「富士山ローソン」問題はどうなった? “イタチごっこ”が続く理由

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2024年06月05日 06:41  ITmedia ビジネスオンライン

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「富士山ローソン」でイタチごっこが続く

 「イタチごっこ」とは、まさしくこういうことを言うのだろう。


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 山梨県富士河口湖町にある「ローソン河口湖駅前店」の屋根越しに富士山が撮影できるとして、向かいの歩道に外国人観光客が殺到していた、いわゆる“富士山ローソン”問題。その解決策として地元自治体が知恵を絞って設置した「黒い目隠し幕」に、1センチほどの穴が10カ所ほど開けられたのだ。


 ご存じのように昨今のスマホカメラは高性能なので、これくらいの大きさの穴があれば、簡単にきれいな写真が撮影できる。しかも「黒い目隠し幕に穴が開けられた」というニュースを見て、わざわざこの「穴」を見物しにくる外国人観光客まで現れる、という本末転倒なことも起きているという。


 同自治体では今後の対策として、まず幕の素材を強化するという。現在は農業用の遮光幕なので、ちょっと指で押せばすぐに穴が開いてしまうからだ。幕に2次元コードを付けて、町内の他の富士山撮影スポットを紹介することも考えているそうだ。


 ただ、残念ながらこれをやったところで「イタチごっこ」が続くだけだ。


 丈夫な素材にしても目隠し幕を破く人が現れるだろうし、夜など人通りの少ない時間帯を狙って、黒い目隠し幕の前に来て撮影する人も現れるだろう。他の撮影スポットへの「誘導」も難しい。ここに来る人たちは、富士山ローソンという“映える写真”を撮りたいのであって、富士山の写真だったら何でも良いわけではない。


 行政側は「目隠し幕」や「観光案内」で観光客の動きをコントロールできると思い込んでいるが、それに素直に従う観光客ばかりではない。なぜかというと、規制やアナウンスでは「こんな遠いところまで来たんだから記念に写真を撮りたい」という観光客の万国共通の「欲求」を抑え込むことはできないからだ。


●日本が「オーバーツーリズム」を解決できないワケ


 この不毛なイタチごっこを見ていると、日本がなかなか「オーバーツーリズム」を解決できない理由がよく分かる。


 それは一言で言ってしまうと、「観光地のトラブルは、観光客のマナーが良くなれば解決する」という昭和の思い込みだ。


 日本はこの手の問題が起きると、外国人観光客に「服従」と「反省」を求めるのが一般的だ。つまり、「地域住民に迷惑をかけないようルールを守りましょう」とアナウンスをしたり、今回のように「あんたらの行いが悪いのでもう撮影禁止にします」という懲罰的な規制をしたりするのだ。


 ただ、この連載でも繰り返し述べているが、世界の観光政策の現場では、こういう体育会運動部のようなノリは効果がないことが分かってきている。宗教も価値観も社会制度も異なる人たち、しかも移住のために来日したわけでもなくわずか数週間ほどしか滞在しない外国人観光客に、その国のモラルやルールを押し付けたところでそれを忠実に実践できるはずがない。


 「だったら日本に来るな! 日本を観光したいのなら日本の文化を覚えて、日本語を勉強してこい!」と怒りでどうにかなってしまう人もいるが、そのような考え方を外国人観光客に押し付けても効果がない。こうした現実を世界中に知らしめたのが、何を隠そうわれわれ日本人なのだ。


 1980年代、日本人観光客は今の中国人観光客以上に世界で鼻つまみ者だった。イタリアでは日本人観光客がローマ元老院議場の大理石の床を記念に削って持ち帰ったことが問題視され、ドイツでは静岡の金融機関の団体客が文化財になっている建物に「○○信用金庫一行」とヤンキーみたいな落書きをして謝罪した。米国の『TIME』誌に「世界の観光地を荒らすニュー・バーバリアン」という不名誉な特集まで組まれるほど、日本人は「観光公害」の象徴だったのである。


 そんな「日本人観光客問題」を解決しようと、欧米の観光地は今の富士河口湖町みたいな対策をしたが、残念ながらそれほど効果はなかった。教会や寺院に日本語で「フラッシュ禁止」という看板を立てたが、その横で日本人観光客がミサやざんげをする人をバシャバシャ撮影するというトラブルが多発したのだ。


 では、そんな日本人観光客がどうやって、サッカーW杯会場でのゴミ拾いに象徴されるような「世界一マナーのいい観光客」へと成長したのか。日本人の生活水準が向上して海外経験のある人が増えたこと、そして「教育」のたまものである。つまり、観光客の振る舞いは結局、その国の民度によるところが大きいのだ。


 こういう日本人観光客が示した歴史の教訓から、世界では「オーバーツーリズムはマナーを叫んでもなにも解決できない」というのが常識となったのである。


●「富士山ローソン」問題を解決するには


 では、どうするのかというと「ゾーニング」である。観光客が有名観光地だけに集中しないように政府や観光客が他の観光地をPRして客の分散を図ったり、地域住民の生活圏内と観光客の行動圏が重ならないようにしたりして、観光公害を軽減させることを「ゾーニング」と呼ぶ。詳しくは、以前公開した記事「『渋谷に来ないで作戦』は成功か ハロウィーン対応を誤れば、街が衰退する」をお読みいただきたい。


 では、このゾーニングで富士山ローソン問題をどうやって解決をするのかというと簡単だ。他にも富士山ローソンをつくればいい。


 当たり前だが静岡や山梨で、富士山を背にしているローソンは、河口湖駅前店だけではない。近くの「ローソン富士河口湖町役場前店」もそうだし、河口湖町以外ならばもっとある。


 また、「富士山セブン」や「富士山ファミマ」も多い。看板はローソンのように青色ではないが、Instagramには映える写真も多く掲載されている。


 では、なぜ外国人観光客はローソン河口湖駅前店ばかりに集中するのかというと、「ハズしたくない」からだ。


 皆さんも海外旅行をするとき、初めての国で観光する際にはネットやSNSの口コミ、ガイドブックで紹介されているイチオシのスポットへ素直に行くだろう。現地のガイドに「ここが人気のスポットです」と勧められたら素直にそこを目指すだろう。


 旅行の日程も決まっていて移動できる範囲も限られている中で、独自に見つけた穴場スポットへ向かうのはリスクが高い。そこで、「ここを抑えておけばハズレがない」という定番スポットについつい足が向いてしまわないか。ローソン河口湖駅前店の前にいる外国人観光客もそうだ。


●情報源は役所のWebサイトではなく……


 他にも「富士山ローソン」や「富士山コンビニ」が撮れるスポットがあることを知っている観光客もいるが、「あのバズった写真が撮れる場所なのでハズレはないだろ」という考えがあるので結局、あの場所に殺到してしまう。外国人バスツアーを見ると、別のコンビニを観光スポットとして組み入れているケースもあるが、どうやらそれは十分に伝わっていないようだ。


 混雑する中でベストなショットを撮りたいので、中にはムチャをする人もいる。人が多く集まる場所は当然マナーの悪い人間も多くなるので、ゴミのポイ捨てや迷惑行為が増える。


 これは外国人観光客どうこうという話ではない。コロナ禍で観光地に日本人しかいなかった時も、ゴミのポイ捨てが深刻な問題になっていたように、人が多く集まるところでは必ず起きる問題だ。


 このような「観光公害」を解決するには「ゾーニング」しかない。つまり、ローソン河口湖駅前店以外の「富士山ローソンが撮れる店舗」をしっかりと周知させることで、「あそこでもハズレのない写真が撮れるらしい」と観光客の分散を目指していくのである。場所によっては、ローソン河口湖駅前店よりもはるかに映える「富士山セブン」や「富士山ファミマ」が撮れるスポットもあるので、そちらも合わせて情報提供をするのだ。


 といっても、役所がWebサイトをつくって情報提供するなんてことをやってはダメだ。中国人観光客には彼らが情報源にしている中国人インフルエンサーがいるし、米国人観光客には彼らが情報源にしている米国人のインフルエンサーがいる。


 それぞれの国の観光客が情報源としている人たちにも協力してもらう。皆さんもどこかの国に行って観光をする時、政府や富士河口湖町のような地元自治体のWebサイトやSNSを参考にするよりも、インフルエンサーやネットの口コミを参考にするはずだ。


 自分たちがやっている当たり前のことを、外国人観光客にも適応すればいいだけの話だ。


●本来は国がやるべき仕事


 という話をすると「そんな大掛かりな情報発信は、河口湖町のような自治体では難しいのでは?」という意見が聞こえてきそうだが、まさしくそれが日本のオーバーツーリズムの元凶だ。


 今お話をしたように戦略的に新しい観光地を創出して、外国人観光客たちの動線を変えていくゾーニングは、1つの自治体がやれるようなものではない。今回でいえば、富士山周辺の人の流れを見て富士山コンビニへの誘導を考えていくので、富士宮市や富士吉田市など自治体の垣根を超えて、地域観光を俯瞰(ふかん)していく視点が必要不可欠だ。


 つまり、これは本来は日本政府観光局がやらなくてはいけない仕事なのだ。


 しかし、残念ながら日本の観光行政は縦割りなので、個々の自治体が細切れの観光戦略を打っている。政府観光局には口を挟む権限もないし予算もない。だから結局、オーバーツーリズムも「自治体の頑張り」という根性論で解決するしかない。


 世界各国から人々が訪れる撮影スポットができたのだから、もうちょっと建設的な議論をしてもいいはずだが、とにかく「クサイものにフタ」と言わんばかりに「農業用の遮光幕」で撮影禁止にしてしまう。


 日本を代表する観光資源のオーバーツーリズム対策にしてはあまりにセコく感じてしまうのは、日本の観光政策がお粗末だからなのだ。


 そして、このお粗末さが世界に発信されてしまうことも、われわれは肝に銘じなくてはいけない。


●海外メディアの反応


 今回、富士山ローソン問題や黒い目隠し幕について、米CNNなど海外メディアが報道している。もちろん、親日家たちは同情するし、日本の肩を持つだろう。だが、中にはこのような対応を良くないと考える人たちもいる。例えば、『フランス・ジャポン・エコー』編集長、仏フィガロ東京特派員のレジス・アルノー氏も、『「富士山を黒幕で隠す」日本のダメダメ観光対策』(東洋経済オンライン 2024年6月)という記事で今回の対策を痛烈に批判している。


 「問題が発生したから、外国人観光客に写真を撮らせなければいい」という発想でオーバーツーリズム対策をしていけば、「問題が発生したから外国人観光客に罰を与えればいい」「問題が発生したから外国人観光客を締め出せばいい」など、安易な外国人排除の道に傾倒しやすいという危険性もある。


 日本は「移民政策」が現実的には難しく、進まない。というか、低賃金と人手不足がここまで深刻になる中で絶対にやってはいけない「破滅の道」だ。


 しかし、人口減少はストップがかからないのも事実で、日本経済を支えているのは「内需」であって、しかもGDPの7割はサービス業だ。ということは、消費者は海外から来てもらうしかない。そういう意味では外国人観光客という「短期移民」こそが、移民政策をしない日本の有力な選択肢だ。


 短期間だけ日本にやって来る外国人に「マナーを守れ」「日本のやり方に従え」と喉を枯らして叫んでいても労力がかかるし、コストもかかる。しかも、これまで説明したように「効果」が乏しい。


 だったら、その外国人を1カ所に集中させているのではなく、さまざまな観光スポットに分散させたほうが有名観光地以外にもお金が落ちるし、ゴミや混雑問題も解消できる。


 「観光」というものを日本の基幹産業へと押し上げていくためにも、そろそろ体育会系ノリのマナー連呼はやめにして、ゾーニングを国家戦略にすべきではないか。


(窪田順生)


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  • 想定通りでしょ。コンクリートの壁でもしない限り無理。今度は、壁に上るかもね
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