海宝直人&村井良大、戦時下の広島を舞台にした名作漫画をミュージカル化 「それでも生きていこうというエネルギーをお見せしたい」【インタビュー】

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2024年05月09日 13:10  エンタメOVO

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村井良大(左)と海宝直人 (C)エンタメOVO

 太平洋戦争下の広島県呉市に生きる人々の姿を淡々と丁寧に描いた、こうの史代氏による漫画「この世界の片隅に」がミュージカル化され、5月9日から上演される。主人公の浦野すず役をWキャストで務めるのは、昆夏美と大原櫻子。すずが嫁ぐ相手の北條周作を海宝直人と村井良大がWキャストで演じる。また、国民的合唱・卒業ソング「手紙〜拝啓 十五の君へ〜」でも知られるアンジェラ・アキが10年ぶりに再始動し、音楽を担当することでも話題となっている。海宝と村井に本作への意気込みや見どころを聞いた。




−出演が決まったときのお気持ちを教えてください。

海宝 まずこの作品がどうミュージカル化されるんだろうと強く感じました。(ミュージカル化するのは)とても難しいと思うんですよ。原作は戦争をベースにしながら、それぞれのキャラクターたちの日常を繊細に描いていくことでいろんなものを浮き彫りにしていくという形で書かれています。ですが、ミュージカルは歌い出さなくてはいけないし、踊りがあることもある。エネルギーが発露するときに音楽が流れるというセオリーでは太刀打ちできない作品だろうと思ったので、それをどうミュージカル化するのかというのはすごく興味がありました。

村井 僕もこの作品をミュージカル化するとどういう雰囲気になるんだろうなと思いました。ただ、(原作の)漫画を読むと、こうの先生はたまに登場人物たちに歌を歌わせているんですよ。周作も歌っているシーンが出てくるんですよね。なので、きっとこうの先生の中で、気持ちがいいときやリラックスしているときには歌があるのだと思います。そういう意味では、この作品の中に音楽が存在するというのは自然なことなのかもしれないと思いました。アンジェラ・アキさんの楽曲も、胸に迫る、優しくて日本人に響く旋律がすばらしかったので、きっとすばらしい作品になりそうだと感じました。

−実際に今、お稽古をしていて、いわゆるグランドミュージカルなどとの違いやこの作品ならではのことを感じますか。

海宝 周作は、そもそもあまり感情を出すタイプではなくて、劇中でも言葉が少なく、すずさんからも「あまり感情を出さない」と言われるほどなので、今、(演出の上田)一豪さんやアンジェラさんと「この楽曲のこの部分は、周作さん主導では盛り上がれないよね」とか、「ここは歌うのをやめてセリフにしようか」など細かいところまで話して、丁寧に作っています。歌い上げて盛り上げるために音楽があるというよりは、漫画の世界を色彩豊かに立体化するために音楽が存在するというイメージです。アンジェラさんの楽曲は色彩があるんですよ。音楽が流れると色が見えてくるような感覚があります。

村井 確かに。そもそもたくさんリプライズ(注:楽曲を繰り返すこと)があるミュージカルではなくて、1曲1曲がまとまって完成されているような、“シングルカット”のような楽曲が多いと思います。作品を通してずっと音楽が流れているというよりは、シーンとシーンの間や、そのシーンを表現するために音楽があるので、役者たちが作品全体を通して1本線を這わせるように歌うことを目指していかなければいけないと考えています。「すずにとっての周作」を歌を通してこれから調整していこうと思います。

−お稽古の中で手応えは感じていますか。

村井 先日、初めて通し稽古(注:最初から最後まで通して稽古をすること)を行ったのですが、まだ見ている側にどう伝わっているのかが、分からないままやっているような感覚がありました。なので、海宝くんの意見を聞いてみたいと思っているのですが。

海宝 漫画でも周作がすずに影響を与えるということはすごく少ないんだけど、ミュージカルだとそうしたものがさらに絞られているんですよ。それは一豪さんの意図でもあると思います。通し稽古を見ていて、この物語はすずの目線で進んでいくものだから、周作もすずの目線で描かれていることをすごく感じました。なので、お客さんもすずのフィルターを通して見ることで、それぞれの感情を投影していくというキャラクター作りになっているのだと思います。

−なるほど。では、この作品で描かれる「すずから見た周作」という人物像は、どう考えていますか。

海宝 「周作というキャラクターは、最初から最後まで変化する人間ではない」と一豪さんはおっしゃっていました。結婚したときから周作なりにすずに愛情や優しさを注いでいますが、すずが置かれている状況に追い詰められたとき、(周作の)優しさは優しさと感じられない瞬間もあって、決して伝わりやすい人物ではないと思います。ただ、最終的には、周作の優しさを感じてもらえると思うし、それが一豪さんが描きたい周作像なのかなと僕は感じました。

村井 すずは最後の最後に、周作の隣にずっといていいんだと実感できるのだと思います。もちろん、それまでもそう考えていたと思うけれども、最後に周作の包み込むような優しさが見えてきて、「やっぱり周作がいないといけない」という思いにつながるように思います。

海宝 最後のシーンに周作が出てきたときに、ホッとしてもらえたらいいなと。

村井 それは感じる。すずに何か影響を与えなくてはと思ってこれまで稽古をしていましたが、(通し稽古を終えて)そうではなくて、広い心でただ受け止めてあげるというのが良いのかなと考えています。口数は少ない男ですが、心の広い男なんだというのは感じます。

海宝 でもそれもすずのメンタリティーによって変わってくる。お客さまがさまざまなものを投影して深読みしてしまうというのが、一豪さんの狙いなのかなと思います。

村井 今回は、舞台の構成上、時系列通りに物語が進むわけではないんですよ。原作の流れとは少しだけ違うところがあって、それによって周作の存在感はより増すのかなと思います。すずが人生や戦争、そしてさまざまな出来事によって揺れ動いている中で、動かない周作がいる。だから、最後に寄り添えるのかなと思います。

−この作品は、すずたちの日常を描いた作品ながらも、戦争も大きなテーマだと思います。戦争というテーマについては、どう考えていますか。

村井 決して軽く考えているわけではないですが、重く考えすぎてもいけないと思っています。今回、われわれがこの作品を演じる上で気を付けたいのは、「大変な目に遭ってかわいそうでしたね」と思わずに演じなければいけないということです。「かわいそうに」というのも差別なんですよ。広島に原爆が落ちてしまって悲惨な状況にあったけれども、それでもなんとかして生き延びようとして、日本を再興しようと前向きなエネルギーがあったと思います。だから、同情の気持ちでは演じてはいけないと僕は思っています。もちろん、 原爆の悲惨さや被害に遭われた方の現実はしっかりと勉強して、理解した上でのことですが、僕は「悲しい物語」を演じるつもりはありません。この作品は、それを伝える物語ではないと思うので。それでも生きていこうというエネルギーをお見せしたいなと思います。

海宝 原作漫画を読んだときに、悲惨な出来事が起きてもそこに立ち向かってたくましく生きていく姿が描かれているのが印象的でした。例え、子どもを失ったとしても生きていかなくてはいけなくて、生理的な現象は起きるわけです。そうして時が経っていき、痛みや苦しみは消えはしないけれども、生きていく中で笑いが生まれていく。この作品は、それを描いている作品で、僕はそこにすごさを感じました。なので、良大くんが言った通り、悲惨さばかりを考えて、自己憐憫(れんびん)的な表現をしてしまうと、原作が意図したものとは違う方向に行ってしまうと思います。そこは大事に演じていきたいと思っています。

−ところで、本作は呉を舞台にしていますが、呉や広島に何か思い出はありますか。

海宝 僕はまだ行ったことがないんですよ。なので、今回の広島公演で訪れるのが初めてです。せっかく行くのだから、いろいろと勉強してから行きたいなと思っています。僕の父親がプラモデルが好きで、戦艦大和などをよく作っていたんですよ。プラモデルそのものというよりも、そこにまつわる歴史が好きだったようで、子どもの頃から戦艦大和や航空母艦の話をたくさんしてくれました。なので、今回、改めていろいろと勉強できたらと思います。

村井 実は、僕の祖父は、第二次世界大戦後、シベリアで抑留されていたんです。それがようやく解放されて、帰ってきた場所が呉だったそうです。それを聞いて衝撃で。今回の楽曲の中で「黄昏(たそがれ)拝んだ欄干越しの海」というフレーズが出てくるのですが、まさにそれを祖父は見ていたのだなと思うと、運命を感じました。

海宝 それはすごいね。よくぞ生きて帰ってきてくれたね。

村井 本当に。祖父が生きてなかったら、僕も今いないですから。なので、この作品にはすごく縁を感じています。

(取材・文・写真/嶋田真己)

 ミュージカル「この世界の片隅に」は、5月9日〜30日に都内・日生劇場ほか、北海道、岩手、新潟、愛知、長野、茨城、大阪、広島で上演。


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