限定公開( 1 )
2018年に一般公開され、レジなし店舗「Amazon Go」に採用されたレジなし決済システム「Just Walk Out」は、カメラやセンサーを使って買い物客の行動を自動追跡し、手に取った商品もカメラで撮影してAIで識別できるとうたうシステムです。買い物客は、商品レジを通さずに店を出て、買い物を完了することができます。
Amazonが経営するスーパーマーケットAmazon Freshの多くの店舗では、Amazon Go同様のレジなし決済システムJust Walk Outが採用されていました。しかし最近、これらの店舗を、前回の記事で書いたAmazonのAIレジカート 「Dash Cart」(ダッシュカート)方式に変えるという米メディア「The Information」の報道が話題になりました。
●著者プロフィール:郡司昇(ぐんじ・のぼる)
20代で株式会社を作りドラッグストア経営。大手ココカラファインでドラッグストア・保険調剤薬局の販社統合プロジェクト後、EC事業会社社長として事業の黒字化を達成。同時に、全社顧客戦略であるマーケティング戦略を策定・実行。
|
|
現職は小売業のDXにおいての小売業・IT企業双方のアドバイザーとして、顧客体験向上による収益向上を支援。「日本オムニチャネル協会」顧客体験(CX)部会リーダーなどを兼務する。
公式Webサイト:小売業へのIT活用アドバイザー 店舗のICT活用研究所 郡司昇
公式X:@otc_tyouzai、著書:『小売業の本質: 小売業5.0』
●「レジなし精算」実は人の目でチェック? Amazonは否定
ダッシュカートは、カゴの中の4方向に設置されたカメラで商品のバーコードを読み取ることができ、買い物客は商品をカートに放り込むだけで購買が完了します。
|
|
Amazon Freshでは、ダッシュカートの利用者はダッシュカートを使わない顧客よりも10%多く購入。98%の顧客満足度を得ているため、ダッシュカート利用者は80%以上がリピーターであり、遠方からでも非導入店より導入店に来店する――と、Amazonは公開しています。買い上げ点数の多いスーパーマーケットでは、売り上げ効果の点でJust Walk OutよりもDash Cartが向いているという判断なのでしょう。
この報道では、インドから約1000人の従業員が人力でJust Walk Outの機械学習モデルに不可欠なビデオ画像へのラベル付けをしたり、AIだけで購入商品を識別できない場合には彼ら従業員が精算内容をチェックしたりしていたと報じています。
複数の人がすぐ近くで同じ商品に手を伸ばしてマイバッグに入れたケースなどは、棚の重量センサーでどの商品を買ったか特定できたとしても、天井のAIカメラだけでは誰が買ったか判別するのは難しいだろうということは、2018年に筆者が初めてAmazon Goを体験した時から予想していました。
その後、さまざまなパターンを研究した結果、人の目で検証するオペレーションが存在することも、筆者と同行していたメンバーは想像していたので、このニュースそのものに驚きはありませんでした。
むしろ、この複雑な仕組みをAmazon Goのようなコンビニエンスストア業態よりも圧倒的に店内が広く、来店客数も多く、滞在時間の長い食品スーパーマーケット業態で取り入れたことが、筆者には予想外でした。
|
|
Amazon Goは品ぞろえの弱さに加えてコロナ禍もあり、当初の予定ほど出店できていませんでした。大型の食品スーパーマーケットにJust Walk Outを導入し、そこで余ったハードと人的リソースを使って、AIの精度向上に欠かせない顧客行動データの取得をしていたのではないかと筆者は考えます。
ところで、Amazonは前述の報道に関連し、4月17日に「An update on Amazon's plans for Just Walk Out and checkout-free technology(アマゾンのJust Walk Outとレジなしテクノロジーの計画に関する最新情報)」という文書を発表し、以下のように報道内容を否定しています。
Just Walk Outが、遠くから見守る人間のレビュアーに依存しているという報道は事実ではない。これらの技術を支える基礎的なMLモデルを含め、ほとんどのAIシステムは、AIが生成したデータと実際のショッピングデータにアノテーションを付けることによって継続的に改善されている。
当社のアソシエイトは、このラベリングとアノテーションのステップを担当しているのである。アソシエイトがレシートを作成するために買い物客のライブビデオを見ることは決してない。これは、人間のレビュアーが一般的に関与する、他の正確さを重視するAIシステムと変わりはないのだ。
●レジなし決済システム「Just Walk Out」の売り上げ成果
Amazonの発表文で面白いのは、レジなし決済システムJust Walk Outの成果について公表していることです。その部分を抜粋して和訳すると以下の通りです。
この技術の真価は、小型店舗で発揮される。厳選された品ぞろえの店舗こそ、Just Walk Outの未来であると確信している。すでに1800万点以上の商品が販売され、米国、英国、オーストラリア、カナダの140カ所以上の店舗で導入が進んでいる。
Just Walk Outの勢いは今後も続くだろう。顧客はその利便性を気に入り、企業は売上増加、盗難減少、投資収益率の向上を実感しているからだ。例えば、ルーメン・フィールドでは取引件数が85%、売上が112%増加した。デラウェア・ノース社の店舗では、20〜30%多くの顧客にサービスを提供できるようになった。ロンドンにあるExCel Market Expressでは、最も混雑する日に300%多くの顧客に対応でき、年間売上が56%増加したのである。
小型の店舗に多くの来店客がやってくるような状況では、Just Walk Outの優位性は確実にあるようです。レジなし店舗導入の判断は「単位時間あたりの入店客数/売り場面積の大きさ」で考えるとよいでしょう。
つまり、Just Walk Outは、レジでの会計処理に時間がかかることが、店舗の来店客対応能力の限界要因になってしまうような立地や品ぞろえの店で、最も力を発揮する技術だということです。
例えば、繁華街や駅構内、オフィス街など人が多く、多くの来店客が短時間で買い物を済ませたいシーンがある立地の店舗です。Just Walk Outを導入することで、レジ待ちの時間を解消し、多くの来店客がスムーズに買い物できるようになります。結果として売上拡大につながるのです。乗車・搭乗時間までの短時間にレジまで済ませる必要がある電車のホームや空港の売店は相性の良い店舗でしょう。
米ニューヨーク・ラガーディア空港のターミナルにある売店WHスミスは、Amazonが外販するJust Walk Outを採用しており、クレジットカードで入店する店舗です。筆者は2022年9月に利用してみました。
Amazonアプリすら不要でクレジットカードで入店できるということで、開店7カ月後にも物珍しそうに見ている旅行者が大勢いました。
実際に買い物してみた感想としても、Amazon Goと同様の買い物体験でした。一点違ったところは、カード利用明細が届けば合計金額が分かるものの、Amazonアプリでの購入と違い、商品の明細がないため、複数商品を購入して会計が間違えていた場合、どの商品がカウントされておらず、どの商品が重複してカウントされているのか――といったことが分からないことです。
●「レジ待ち」の不満解消だけではない、Amazon Goの存在意義とは
連載第9回「レジ待ちの不満が『稼ぐ機会』に? 米小売大手が実践する面白い工夫」で紹介したように、レジは待ち時間や店員の対応など、顧客の不満が最も発生しやすい場所でもあります。
「レジで長時間待たされた」という時間のロスへの不満、「私より後に並んだ人を先に会計した」という不公平感、「店員の釣り銭の渡し方が……」「店員のあいさつがない」という接遇への不満、「カゴへの詰め方が……」という配慮不足への不満。
「Amazon Goが生まれた理由」の一つは、顧客不満をなくすことにあると筆者は考えています。
そもそもレジがないので時間のロスは発生せず、並ぶことにより発生する不公平感もありません。レジ待ち客が増えること、レジ不満を持つ客にクレームをつけられることがないので、店員は普通の店舗よりもフレンドリーな方が多いです。
Amazon Goが生まれたもう一つの理由は、オンライン通販のAmazon.comアカウントで入店(普段使っているAmazonアプリだけでJust Walk Outは使えます)するため、オフラインでの顧客行動データが取れるということです。
これにより、同一アカウントでのオンラインとオフラインの購買商品のギャップや、オンラインではリピート購入が多いが実店舗ではトライアル購入が多い――といった、オンラインとオフライン双方の買い物行動がデータ化できるようになります。これをパーソナライズに利用することが可能になります。
オンライン中心に小売業を展開してきたAmazonがオフライン顧客行動の最適化に取り組む挑戦こそが、Amazon GoとJust Walk Outの本質なのだと筆者は考えます。
|
|
|
|
Copyright(C) 2024 ITmedia Inc. All rights reserved. 記事・写真の無断転載を禁じます。
掲載情報の著作権は提供元企業に帰属します。