日比谷音楽祭を無料で開催し続けるワケ 音楽P・亀田誠治に聞くエンタメの未来

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2024年06月04日 18:01  ITmedia ビジネスオンライン

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ぴあ総研主催シンポジウム「集客エンタメの社会実装に向けて」に登壇した音楽プロデューサー・亀田誠治さん

 2023年、Mr.Children・桜井和寿が大トリを務め、シークレットゲストとしてB'zがサプライズ登場して話題になった無料の音楽イベント「日比谷音楽祭」。今年も小田和正、佐野元春、スピッツといった豪華アーティストを集め、東京・日比谷公園とその周辺施設で6月8〜9日に開催する。


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 同音楽祭の実行委員長は、日本を代表する音楽プロデューサー・亀田誠治さんだ。亀田さんは椎名林檎に「師匠」と慕われ、ロックバンド・東京事変のベーシストとして活躍するほか、これまでにGLAY、平井堅、スピッツなど数多くのアーティストのプロデュースを手掛けてきた。


 その亀田さんが「ライフワーク」と公言する同音楽祭は「フリーで誰もが参加できるボーダーレスな音楽祭」として誰でも無料で観覧できるようにしている。運営資金は企業からの協賛金、行政からの助成金、クラウドファンディングによって賄っていて、2023年は延べ15万人が来場した。


 亀田さんは一体なぜ、日比谷音楽祭に取り組むのか。話を聞いてみると音楽業界の課題が見えてきた。(フリーライター山形麗、アイティメディア今野大一)


●自ら200社訪問 1億円超の協賛金集める


――日比谷音楽祭は企業からの協賛金と行政からの助成金、クラファンの3つを組み合わせて開催しています。こうした音楽イベントは今まであまりなかったと思いますが、これは1つの新しい枠組みになりそうですか?


 そう思います。もちろん日比谷音楽祭の枠組みとしてもそうなのですが、実は私はエンタメ業界に加えて、ほかの業界でも参考にしていただきたいと考えているんです。世界情勢の変化、気候変動などの長期的な課題に加え、今は空前の円安ですし、企業にも次世代に対してアクションが取れなかったり、資金が回らなかったり、いろいろな課題があります。


 私は音楽業界のことを危惧していますが、好調な業界もそうでない業界も、いろいろなところでお金を循環させてほしいと思っています。そのためには、お互いに助け合う「互助の精神」が大事です。


 どうしても日本人は「武士は食わねど高楊枝」の精神で歯を食いしばって平気なふりをして頑張ってしまう。そうしている間に、SNSなどで情報があふれる中、心が疲れていくんです。私の周りにも、音楽業界に限らず疲弊している人がたくさんいます。もし、これに効く薬があるとすれば、それは「音楽」なんじゃないかなと思うんですよね。ジャンルの好みはあれど、皆さん音楽が好きじゃないですか。生活の中に当たり前のように音楽が溶け込めば、心の疲れを癒す薬として、もしくは人と人とをつなぐコミュニティーとして機能すると思っています。


 エンタメは不要不急だと言われた時代もありましたが、今や必要不可欠なものになっています。ビジネスシーンでも(身体的・精神的・社会的に良好な状態である)ウェルビーイング、つまり社員の幸福度が企業の生産性向上や価値向上につながると言われています。


 私自身、何度も音楽やスポーツに救われてきました。そうしたエンタメを次世代へ残すためには何をすべきなのか。よく「素晴らしい音楽やスポーツ選手をいかに育成するか」ということは語られます。ですが私は「受け皿」となる大衆が心を開いている状況を作ることが大切だと考えています。いいアーティストや選手がいて、いい音楽やスポーツがある。それを「なんかいいな」と思える感受性が全ての人に備わっている状況を作りたい。これを達成するためには、業界を問わずさまざまな企業の協力が必要なんです。


――2019年の開催では1億円以上の協賛金を集めたんですよね。亀田さん自ら200社を訪問して自分の言葉で協賛を募ったと。


 はい。でも、本当はこのクラスのアーティストに出ていただくにはもっと多くの資金が必要なんです。ボランティアではありませんが、アーティストや運営スタッフ、舞台や照明など、全ての人が「ご協力価格」で参加してくれています。


 協賛企業には基本的に代理店を通さず、一社一社に直接交渉をしているんです。協賛メリットも、これまでにあったような企業名露出や費用対効果といった概念ではなく、これからの社会とどのように関わっていきたいか、自分の企業の価値をどのように伝えたいかといったことに加え「企業の取り組みや最新技術をアピールするために、実証実験の場としても日比谷音楽祭を利用してください」とお伝えしています。


 クラファンで支援してくれた一般の方には、スタッフ体験など、モノだけではなく体験でもリターンをしています。


――2022年の日比谷音楽祭のクラファンのリターンではGLAYのTAKUROさんとコラボ企画をされたんですね。


 クラファン支援者へのリターンとして、TAKUROさんと私でトークセッションをして、最後に1曲演奏しました。海外のクラファンではリターンとして、トップアーティストが誕生日に支援者の自宅に歌を歌いに来てくれたりするんですよ。一方、日本のアーティストは自分の表現の場を守りすぎているのかもしれません。そういうボーダーは取り払って、音楽業界はもちろん、他の業界も巻き込んで、みんなで幸せになる社会を目指しましょう、というのが私の考えです。


――音楽祭を利用した最新技術の実証実験とは、具体的にはどんなものがあるのですか。


 例えばU-NEXTでは、誰でも日比谷音楽祭の配信を無料で観(み)られるように、トライアル期間を日比谷音楽祭の期間に充てられるよう案内してくださっています。U-NEXTが協力協賛をしてくれる代わりに「プロデューサー亀田誠治」が、最高のアーティストとのマッチングを提供します。そこでU-NEXTを体験して「良かったな」と思った人が、そのまま有料会員として引き続き楽しんでくれたら、お互いに利益がありますよね。


 2023年の日比谷音楽祭では、U-NEXT生配信&見逃し配信の視聴者が約27万人、総再生回数が約57万回で、U-NEXTの音楽コンテンツの中で一番アクセスされているんですよ。「公平に作っていく」のが、音楽祭を開催する上で大事にしていることです。


●自称「音楽業界のスイス」 しがらみに縛られない


――日比谷音楽祭は2日間で約15万人を集める大きなイベントです。これほど大きなイベントを開催するのは簡単ではなかったと思います。音楽祭を実現するまでにどんな苦労がありましたか。


 一番の苦労は資金面ですね。初めは「亀ちゃん、無理しないほうがいい」「続けるのは難しいよ」と言われていたんです。でも、ニューヨークやロンドンでは長年にわたって実際にフリーコンサートが開かれているのに「これを日本でできないわけがない」と思っていました。


 人間はどうしてもできない理由を探してしまうんですよ。起業家の皆さんも、きっとこういうことを言われた経験があると思います。それでも共感・共鳴・共振する仲間を集めて「できる」と信じて目標に向かっていくと、必ず賛同してくれる人が現れます。それを日比谷音楽祭を始めてからの6年間で学びました。


 少数精鋭でやることにもこだわりました。そうでないと「ブレる」からです。私のやりたいことが伝わるように、極力自分たちと企業とで直接交渉をしました。アーティストのブッキングも隅々まで私が手掛けています。そこは手間暇がかかりますが、絶対に譲れないフィロソフィーの部分です。


 私は自分のことを「音楽業界のスイス(永世中立国)」と呼んでいるのですが、私が今までどこのプロダクションやメーカーとも独占契約を結ばずに、インディペンデントのプロデューサーとしてやってきたことが影響していると思います。楽器メーカーに関しても、広告には出ていますが(企業が個人と結ぶ独占契約である)エンドースメント契約は引き受けていません。だから、企業とはその都度、打ち合わせをしています。


 素晴らしい才能のアーティストがたくさんいるのに、しがらみに縛られてしまうのがもったいないと思って。全て公平に対応できるように、どこにも属さないと若いころから決めていたんです。


――エンタメ業界の課題をITで解決している例も多くありますが、まだ課題となっている部分はあるのでしょうか。


 ありますね。今がまさにITの出番だと思っていて、日比谷音楽祭でもITを取り入れた企画を実施しています。例えばDeNAと作った「日比谷音楽祭公式おさんぽアプリ2024」では、会場内にある特定のスポットで、クラファン支援者の名前が掲載されているVRがスクリーンで現れたり、会場内の至る所でVR装飾を楽しんだり、公園内に花火があがるAR技術を(空間レイヤープラットフォームを提供する)STYLY(東京都新宿区)が導入してくださったり。ちなみにこのAR花火とともに流れる楽曲は、日比谷音楽祭のために私が書き下ろしました。


 VR、ARというと「亀田さんは生のステージを届けたいんでしょ」と思われがちなんですが、そんなことはありません。さまざまな形でエンタメを育て、届けていきたいと思っています。


 私自身も技術の進歩に助けられてきた部分が大きいんです。私はベースしか弾けませんが、今はコンピュータがあれば音楽を組み立てられます。そのおかげでロック、ポップス、オーケストラと多様な音楽のプロデューサーとして活躍の場を得てきました。テクノロジーと、自分の活動とは常に密接に結びついていて、幅を広げられています。


 そういった意味では、私はサブスクリプションサービスも推奨しています。サブスクがどんどん広がって、広告料に頼らなくても、みんなが有料会員になってくれれば、売り上げを欧米並みの水準まで持っていけるんじゃないかと。それにはITの力が不可欠ですね。


――亀田さんは広告料ではなく、消費者が有料会員として各サブスクにお金を払うビジネスモデルの方が、音楽業界にとっては理想的だと考えているということですね。


 サブスクにお金を払うという行為は、(サブスクリプションサービスからの分配金を通して)未来の音楽やアーティストに対しての支援をするだけでなく、過去のアーティストに敬意を払うことだと思っています。


 サブスクと言えば欧米では2000円するのが当たり前なのに、日本では1000円ほどの「お試し価格」、つまり安い金額から始めてしまったんですよね。そしていまだに「金額を上げると人が離れていくんじゃないか」と、なかなか金額を上げられないでいる。私は日比谷音楽祭を通して、その辺りのリテラシーを企業の皆さんと一緒に底上げしたいのです。


――亀田さんは単に音楽祭を開催してきたのではなく、このイベントを通してオーディエンスや企業の文化を変えようとしているんですね。


 そうなんです。日比谷音楽祭は言ってみれば「図書館」のようなものだと思っています。ここで出会ったものに対して「これからお金を落としていこうよ」という思いでやっています。日比谷音楽祭はエンタメに関わるための「広い間口」なんです。もしかしたら私一人の人生では、今の文化を完全に変えるところまではいけないかもしれませんが、ライフワークとして少しでも良くしていきたいと思っています。


(フリーライター山形麗、アイティメディア今野大一)


このニュースに関するつぶやき

  • 「無料で」というのは音楽に関わる者にとって悩ましいやり方と思う。私の演奏でさえ、タダで聞く分には聞きたいという人はいる。でもね、楽器に数百万、さらに音大に行くのに数百万かかってるんだよw
    • イイネ!1
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