パリで完璧ともいえる生活をおくる3児の母・杏。「母親が似合わない」印象さえ抱かせる新作での姿

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2024年06月07日 09:00  女子SPA!

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©2024「かくしごと」製作委員会
 北國浩二の小説『嘘』を原作とした映画『かくしごと』が2024年6月7日より公開されている。杏が演じるのは、目の前の傷付いた少年を守るため、犯罪をもいとわなくなる「偽りの母」だ。

 くわしくは後述するが、本人とは正反対ともいえる立場の主人公を演じた杏にとって、本作が新たな代表作となるだろう。それほどまでに素晴らしい演技であり、映画だった。

◆決意が揺らいだことがありありとわかる表情

 主人公は絶縁状態の父が認知症となったため、しぶしぶ田舎へと戻った絵本作家。彼女は事故で記憶を失った少年と出会い、その身体に虐待の痕を見つけたことから、自身が母親だと嘘をつき、一緒に暮らし始める。

 彼女の行動は、客観的には誘拐そのもの。その事故を起こした友人からも犯罪だと指摘されるが、主人公はそれも承知の上で少年を「息子」として育てようとする。そして、その決断に至るまでの心理が丁寧に描かれていることと、複雑な感情が表れた杏の表情が、大きな見どころだ。

 特に、主人公が少年へ自身がお母さんだと嘘をつき、「おかえり」と抱きしめるシーンでは、物語上では完全に覚悟を決めた上でそう言っているはずだ。しかし、実際の杏の表情からは、「嬉しい」と同時に「これでいいのか」と迷いが残っていることもありありとわかる。他の場面でも「決意できているようでも、しきれていない」葛藤を、杏の細やかな演技から感じてみてほしい。

◆現実では完璧ともいえる3児の母

 現実の杏はフランス在住の3児の母で、多忙であると同時に理想的、いや完璧とさえいえる生活をしていることを、2021年10月20日放送の「TOKIOカケル」(フジテレビ系)にゲスト出演した際に語っていた

 杏の一日は朝6時にスタートし、朝の支度や愛犬の散歩を経て、9時頃から仕事をして、子どもの帰宅時間に合わせて16時頃まで仕事を終えて、夕飯とお風呂を経て19時から寝かしつけを開始して、深夜1時までの自由時間でオンライン授業で英語とフランス語を学んでいるのだという。

 過去には東出昌大との離婚が報道されたこともあったが、今ではそのことをネガティブに取り沙汰されることはほとんどない。責任を持って3人の子どもを育て、自身の研鑽も続ける杏の姿は、多くの女性や母親にとっての指針やロールモデルにもなっているのだろう。

◆それでも、劇中では未熟な母親に見える

 一方で、映画『かくしごと』の劇中で杏が演じるのは、(物語上で徐々に明かされていく)暗い過去に囚われたままで「前に進めてはいない」女性だ。そのことも「他人の子どもを誘拐して育てる」間違った選択をしてしまう理由になっていると、痛いほどに伝わるだろう。

 さらに、認知症のために「手のかかる子ども」のように暴れる父親に振り回され、(息子だと思い込ませている)子どものほうがよっぽどそのことに冷静に対処しているように見えるなど、いろいろな場面で彼女は「子育てに不慣れで未熟な母」に見える。

 杏は朝ドラ『ごちそうさん』(NHK)でも現実と同様に3児の母となったことがあり、アニメ映画『窓ぎわのトットちゃん』で優しく穏やかな母親の声を見事に表現したこともある。しかし、今回の『かくしごと』では「母親が似合わない」印象さえも抱かせる、「母親を演じようとする演技の上手さ」にも驚かされたのだ。

◆「自分の言葉で言った」「想いが広がった」役でもある

 杏は今回の役について「すごく難しいシチュエーションだと思うのですが、もしかしたら今の自分だったらできるかもしれない」「必ずしも自分と役のすべてがリンクしているわけではないですが36年間生きてきた一人の人として、母親として数年経った今の積み重ねがあったので、やらせていただきたいと思いました」と語っている。

 この言葉通り、今回の役の説得力は、杏が離婚の上で3児の子どもを育てていることだけに限っていない、人間としての経験の積み重ねがあってこそのものだと強く思わせる。

 さらに、杏は関根光才監督から「誰かになる、演じるのではなく自分の言葉で言ってほしい、言いづらければ変えてもいいから自分の生の言葉を大事にしてほしい」と声をかけられたことが印象的で、だからこそ「撮影に入ってから実際に何かを作り込むことが必要ないというか、想いだけあれば、その先のものは、その場でどんどん広がっていくっていうような感覚があった」そうだ。

 前述した通り、劇中の主人公は現実の杏とは正反対の印象があるのだが、同時に杏というその人が過度に自分を偽らないまま、その本人の想いを役に投影できたとも思わせる。

 他にも杏は、「今回の役は自分自身が普段ニュースを見る中で、いろんな環境にいる子どもたちに対する想いが年齢を重ねて変わってきたので、その想いを反映できる」とも感じていたそうだ。現実の虐待などの社会問題に対する杏自身の考えも、今回の「子どもを守ろうとする」役に生かされていたのだろう。

◆絶対に忘れることができないラスト

 杏は最初に脚本を読んだ時に「ラストが特に面白く、素晴らしい」とも思ったという。もちろん詳細は伏せておくが、なるほど決して安易な救いだけを与えず、かつ投げっぱなしにすることもなく、「その後」の想像を観客にゆだねた、鳥肌が立つような幕切れだ。個人的には「映画の終わり方ベスト」を決めるのであれば3本の指に入るほどの衝撃があった。

 そして、このラスト周りにおける杏の表情は、もはや言語化が不可能なほどの複雑さと迫力があり、絶対に忘れることはできない。これまでは明るい役柄も多く演じてきた杏という俳優の印象をもガラリと変える、熱演という言葉でも足りない演技を、最後まで見届けてほしい。

<文/ヒナタカ>

【ヒナタカ】
WEB媒体「All About ニュース」「ねとらぼ」「CINEMAS+」、紙媒体『月刊総務』などで記事を執筆中の映画ライター。Xアカウント:@HinatakaJeF
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