新AI事情

0

2024年04月30日 16:31  ITmedia NEWS

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

ITmedia NEWS

写真

 「AIが人間に取って代わる労働力となるかどうか」が中国でも危惧されているが、フォロワーを集めきれていない動画配信者が失業危機を迎えるかもしれない。


【クリックで表示】1000万フォロワーを抱えるAI爆美女こと「巧克力,小檸檬」(画像6枚)


 ChatGPTやmidjourneyなどで火がついた生成AIブームから1年。ネットの壁を構築する中国でも、壁を超えてでもこれらを利用しようとする動きや、西側に負けじと中国でも生成AIやサービスが続々と登場している。バイトダンスの抖音(中国向けTikTok。発音はドウイン)などのショート動画サービスなどでは、AIによって生成された非実在の動画配信者が一部の男性層を虜にし、お金を貢がせている。


 非実在配信者で一番有名なアカウントは「巧克力,小檸檬(以下巧克力)」というアカウントだ。チョコレート、リトルレモンという意味で、間の「,」も彼女の固有名詞に含まれる。動画における表示はだいたい上半身でショートカットの巧克力だが、日本のアプリやサイトで誰に似ているかと画像を入れたところ、顔のパーツが似ているのか「佐々木希」と出た。


 そんな彼女は動画内で疲れた中高年男性を癒すような笑顔と言葉を武器に、世の男性が思っているだろう悩みについて、30秒程度の動画で「私には分かりますよ」と言わんばかりに優しく語りかける。抖音のレポートによれば90日で351本もの動画をアップしていて、これは中高年向け動画配信者の中で3番目の数なんだとか。ちなみに1位2位は500本台で一日平均で5、6本動画をアップする計算となる。


 巧克力が見つめながら話す内容といえば「なぜ今、多くの男性が一人で生きることを選ぶのですか?」「性格の良い男性は社交的ではありません」「孤独を楽しめる男性は、普通の人ではありません」「男性をあまりにも長い間一人にしておくと、機会があっても孤独を選ぶでしょう」といったまるでスナックのママかのように傷ついた男性を癒やすようなものだ。


 下手なリアル志向のバーチャルキャラクターよりも本物に近く、見慣れていない人ならば、これが生成AIによるCGだと気付かないだろう。しかしながらよく見ると、異なる動画で声が異なっていたり、声と口の動作があっていなかったりと粗も確認できる。


 巧克力は1000万人を超えるフォロワーを抱え、コメント欄には視聴者の多くの誠実なメッセージが書き込まれている。ユーザー傾向を見ると、約500万人が50代以上、約350万人が40代であり、男女比でいえば男性が多く、つまりは中国人のおじさんらの気持ちを癒やしている。


 中国メディアによれば「インターネットの日常生活に慣れている若者は当然ある程度の識別能力を持っているが、AIテクノロジーを理解していない地方都市のユーザーにとっては、それらを識別するのは簡単ではない」としたうえで「彼らは見分けがつかず、本物だと信じ見入っている」という。


●110万フォロワーの「雑なCG豊満美女」がいる


 巧克力は本物の人間と見分けがつきにくいバーチャルキャラクターだが、巧克力よりももっと雑でCGに寄った豊満美女が配信する動画もある。有名どころが110万人のフォロワーを抱える1980年代生まれのアラフォーシングルマザーという設定の「小姨妹」というアカウントで、その風貌は例えるならX(旧twitter)の中で話題となったゲーム広告「おねがい社長」に出てくる女性のようでもある。


 したがい「小姨妹」はAIが生成した画像だと気付かれやすく、プラットフォームの抖音にも見破られており「コンテンツはAIによって生成された疑いがある」と画面隅に注意書きが書かれる始末。それにもかかわらず、投げ銭を送り誠実に声掛けをする熱烈なファンが多くいる。小姨妹のフォロワー構成を見ると、やはりフォロワーの86%が男性で、それも中高年が多数を占める。


 豊満美女の小姨妹の動画を見てみた。するといかにも金持ちそうな部屋の中で微笑んだ静止画と本人の設定の声が流れ、次に販売する商品が並んだ写真が表示され、商品の特徴や限定特別価格で購入後すぐに届くといった内容の音声が流れる。


 売ってる商品は男性用化粧品や男性用パンツや服やワイン、果てはカップラーメンやライターやナイロンのひもといった、とても高級マンション住みのセレブ女性が売りそうにない庶民的なモノまである。「こんなものが売れるわけがない」と思うが、どっこいこれがよく売れている。しかも10元(約200円)もしない冴えない消耗品でありながら、おじさんファンを中心に購入することで年月100万円〜150万円は売り上げているというのだから驚きだ。


 この情報だけ得ると、中国の抖音などが行うライブコマースは100円ショップにありそうなものを中心に売るように思える。しかし本来は女性向けに化粧品やアパレル商品や若者向けの流行の商品を販売するという商習慣・消費習慣ができている。若いネットユーザーに買ってもらうためにインフルエンサーやライバーがフォロワー数と金の力をぶつけ合い、最低価格でいい商品を販売するのが通例だ。インフルエンサーはライブコマースで製品販売依頼を受けるために、己を磨き、日々フォロワーを増やすための投稿を地道に行っている。


 多くのライバーが自分磨きをする中で、生成AIによるライバーがぱっと出てきてフォロワー数は中小ライバーを抜き、地方都市の中高年に安いモノを大量に販売し、非実在女性の背後にいる制作者が荒稼ぎした。中国国内でも寝耳に水のような実に奇妙な事象として紹介されている。


 ただ前にも似たような事件があった。映像AIと音声AIを駆使し、本物かのような芸能人やジャックマーなどの起業家などの著名人のニセアカウントが次々に登場した。芸能人に成りすましたアカウントが、ファンの高齢者女性にオンラインで接触し、恋愛感情を抱かせ金銭をだましとった事件では、「老人はこんな分かりやすいオンライン詐欺でだまされるのか」と当時中国のSNSでちょっとした話題に上がった。生成AIで作られた不自然な美女に多くの中高年フォロワーがつき、ライブコマースで売上を伸ばしているのも同じ話で、本物だと信じ込んで中高年だけが投げ銭している。


 だまされるのは高齢者だけではない。愛国者もターゲットとなっている。


●愛国心を使ってモノを買わせる


 「中国はロシアをいつも助けてくれて感謝してます」「中国に長く住んでいて中国の男性と結婚したいです」――いくつもの動画でロシア人ナターシャを名乗るアカウント「Natasha Imported food」が中国ラブを訴え、中露の友好としてチョコレートやキャンディーを買ってほしいと販売している。


 ナターシャの親中情報発信に14万のフォロワーが集まり、美女の中国ラブに多くの人が信じて喜びの反応を示した。このアカウントにウクライナ人女性のOlga Loiekさんは「勝手に顔を使われ、顔をすり替えられて、あることないこと話している」「中国はニセモノ大国だ」と憤慨し話題になった。中露の友好にウクライナ人が使われるとはあまりにもひどい話である。


 注目を集めた後は商品を販売するだけでない。Olga Loiekさんの件ではHeyGenというツールを活用していて、そのノウハウ販売や制作代行を行う企業もある。AIを使用して何もないところからリアルなスタイルの画像を生成するには、生成AIの扱いに慣れた人がアクションやシーンや服装などの特定のワードを複数入力し、さらに生成物に対して修正をかけていく必要があり、多くの場合数日、欠陥がないレベルにもっていくにはさらに日数を要する。


 対して顔交換AIの活用であれば、自然な画像を生成するにも時間はかからず、専門的なスキルをそれほど必要とせず、量産可能でコストもかからない。Olga Loiekさんのように商売目的のために肖像権を侵害され、勝手に愛国者として使われるケースも増えてくるかもしれない。


 今中国では国内市場がぱっとせず海外進出ブームが起きている。TikTokはライブコマースを世界展開しているし、TikTokだけでなくさまざまな企業がプラットフォームを展開し、そこに無数の企業が商品を販売しようと狙っている。日本でも不自然な生成AIによる美女がモノを売りつけながら大挙して押し寄せてくる、そんな未来がもうすぐくるかもしれない。

    ランキングIT・インターネット

    前日のランキングへ

    ニュース設定