「静岡市VS浜松市」の対立・分断が顕著に…実は「リニア問題への関心は低かった」静岡県知事選を振り返る

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2024年05月30日 09:01  日刊SPA!

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沼津駅近くで街頭演説する鈴木康友候補(右)と応援弁士の渡辺周衆議院議員(左)(撮影:小川裕夫)
2009年から4期にわたって静岡県知事を務めてきた川勝平太氏が突然に辞任を表明。5月9日告示、5月26日投開票の日程で静岡県知事選が実施されました。
知事選に立候補を表明したのは届出順に、横山正文・森大介・鈴木康友・大村慎一・村上猛・濱中都己(敬称略)の6氏です。

静岡県の川勝前知事は、JR東海が進めている中央リニア新幹線の着工を認めていませんでした。それだけに川勝前知事の辞任でリニア問題は前進するとの見方が広がっていました。しかし、選挙戦の途中から風向きは一気に変わりました。

永田町や霞が関の取材歴が15年超のフリーランスライター・カメラマンの小川裕夫が、現場取材を通じて見えてきた「静岡県知事選」と「今後の県政の展望」を解説します。

◆今回の静岡県知事選は、争点が不鮮明だった

4期15年という長きにわたって知事を務めてきた川勝平太氏の後任を決める静岡県知事選は、鈴木康友氏が激戦を制して当選を果たしました。

6氏が乱立する大激戦になったわけですが、前浜松市長の鈴木康友氏と元静岡県副知事の大村慎一氏の2人が抜け出た選挙戦になりました。

鈴木氏も大村氏も、ともに“オール静岡”を掲げていただけではなく、川勝前知事がストップしていたリニア工事を前に進めると宣言。

こうした流れから今回の静岡知事選は、争点が不鮮明になり、政策の違いよりも「静岡市VS浜松市」や「自民党VS立憲民主党&国民民主党」、「中部財界(主に鈴与)VS西部財界(主にスズキ)が際立つ構図になりました。

静岡県知事選が全国から注目を集めた理由は、なによりも中央リニア新幹線の問題があったからです。筆者は、先日執筆した記事で、静岡県を取り巻くリニア問題を解説しました。

まずは静岡県を取り巻くリニア問題を軽くおさらいしていきましょう。

◆「川勝前知事の辞任後」に訪れた変化

リニアは2027年に東京(品川)―名古屋間で部分開業する予定になっていましたが、川勝前知事が静岡工区の着工を認可せず、その影響でJR東海は開業を2034年以降へと先延ばしすることを発表しました。

JR東海は開業が遅れる理由として、静岡県がリニア工事を認可しなかったことを挙げています。川勝前知事は、大井川の水資源が失われることを懸念していたのです。しかし、そうした静岡県の事情は無視され、沿線の東京都・神奈川県・山梨県・長野県・岐阜県・愛知県の各知事から静岡県への非難が沸き起こりました。

JR東海がリニアの2027年開業を断念した直後、川勝前知事は差別発言の責任を取って辞任。辞任会見で、川勝前知事は「リニア開業を遅らせることができた」と述べています。同発言は、あたかも静岡県がリニアを妨害していたかのように受け取れます。これが、さらに静岡県への非難を集中させることになりました。

川勝前知事の辞任は、静岡県の有識者会議にも影響を及ぼします。川勝前知事は静岡県内のみならず県境にあたる山梨県内でのボーリング調査についても「(静岡県内の)地下水が引っ張られる可能性がある」という理由から調査に反対していたのですが、辞任表明直後の5月13日に地質構造・水資源部会専門部会が「技術的に問題なし」として、山梨県内で実施予定にしていたボーリング調査を容認する姿勢へと転じます。

同専門部会は静岡県が水資源を守る目的で設置された有識者会議ですが、知事の意向に沿うような検証をする組織ではありません。

川勝前知事が辞任した途端に専門部会がボーリング調査を容認したため、推進派からは「専門部会の主張は非科学的で、川勝知事に忖度してボーリング調査を反対していた」と断じられています。

◆問題発生時の対応が遅すぎるJR東海

そもそも、静岡県が設置した専門部会が山梨県内の工事を止める権限があるのか? という疑問もありますが、川勝知事の辞任によって専門部会が意見を翻したことは、それまで忖度していたと判断されても抗弁できない話です。

科学的な議論をする有識者会議が、知事の主張に沿う意見を出すのでは、有識者会議は形骸化し、存在意義が問われます。
静岡県の専門部会が山梨県でのボーリング調査を容認したことで、リニアは大きく前進するはずでした。

ところが、その直後にリニアを大きく揺るがす出来事が発生します。それが岐阜県瑞浪市大湫町で起きた井戸水やため池などの水位低下です。大湫町では今年2月下旬から町内32か所の水源やため池で水位の低下が確認されていました。その事態を2月に把握していたJR東海が調査を実施した結果、水位の低下はリニアのトンネル掘削工事に起因するものと認めました。

JR東海は水位が低下したことを瑞浪市に報告をしていたようですが、岐阜県にはしていませんでした。また、5月13日になって大湫町で住民説明会を実施。岐阜県への報告も住民説明会の実施も水位低下が観測されてから約3か月後ですから、JR東海の対応は遅すぎると言わざるを得ません。

◆静岡県民が不安を募らせるのもやむを得ない事態に

また、JR東海は水位低下がリニア工事に起因することを認めながらも、一定の場所まで予定通りにトンネルを掘り進めるとし、即時に工事を中断しないとの見解を示していました。しかし、騒ぎが大きくなったために即座に工事を中止しています。

JR東海の丹波俊介社長は、瑞浪市で起きた水位の低下について「静岡のケースとは異なる」と記者会見で述べています。岐阜県と静岡県のケースが異なることは理解できますが、重要なのはそこではありません。

問題視しているのは「なぜ、水位の低下が判明してから3か月も連絡をしなかったのか?」ということと、「なぜ、水位の低下が判明した後も工事を中止せずに続行しようとしたのか?」という2点です。

一連の発言からは、「問題が起きても、明るみに出るまでに工事を進めてしまおう」「水の問題なんて大した話ではない」というJR東海の思惑が透けて見えてしまい、「大井川でも起きるのではないか?」という不安が静岡県民の間では膨らみました。

◆報道を受け、主張を変えた両候補

県知事選の序盤では、鈴木・大村両候補ともにリニア推進を掲げていました。が、選挙期間中に瑞浪市の一件が大きく報道されると両候補は主張を転換させます。

鈴木氏は川勝県政を評価する発言が増え、リニアに対しても厳しいスタンスへと変化。一方、大村氏も「(リニア問題は)一年以内に結論を出す」との主張を封印。加えて、静岡県のために静岡空港駅の開設を働きかけるとの主張を掲げるようになりました。

静岡空港は2009年に開港していますが、空港までのアクセスが難点。空港が立地する台地の下には、東海道新幹線が走っています。そこに目を着けたのが当時の静岡県知事だった石川嘉延氏でした。

静岡空港の真下に新幹線駅を開設すれば、新幹線と航空機との乗り継ぎがスムーズになります。乗り継ぎがスムーズになれば、おのずと利用者の拡大が見込めるわけです。

静岡空港の開港は石川氏の悲願の政策だったこともあり、石川氏は静岡空港駅の開設をJR東海に働きかけていました。
しかし、JR東海は静岡空港駅を新設すると駅間が短くなり、ダイヤに支障が出るといった理由で拒否。次の知事である川勝氏も静岡空港駅を実現するためにJR東海に働きかけていますが、静岡空港駅は実現していません。

これが静岡県とJR東海の関係をギクシャクさせている一因でもあるのですが、大村氏が選挙終盤になって静岡空港駅の新設を持ち出したことは、対JR東海という課題において石川・川勝路線を継承するという静かなる意思表示でもあったのです。

◆実は「リニア問題」への関心は低かった?

こうしたドタバタ劇を見ていると、静岡県知事選でリニア問題は重要な争点のように思えます。しかし、実際は県知事選においてリニア問題が議論される機会は多くありませんでした。

筆者は各候補者の街頭演説を取材し、候補者本人や応援に来ていた国会議員などにもリニアの質問をしています。少しでも票を取り込みたい候補者が言葉を濁して玉虫色の回答をすることは選挙戦では日常茶飯事ですが、応援に来ている国会議員や地方議員なども「リニアに関心が高いのは大井川流域の自治体で、ほかの地域で関心は低い」と口を揃えました。

特に、静岡県東部におけるリニアへの無関心は想像以上でした。鈴木氏をサポートする形で沼津を回っていた渡辺周議員にリニア問題を直撃しましたが、渡辺議員は「静岡県東部において、リニア問題への関心は低い」と前置きしながらも、「リニアはあちこちで工事が遅れている。静岡が悪者のように言われているが、実際は違う」と静かながら非常に強い怒りを含んだ口調で語りました。

◆「静岡市と浜松市の対立構図」をまとめる必要が…

リニアが県知事選の争点ではないとすると、ほかに知事選の争点は何だったのでしょうか? 浜松に計画されているドーム球場の是非なども争点のひとつとして浮上しましたが、なによりも今回の県知事選は県都・静岡市出身の大村氏と、静岡市より人口が多く産業も集積している浜松市長経験者の鈴木氏という、いわば静岡市(中部)VS浜松市(西部)という対立構図が争点でした。

そうした対立構図は各地域の得票にも明確に表れています。県西部は鈴木氏を、県中部は大村氏を支持する傾向が鮮明に出ていました。知事選で分断されてしまった静岡県をひとつにまとめること、それが鈴木新知事の最初に取り組まなければならない仕事になりました。

◆蚊帳の外に置かれていた東部・伊豆エリア

そして中部と西部の争いという今回の選挙で、蚊帳の外に置かれていたのが東部・伊豆エリアです。鈴木・大村両陣営は東部・伊豆の票を取り込むべく、熱心に足を運んで支持を訴えました。

鈴木氏は沼津を地盤とする立憲民主党の渡辺周衆議院議員を、大村氏は三島市を地盤にしている自由民主党の細野豪志衆議院議員を伴って遊説するなど、両候補からも配慮が窺えました。

鈴木新知事は東部・伊豆の振興策として専任の副知事を置くとしています。副知事人事は議会の承認が必要になるため、それまでは担当戦略監を新設して対応するとの見通しを示しました。

鈴木・大村両候補が重要視した東部・伊豆振興策もさることながら、川勝県政が残した課題のひとつに静岡市・浜松市の2つの政令指定都市の人口減少対策・地域活性化があります。

◆「政令指定都市の失敗作」と言い放った川勝前知事

人口減少は全国的な傾向で、特に静岡県だけが抱えている問題ではありません。しかし、静岡市は政令指定都市でありながら人口が70万人を割るという、凋落傾向が鮮明になっています。

人口減少対策・地域活性化は主に市長の仕事になりますが、知事もノータッチを決め込むわけにはいきません。というのも、川勝前知事は静岡市を「政令指定都市の失敗作」と言い放ち、田辺信宏市長(当時)とは険悪な状態が続いていたからです。

2023年に静岡市長は難波喬司氏になり、静岡県と静岡市の関係修復が進むと思われましたが、それから1年で川勝前知事が辞任してしまいました。

静岡県と静岡市の両トップが、仲睦まじくする必要はありません。知事と市長は、ほどよい緊張感を保って切磋琢磨する方が好ましい関係です。しかし、災害時や産業誘致などでは一致団結できる体制が求められます。川勝・田辺体制下では互いを敵対視して口もきかないような状態でした。県民・市民にとってマイナスでしかありません。実際、2022年に静岡市で発生した水害では、知事と市長の足並みが揃わず復旧に時間を要しました。

◆静岡市民から熱い支持を集めた大村氏だが…

また、川勝知事は政令指定都市の静岡市を解体して静岡県に組み込むような、いわゆる静岡県都構想も推進しようとしていました。これが静岡市民の怒りに火をつけています。

今回の知事選で、静岡市民の多くが「静岡市出身」の大村氏に投票しました。副知事を務めた経験があるとはいえ。大村氏には政治家経験がありません。首長としての手腕は未知数です。

それにも関わらず、静岡市民の多くは「凋落する静岡市をなんとか立て直してほしい」という思いから静岡市出身の大村氏に一票を託したのです。

全国的にはリニアがクローズアップされた静岡県知事選ですが、このように新知事が取り組まなければならない課題は多岐にわたり山積しています。

<取材・文・謝礼/小川裕夫>

【小川裕夫】
フリーランスライター・カメラマン。1977年、静岡市生まれ。行政誌編集者を経てフリーに。首相官邸で実施される首相会見にはフリーランスで唯一のカメラマンとしても参加し、官邸への出入りは10年超。著書に『渋沢栄一と鉄道』(天夢人)などがある Twitter:@ogawahiro

このニュースに関するつぶやき

  • 結局は同じワン静岡にしたのが間違いで遠江県&駿河県にした方が良かったのかもね?伊豆県は流石に辛いかな?どの道リニア開通の遅延は致命的レベルだけど
    • イイネ!6
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