【週末映画コラム】問題作を2本 テーマは傍観者的な虐殺『関心領域』/石原さとみが鬼気迫る演技を披露する『ミッシング』

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2024年05月24日 08:10  エンタメOVO

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 (C)Two Wolves Films Limited

『関心領域』(5月24日公開)




 本作は、ホロコーストや強制労働によりユダヤ人を中心に多くの人々を死に至らしめたアウシュビッツ強制収容所の隣で平和な生活を送る、収容所所長ルドルフ・ヘス(クリスティアン・フリーデル)一家の日々の営みを描く。

 マーティン・エイミスの小説を原案に、ジョナサン・グレイザーが監督したこの映画は、カンヌ国際映画祭でグランプリに輝き、アカデミー賞では国際長編映画賞と音響賞を受賞した。

 タイトルの「The Zone of Interest(関心領域)」は、第2次世界大戦中、ナチスドイツがポーランドのアウシュビッツ強制収容所群を取り囲む40平方キロメートルの地域を表現するために使った言葉。

 オープニングの3分余り、黒い画面に不気味な音楽が流れる。一転、湖畔でのどかにピクニックをする家族の姿が映る。その後、明るい画調で幸せなそうな家族の様子が映るのだが、なぜか違和感を覚え、落ち着かない気分になる。

 グレイザー監督は「われわれが作った映画は、男とその妻を描いたファミリードラマだ。2人は美しい家に5人の子どもと一緒に住んでいる。夫は重要な仕事を任され、それをそつなくこなしている。妻は庭いじりに精を出し、自然に囲まれた暮らしを満喫している。ところが、ある日、夫から、会社が自分を別の都市へ異動させたいと考えていると知らされ、妻はショックを受ける。2人の結婚生活に亀裂が生じ、夫は単身赴任する。だが、ほどなくして彼は戻ってきて、また仕事を続け、家族と一緒に好きなことをする。ハッピーエンドだ。ただ一つ言い忘れていたのは、彼はナチスのアウシュビッツ強制収容所の所長だということだ」と説明する。

 つまり、これまで強制収容所内を描いた映画は数多いが、収容所に“勤務する者”とその家族の視点から描かれたものはなかった。しかも、収容所の煙突から死体を焼いた煙が浮かび、まいた灰で川が汚れるといった描写はあるが、残虐行為は全く見せず、間接的な音や声だけで表現している。それ故、ヘスは実在の収容所所長だが、一見有能な官僚のようにも映る。

 また、彼の妻(サンドラ・ヒュラー)は、隣で何が行われているのかには全く無関心。それは「ユダヤ人は塀の向こう」「ここはまるで楽園」といった会話にも象徴される。つまり彼女は傍観者に過ぎないのだ。

 グレイザー監督は「テーマは傍観者的な虐殺。この物語はある意味でわれわれを描いた物語でもある。この物語の中に自分自身の姿を見いだすか、自分自身を見ようとするかということ。われわれが最も恐れているのは、自分たちが彼らになってしまうかもしれないということ。彼らも人間だったのだから」と意図を語っている。

 恐怖をあおるような描写はほとんどなく、ひたすら美しい画面で幸せそうな家族の姿が映るだけなのに、ホラーとは違った意味での怖さを感じさせる。それは、この家族に嫌悪感を抱きながらも、その半面、自分も彼らと変わらない傍観者なのではと感じるところがあるからだ。

『ミッシング』(5月17日公開)

 沙織里(石原さとみ)の娘・美羽が突然いなくなった。懸命な捜索もむなしく3カ月が過ぎ、沙織里は世間の関心が薄れていくことに焦りを感じる。夫の豊(青木崇高)とは事件に対する温度差から言い争いが絶えず、沙織里は唯一取材を続けてくれている地元テレビ局の記者・砂田(中村倫也)を頼りにしていた。

 そんな中、沙織里が娘の失踪時にアイドルのライブに行っていたことが知られ、ネット上で誹謗中傷の標的となる。沙織里の言動は次第に過剰になり、いつしかメディアが求める“悲劇の母”を演じるようになる。

 一方、砂田は視聴率獲得を狙う局上層部の意向により、沙織里や彼女の弟の圭吾(森優作)について、世間の関心をあおるような取材を命じられる。 

 吉田恵輔監督が、自身のオリジナル脚本を映画化。幼女失踪事件を軸に、失ってしまった大切なものを取り戻していく人々の姿をリアルかつ繊細に描く。

 この映画は、少女の行方を追うミステリーではなく、夫婦の関係、報道とそれを見て反応する人々の姿などを見せることに主眼を置いている。それ故、テレビ報道、SNS、動画などの行き過ぎた様子や問題点があらわになる。

 映画を見ながら、思い起こさずにはいられなかったのが、数年前に、山梨県のキャンプ場で行方不明になった少女のこと。彼女の母親も、また誹謗中傷の対象になっていた。その意味では、今日的な問題を描いた映画だといえよう。

 石原が鬼気迫る演技を披露し、青木と中村が見事な助演を見せる。ちなみに、子どもが見つかったと思わせるシーンが2度あるが、ここは、サスペンスとしてはなかなかよくできていた。
(田中雄二)

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