おぎやはぎが思わずうなった、生産7台“最後”の『スカイラインGT-R』とは? “25年ルール”で価格高騰の希少車が続々登場

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2024年05月30日 12:30  ORICON NEWS

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BS日テレ『おぎやはぎの愛車遍歴 NO CAR
 お笑いコンビ・おぎやはぎがMCを務めるBS日テレ『おぎやはぎの愛車遍歴 NO CAR, NO LIFE!』(毎週土曜 後9:00)が、6月1日に放送される。

【動画後編】おぎやはぎも思わずうなった、7台しか作られなかった『GT-R』が登場

 アンコール放送となる今回は、長野県岡谷市で1997年にオープンした、単一車種では初の博物館「プリンス&スカイラインミュウジアム」を訪れた先週の放送の後編。日本自動車史に残る名車『スカイライン』の1980年代以降の歴史を、『GT-R』生みの親としても知られる元エンジニア水野和敏氏がナビゲートする。

 最初に登場したのが、85年デビューの7代目スカイライン。ラグジュアリー感のあるハイソカーがブームの中、スカイラインも若干その要素を採用。その苦心ぶりがうかがえるマシンに。

 さらに現在、“25年ルール”(アメリカのクラシックカー登録制度の通称)の影響で、旧車市場において価格が高騰している人気モデルも続々登場。8代目のR32型GT-Rには、あまり知られていない開発コンセプトがあったという。ディープなカーマニアでもあるMCのおぎやはぎ・矢作兼が「コンセプト?それ?」と驚くと、小木博明も「聞いたことないよ?」と首をひねる。しかし、水野氏の説明を聞けば聞くほど、そのコンセプトに沿った細部へのこだわりが伝わってくる。興味津々の小木、さっそくハンドルを握ろうとするが…ここで水野氏からまさかの告白。小木が思わず「運転できないよ」と拒否しようとした理由とは。

 市販車開発からレース部門に移ったこともあるという水野氏。続いて登場した9代目・R33型は、ちょうどそんな時期に発売されたモデルだ。このマシンでル・マン24時間耐久レースに挑戦。現地では胸が熱くなる出来事があったという。「人の心って、エンジニアにとってすさまじいエネルギーになる」と、感動のエピソードを明かしてくれた。

 ミュージアムには、ありとあらゆるスカイラインを展示。中でも、たった7台しか作られなかった激レアすぎる1台も登場。レース現場も経験した水野氏ならではの、遊び心あふれるアイデアも盛り込まれており、矢作も「レースに行ったことがすごくいきているんだ」とうなる。

 また、自身が最後に関わった11代目スカイラインを前に、「うちの子みたいな車」と目を細める水野氏。コンセプトを維持しながら、時代に合わせるようにしなやかにその形を変えてきたが、エンジニアとしての集大成となったマシンは意外なデザイン。矢作も思わず「別物だね」と驚きの声を上げる。しかし、そこにも“水野マジック”とも言える新技術がてんこ盛り。「ポルシェのエンジニアもビックリしてたもんね。“ポルシェもBMWもできないことを何でできるの?”って」と鼻高々だ。しかも、製作過程ではこっそり、パートナーでもあり、ライバルでもある世界的メーカーからも応援の手が…。「いいんですか?そんなことして」と仰天する矢作に、水野氏は「20年以上たったから、時効ですよ」と笑ってぶっちゃける。そのデザインから、国内では賛否もあったというが、北米ではありとあらゆる賞を受賞したという。

 その先見の明で、世界を驚かせ続けた強い心意気。「クルマの設計をしちゃダメなの」。水野氏がそう語る、クルマ作りの真髄とは。技術屋の追い求めるロマンに、おぎやはぎはそろって脱帽しきりだった。


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