発達障害に特化したフリーペーパー『凸凹といろ。』の編集長ゆーさん(撮影/astrobox 柳勢里香) 2019年に刊行された学会誌『日本公衆衛生雑誌』に掲載された「発達障害に対する成人の認知および情報源に関する現状」という調査(2016年)によれば、発達障害を「聞いたことがある」と回答した者の割合は91.5%。
発達障害の認知度は極めて高いものとなっている。一方、その実態については学校やニュースで知る程度で深くは知らない人も多いのではないだろうか。発達障害に特化した『凸凹といろ。』というフリーペーパーがある。
2023年2月に創刊された年4回刊行の季刊誌で、現在の発行部数は創刊から3倍近く増えた約6000部にのぼる。大阪在住のフリーランスのデザイナーである“ゆーさん”(35歳)が、企画、デザイン、編集と一連の作業を自前で手掛ける。どのように人気を集めていったのか本人に話を聞いた。
◆「典型的な発達障害ですね」と診断
そもそもゆーさんも発達障害当事者の一人だ。最初に症状を自覚したのは20代の頃だったという。
「20代に入ってすぐに、頭が悪いわけじゃないと思うのに、なんでこんなに勉強できないんだろう?人付き合いが上手くできないんだろう?とか悩んでいたんですよ。一人暮らしの時は家の中がゴミ溜めのような感じでした」
ほどなくして、病院で発達障害と診断されたという。
「当時mixiが流行っていて、日々の悲しい出来事とか思いとかをいろいろ投稿してたんですよ。それをキャッチしたのか、発達障害に関する広告がよく出てくるようになったんですよね。『朝起きられない』『人を怒らせてしまう』とか、そういう障害があるのを知って、病院に行ってみると『典型的な発達障害ですね』と言われました」
◆フリーペーパーにしたのは「医療施設に置いてもらえるから」
『凸凹といろ。』発刊のきっかけは2022年、自身が運営しているLINEのオープンチャットだったという。
「オープンチャットで発達障害のコミュニティを運営していて、現れたのが大阪に発達障害カフェバーをオープンしたいという男性だったんですよ。同じ大阪でそういう居場所を作ってくれるのが嬉しくて、仲間意識が芽生えました。でも『DDbugs』という店名でオープンして1か月くらい経った頃から、お客さんが来ない日が出てきてしまったんです。それで宣伝を考えたときに、自分がかねてからやりたいと思っていたフリーペーパー発行を思いついたんです」
ほかにもフリーペーパーを選んだ理由として「“読み物”や、“情報”として人が読んでくれるし、設置場所もそのつもりで置いてくださるからだ」と述べる。
「通常のチラシだと絶対に入り込めないような、当事者が集まる自助会や、関連のある医療施設などの場所に広告を設置することができるのも大きな理由でした。医療施設でしたら絶対に飲食店のチラシなんて置いてもらえないですから。そういった宣伝協力という意味でも媒体として強いと思っていました」
◆2号までは完全に自前でやっていた
発達障害に対する知識を広めることができればと、2か月の準備期間を経て発刊に踏み切った。
「2号までは完全に自前でやっていましたね。取材や執筆依頼、デザインはもちろんのこと、設置のお願いや広告掲載の営業、冊子の発送作業も含めて全てです。すると3号あたりから共感してくださる方が出てきて、校正などを手伝っていただけるようになりました。4号からは執筆などで関わってくださる方が増えてきましたね」
『凸凹といろ。』の中身は当事者インタビュー、専門家の連載、体験レポート、コラムなどだ。現時点で6号まで発刊されているが、インタビュイーや記事執筆者の多くは発達障害当事者だ。「ありがたいのですが、なかには急に連絡が取れなくなって、居なくなることもあります」と、ゆーさんは快活に笑う。
「しょうがないから他の原稿に差し替えてバタバタ作って、発行した後に『すみませんでした、しんどくなっちゃって』みたいなことはありますね。初めて直面した時はめちゃくちゃパニックになりました」
◆一番ショックだった「金の亡者だ」と言われたこと
それでも発行部数を3倍近く増やすまでには、相当な苦労があったはず。大きなトラブルや批判など、困っていることは今のところないのだろうか。
「批判だなって思うほどの批判は実はまだないですね。距離感を間違えたり、関わり方や言い方を失敗したりとか、私がミスってトラブルになったことはありますよ(笑)。ただ、一番ショックだったのは、利益はほとんど出てないのに『金の亡者だ』って言われたことですね。あとは単純に勘違いで『反社の人と付き合いがある』という話をされたこともあります」
達観した様子のゆーさんだが、小学校以外まともに卒業していなかったり、転校した先の中学校でスクールカーストに巻き込まれていじめられたりと、過去にはつらい経験をしたという。
「多動性障害(ADHD)があるのでよくわかんない動きして悪目立ちするんですよね。高校入っても、身体が重くて朝起きられず学校に行けなかったり、登校途中に別のところに行きたくなって、そのまま遊びに行ったりしました。美術の学校も、課題の提出期限を守れなくて結局留年して辞めて、通信学校に転校してやっと高校卒業資格を取りました。
経歴もめちゃくちゃで、20代の間は水商売ばかりしていましたし、詐欺に遭ってしまったこともあります。でも生きていればなんとかなるんですよね。なので、自分がこれから何ができるのかみたいなことを考えてほしいなって思いますね。発達障害はいくら落ち込んだって結局治らないので、開き直って『私はこういうものだ』って受け入れて周りの人に伝えていくほうがきっと楽なんじゃないかなって思いますね」
◆発達障害へのネガティブなイメージをどう思う?
発達障害に対する世間のネガティブなイメージについても、どう思うかを聞いてみた。
「ネガティブなイメージはしょうがないですよ。私自身の過去を振り返ってみても、迷惑かけてたなって思いますもん。ただ、お互いが知らないから怒ってる部分もあると思うんですよ。こういう特性だというのは当事者も知るべきだし、健常者も知ってほしいですね。『こうしてほしい』という希望を言い合っているだけで、お互いを知るところまで歩み寄れていないから大変なことになってる印象があるんですよ。
発達障害の前提を共有していれば、職場でも『これが苦手らしいから、得意なことだけをやらせてあげよう』とかできますよね。私みたいなタイプだったら『いつ仕事に来てもいいし、在宅でやってもいいから、期限にだけは間に合わせてね』って言ってくれたらすごい楽に仕事できたりとかするので」
フリーペーパーを運営していれば当然、原稿料や印刷代などの制作費がかかる。ポケットマネーの持ち出しも含め、“お金周り”も気になるところだ。
◆今は広告掲載だけで回っている
「実はポケットマネーからの持ち出しはないんですよ。創刊号は知り合いの小説家に出資してもらいましたし、今は広告掲載だけで回っています。私の作業時間を考えたら大赤字ですけどね(笑)。それを考えたとしても広告掲載が増えてきていますし、私が全てデザインした『凸凹といろ。』を季刊誌として定期的に発行していることが、そのままポートフォリオにもなって、私自身の信用にもつながっているんです。
出稿企業様がそのまま別の仕事をくださったりもして、さまざまな面でプラスに働いているので『凸凹といろ。』だけで収益を出そうということはあまり考えてないですね。ライターや営業の方にはお金ではなく、物で対価を差し上げています。単発でプレゼントを贈ったり、特に頑張ってくださった時はギフトカードをお渡ししたりしていますね」
スタッフが音信不通となったり多少の誹謗中傷を受けたりする苦労もありながら、それでも発行を継続する原動力はなんだろうか。
「インタビュイーや執筆してくださる方が目的や夢を持っていて、楽しく前向きにやっているのを見てほしいからです。発達障害の人って、他人の機嫌を損ねたとか、仕事でとんでもないミスをして鬱になったとか、人の機嫌を悪くしてパワハラに遭ったとか一度は経験したことあると思うんです。そういう状況に陥っていた人たちがどうやって前向きになるきっかけを得たのか、その“過程”を知ってほしいです」
◆印象に残っている記事を聞いてみた
最後に『凸凹といろ。』のなかで特に印象に残っている記事を聞いてみた。
「いろいろな記事があってどれかひとつを選ぶのは難しいですが、田邉友也先生の『医療従事者の立場からみた、発達障害にまつわる雑感』という連載の評判はよく聞きますね。トラウマインフォームドケアを推進している看護師の先生です。難しい文章を書かれるんで、苦手な方もいますが、当事者の方にも、支援者の方にも参考になると言われています」
多少のトラブルを織り込み済みとした上で、『凸凹といろ。』の定期発行を継続しているゆーさん。鮮やかで不思議と手に取りたくなる冊子同様、彼女自身にも独特の魅力があった。
<取材・文/延岡佑里子>
【ゆー】
大人の発達障害がテーマの無料情報誌『凸凹といろ。』編集長・ADHD当事者。発達特性を起因とする問題の多さから、企業勤めを早々に諦め、ほぼ独学で学んだデザイン、イラストを本業とし、役者の経験を活かしたナレーションなど、フリーランスとして働いている。公式ホームページ『凸凹といろ。』。X公式アカウント:@dekobokotoiro
【延岡佑里子】
障害者雇用でIT企業に勤務しながらの兼業ライター、小説家。ビジネス実務法務検定2級、行政書士試験合格済み。資格マニアなのでいろいろ所持している。バキバキのASD(アスペルガー症候群)だが、パラレルキャリアライフを楽しんでいる。Xアカウント名:@writer_nobuoka