NHK『虎に翼』が「“F1層(20~34歳女性)”から支持される」納得の理由。朝ドラでは異例

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2024年05月02日 09:21  日刊SPA!

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(C)NHK
◆朝ドラの主な視聴者は50代以上だが…
 伊藤沙莉(29)がヒロイン役の朝ドラことNHK連続テレビ小説『虎に翼』が相変わらず高い人気を博している。第19回までの平均視聴率は個人、世帯ともに前々作『らんまん』、前作『ブギウギ』を超えている。

 性別、世代ごとに細かい数字が出る個人視聴率を調べてみると、目を引くのは若い世代の数字の高さ。昭和期より働く女性が飛躍的に増えたため、朝ドラの主な視聴者は50代以上なのだが、『虎に翼』の場合、全世代の個人視聴率が9.12%なのに対し、F1層(20〜34歳の女性)が1.47%ある(ビデオリサーチ調べ関東地区、以下同)。

『らんまん』は個人視聴率8.90%でF1層が1.05%、『ブギウギ』は個人視聴率8.80%でF1層1.02%だったから、『虎に翼』のF1層の数値は両作品の約1.5倍ある(いずれも第11回〜14回)。

働く若い世代は録画視聴組が多い。これも『虎に翼』は高い。第2週の録画視聴率の最高値は第9回の4.7%(リアルタイム視聴分を合わせると、13.5%)だった。『らんまん』は第6回の同3.9%(同11.7%)、『ブギウギ』は第7回の同3.7%(同12.2%)だった。

 どうして若い世代は『虎に翼』に惹かれるのか? 無声映画風の劇中劇などユニークな演出の数々も理由の1つに違いない。尾野真千子(42)のナレーションが軽妙で愉快なのも魅力だろう。

◆凝縮した物語を15分間で展開

 物語が進行するテンポは速く、これもドラマを倍速で観る人すらいる若い世代に合っているはず。

 第19回が好例だった。伊藤が演じる明律大法学部学生・猪爪寅子とハイキング中に口論し、ケガを負った同級生・花岡悟(岩田剛典)が、入院先の病院を退院する。その直前、寅子への卑劣な仕返しの計画を口にしたところ、やはり同級生の轟太一(戸塚純貴)から「この愚か者!」と罵倒され、張り手を食らった。

 級友の手厳しい叱責で目がさめた花岡は、ハイキング中に侮辱した同級生で3児の母親・大庭梅子(平岩紙)に謝罪する。花岡が「こんな人間になるはずじゃなかった」と自らを恥じると、梅子は許し、やさしい言葉を掛けた。

 その後、花岡は寅子に仕返しするどころか、好意をほのめかす。花岡は小中学生と同じで、寅子が好きだから、ときに冷たくしていた。第19回はまだ終わらない。寅子の父親で帝都銀行の経理第1課長・直言(岡部たかし)が「共亜紡績事件」で逮捕される。

 これらを15分間で見せたのだから、脚本を書いている吉田恵里香氏(36)の筆力には目を見張る。2022年、脚本界の最高峰である向田邦子賞を史上最年少で獲得したのはダテじゃない。

◆若い世代を惹きつけるエンパワメントの構図

 なにより若い世代を惹き付けるのは、エンパワメントの構図が丁寧に描かれているからだろう。エンパワメントとは、集団内や組織内において自信を失っていたり、本来の持ち味を出せていなかったりする仲間がいたとき、周囲がその人らしさや能力が発揮できる環境づくりをすることを指す。1950年以降、米国の公民権運動から生まれた考え方だ。

 エンパワメントの考え方には命令も競争もない。また、個人にハンディキャップやマイナス面があっても周囲はそれを補わず、その個人が持つ長所や力をより引き出そうとする。

 寅子たちも学業で同級生と競わない。だから成績面での嫉妬も生まれていない。また、それぞれが仲間の多様性を認めており、立場が違うことが分かっているから、安っぽい同情もしない。一方で仲間の一人ひとりが自然体になれて、本来の能力が出せるように努めている。

 たとえば第13回で山田よね(土居志央梨)が過酷な生い立ちを告白したとき、誰一人として慰めの言葉を掛けなかった。その後も特別扱いしない。代わりに寅子は第15回でこう伝えた。

「よねさんは、そのまま嫌な感じでいいから。怒り続けることも、弱音を吐くのと同じように大切なことだから。私たちの前では、好きなだけ嫌な感じでいて」

 立場と個性の尊重だ。よねは「あんっ?」と怪訝な顔をしたが自分らしさを認めてくれたのだから、これ以上にうれしい言葉はなかったのではないか。心を固く閉ざしていたよねにとって、寅子たちは初めての友人になった。

◆男女平等史でも優劣を描く物語でもない

 華族の令嬢・桜川涼子(桜井ユキ)も自分と平等に接する寅子たちと付き合ったことにより、本来の自分を出せるようになる。お付きの玉(羽瀬川なぎ)に「ありがとう」と本音を素直に言えた。

 梅子は夫と長男にないがしろにされたため、「自分は嫌な女」と思い込み、心が折れかかっていたが、寅子たちが好きになってくれたお陰で自信を回復する。自然体の自分を取り戻す。

 朝鮮からの留学生・崔香淑(ハ・ヨンス)は拙い日本語を笑われて嫌な思いをしていたが、梅子が声を掛けてくれたために疎外感を味わわずに済んだ。梅子が自分の家庭内での不遇と自己嫌悪を打ち明けた第18回、崔は「梅子さんは嫌な女なんかじゃない! 大好きよ」と叫んだ。梅子は力を得た。

 この物語は男女平等史でも男女の優劣を描く物語でもない。男性側の生きづらさも表し、仲間たちの存在によって自分らしさを取り戻す過程も描写されている。

 花岡の場合、東京帝大に落ちたことから気持ちが荒んでいたが、轟の張り手や梅子のやさしさであるべき自分を取り戻す。直言の弁護を担当教授の穂高重親(小林薫)に依頼し、自らも直言の無実を証明するために動く。父親の跡を継いで弁護士になろうとしていた花岡らしい。

 轟も寅子たちと級友になったことで一変した。男尊女卑的な考えが消えた。第19話、花岡に対し寅子たちが好きになったと打ち明けた。

「俺が男だと思っていた強さややさしさをあの人たちは持っている。いや、俺が男らしさと思っていたものは、男とは無縁のものだったのかもしれない」

◆旧来の朝ドラとは違うヒロイン像

 そもそも性別が性格の差を生むと考えること自体、間違いなのは言うまでもない。しかし、旧来の朝ドラは「女性なのに頑張ったヒロイン」や「内助の功を発揮したヒロイン」が目立った。

 一方で寅子は「人として頑張っているヒロイン」。男女不平等なんて許せるはずがない若い世代は好感を抱く。寅子のモデルである故・三淵嘉子さんも「女性であるという自覚より人間であるという自覚の下に生きてきた」と自叙伝に書いている。

 物語に現実味を帯びさせているところも若い世代には魅力なのではないか。1935年に直言が逮捕されたという設定の「共亜紡績事件」は1934年に発覚した「帝人事件」を下地にしている。容疑内容や逮捕者に共通点が多い。

 実際の事件はときの政権を倒すために仕組まれた冤罪とされたものの、無罪判決が出るまでに約2年以上かかった。寅子や穂高教授らの法廷闘争も長引きそうだ。

◆テーマやイズムは現代的

 もっとも、寅子の賢母・はる(石田ゆり子)が、一足早く直言の潔白を証明した。その証拠がはるが欠かさず付けている日記だったというのは心憎かった。日記は裁判で証拠として採用されることもある。第22回のことだった。

 その直前、はるが長男の直道(上川周作)に対し、猪爪家からの除籍を進言。直道はそれを受け入れようとしたが、妻の花江(森田望智)が「お母様、それは今じゃないです」と反対する。胸を突かれるシーンだった。

 一時は主婦になったことを悔いていた花江だが、おそらく、はると同じく賢母になるのだろう。この朝ドラは主婦になることの幸せも否定していない。ここでも多様性を尊重している。

 ドラマとしての完成度が高く、テーマやイズムは現代的。若い世代が歓迎するのはうなずける。<文/高堀冬彦>

【高堀冬彦】
放送コラムニスト/ジャーナリスト 放送批評懇談会出版編集委員。1964年生まれ。スポーツニッポン新聞東京本社での文化社会部記者、専門委員(放送記者クラブ)、「サンデー毎日」での記者、編集次長などを経て2019年に独立
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