殺人未遂逮捕の人気ミュージシャン、自殺願望と「音楽死ね死ね死ね…」。何に追い詰められていたのか

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2024年06月05日 09:01  日刊SPA!

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ぷす「フルネームアンチ」MVより
 5月31日、自宅マンションで交際中の10代少女を包丁で刺し殺そうとした容疑で、音楽グループ「ツユ」の「ぷす」こと、矢野麻也容疑者(30)が逮捕されました。報道によると、「彼女を刺して自殺しようと思った」「彼女とトラブルはなかった」と供述しているそうです。
◆不安定なメンタルが丸見えのX投稿
 
「ぷす」は、ニコニコ動画から起こったボカロムーブメントに影響を受けて、2012年頃に「じっぷす」名義で音楽制作を開始しました。米津玄師がボカロP「ハチ」として名をあげた少し後です。

 その後、2019年に「ツユ」を結成し、2022年にメジャーデビュー。そして昨年にはアニメ『東京ベリンジャーズ 聖夜決戦』のエンディングテーマ「傷つけど、愛してる。」で一躍有名になりました。
 
 グループの全楽曲の作詞と作曲を担当し、「ツユ」のYoutubeはチャンネル登録者数130万人超えと、若者に人気だった矢野容疑者。しかし、4月13日の自身のXアカウントで<音楽死ね死ね死ね死ね…>と、そして5月7日にはサブアカウントと思しきところでも<俺は何年もやって行き詰まってきたものを楽しくやるのは無理>と投稿するなど、本業の音楽活動でのいらだちをあらわにしていました。

 もちろん、殺人未遂にまで至る動機はひとつではありません。しかし、事件を起こす直前に不安定なメンタルを隠せなくなっていることも事実です。

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「音楽死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね(以下続く)」
「音楽は死ね。今回も完成してないです。俺、一回も音楽完成したことないんですよね」
2024年4月13日のX @Pusu_kun
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「毎回同じような音の曲を量産してると視野が狭まって、かといって(中略)今までツユでやってないような曲調も攻めようとするとこうなるってこと。俺は何年もやって行き詰まってきたものを楽しくやるのは無理」
「まあ俺の苦悩はお前らには分からん。好きに言え」
2024年5月7日のX「ツユの『ぷす』のサブ垢」 @asa_kun3
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◆「ぷす」は何に追い詰められていたのか?

 そこで、「ツユ」の曲の傾向から、「ぷす」を追い詰めたものがあるとすれば、それは何だったのかを考えたいと思います。

 代表曲「傷つけど、愛してる。」を聞いて浮かんだのはYOASOBIでした。と言っても、具体的にどこがというわけではなく、曲作りの方法論が同じ。あ、これはボカロだな、という作りなのです。

 どういうことかといえば、一曲にありったけの音節を詰め込んで、誰が一番複雑な割り算を解けたかを競っているような音楽。いわば、そろばん競技みたいなものです。

◆これを作り続けたら疲弊するのは当たり前…?

 たとえば、

<派手な痛み 圧に 酷く 強く 耐えて だけど 全部守るって 覚悟決めた あの日の涙には 嘘なんて 嘘なんて 証明だって出来るから 「出来ないでしょ」 じゃあ正義は何処に在るの?>

という部分。「ぷす」の作曲は、句読点の存在を感じさせることなく、これを歌い手に一息で歌わせるのです。
 しかも、ハイテンポ、めくるめくコードチェンジ、転調。バンド演奏はどのパートもフルボリューム。ストロング系のチューハイをエナジードリンクで割ったテンション。とてもケミカルな味わいがする音楽なのです。

 これを、人の肉声で歌わせるアンバランスこそが、ボカロ系の面白さなのでしょう。「傷つけど、愛してる。」も、その点では成功しています。ジェットコースターのような転調、畳み掛ける符割、おそらくは小室哲哉からくる脈略のないキーチェンジ。

 これらをひとつの曲の中で有機的に機能させるのではなく、むしろ血流を失ったパーツとして分解されたのちに人工的に組み直される。つぎはぎを隠さずに、あえて加工物であることを強調する仕上がり。

 もろい倒錯が生み出す刹那的なスリルは、きわめて現代的なエンターテイメントだと言えるでしょう。

◆アンチからのメールをそのまま曲に

 また炎上上等といった「ぷす」のキャラクターも、SNS時代にマッチしていました。自分のアンチが実名でメールを送ってきたエピソードをそのまま曲にした「フルネームアンチ」は、瞬時に数値化されるリアクションやアテンションが生んだモチーフです。

 曲の長さも1分4秒。出オチこそが音楽である時代の空気をよく理解しています。
◆一瞬の刺激を競い合う時代の病

 しかしながら、これらの要素は頭の回転と小手先の器用さの過当競争で終わります。「ぷす」自身もXに投稿していたように、<毎回同じような音の曲を量産してると視野が狭まって>しまうけれども、今さら別の路線を取りようがなくなってしまった。なぜなら、瞬間的な刺激ばかりを追求してきたために、大局的な本質を熟考することがお留守になってしまったからです。

 これは彼だけではなく、そういう短期的なリターンを期待できるものを求めてきた音楽市場にも、責任の一端はあるのでしょう。

「ぷす」のポストを見ると、いわゆるかまってちゃんだとか、メンヘラ的な傾向があるのかもしれません。また、SNS上でそんなキャラをあえて演じていた部分もあるのでしょう。

 それでも、彼の作る曲からは、たとえアテンション・エコノミーのひとつになってしまっても、音楽に真剣に向き合った人間の焦燥感が垣間見えるのです。

<文/石黒隆之>

【石黒隆之】
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。Twitter: @TakayukiIshigu4

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  • 記事を読んで、  事件は許せないが、作曲の難しさがチョットわかった気がする。
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