写真学生生活の傍らアルバイトにも精を出す、ヒバリは今時の女の子。充実した日常が壊れはじめたのは、あの鈴の音を聞いてから。『消えたストーカーと浮気相手 スズノネ』(KADOKAWA)は、日常にひそむ恐怖をあぶりだした問題作です。
◆私を脅かすのは誰?
主人公・ヒバリが最初に鈴の音を聞いたのは、アルバイト先の同僚、タクローがスマートフォンに付けていたストラップでした。
彼の祖母の形見だというその鈴の音が、なぜか頭から離れません。ヒバリが行く先々で、チリンという鈴の音が追いかけてきてくるのです。ついには、家のドアの前にタクローが立ち尽くしていて…。
ことの発端は小さなことでも、一度気にしてしまうと頭の中にこびりついて、やがて伝染病のように体中をむしばんでしまうもの。ヒバリの毎日は鈴の音に支配され、鈴の音の恐怖はそのままタクローへの猜疑心(さいぎしん)へと変わっていきます。タクローはストーカーかもしれない、そんな妄想に苦しめられていくのです。
◆ストーキングの鈴の音、その正体は?
自らを追いつめていき、ついに言動までおかしくなってしまうヒバリ。そんなヒバリを常に心配し、元気づけていたのが親友のとうこでした。
ヒバリととうこはルームメイトで、アルバイト先も一緒です。そんなとうこが阻止するのを振り切って、ヒバリはタクローをストーカーだと責めてしまいます。
しかし、タクローは随分前から鈴をはずしているという事実が判明。ヒバリは愕然(がくぜん)とします。
鈴の音の正体は何?信じていいのは誰?二転三転する結末に、あなたの背筋は凍るはず。目の前で繰り広げられる現実は、はたして本当に真実なのでしょうか。
◆アロマの匂い、クローゼットの鈴の音
1冊におさめられた続いての作品「消えた旦那の浮気相手はずっと隣にいました」の主人公・ゆみは結婚3年目。結婚相談所でマッチングした夫は公務員で、おたがい条件重視で一緒になりました。
愛のない生活はじょじょに破綻し、ゆみが離婚に踏み込もうとした矢先に、匂ってきたのが夫の浮気疑惑です。
“別に夫が浮気しようがかまわない。とはいえ自分が不在の時に女を連れ込まれるのはたまらない。家の中に見ず知らずの女の香水が漂うのは、生理的に嫌だ”
この心理は、読んでいてとてもよくわかります。夫や夫の浮気相手はどうでもいい、でも自分が暮らす家を汚されるのは我慢ならない。
ゆみは夫の言動を注視し、入念に探りを入れはじめます。するとどこからか、鈴の音が聞こえてくるのです。
◆浮気はきっかけに過ぎなかった
夜中、ゆみが確かに聞いたと思った鈴の音。翌朝、夫にたずねてもとぼけるばかり。夫の目の前でクローゼットをあけても、特に変化はなく、いつものクローゼットです。
ゆみが夫を問い詰めるも「気のせいだろう」と夫はスルー。当然、ゆみも気のせいだと思いたい、でも、部屋の空気の異様さに、ゆみの疑念はますます深まるのです。
悶々(もんもん)とした日々は、意外な形で終焉を迎えました。夫の正体は、実は…。
◆犯罪や問題行為が、実はすぐそばに
ストーカー、浮気。物事の本質は、もしかしたらそこにあるのではなく、その奥にひそんでいるのかもしれません。おかしいのは誰なのか、自分なのか彼なのか彼女なのか。
本書を読むと、遠くにあると思えた犯罪や問題行為が、実はすぐそばで行われていると実感します。
ヒバリ、ゆみ。真実にたどり着いたふたりが、今後どう生きていくのか。あなたの目で見届けてみてください。
<文/森美樹>
【森美樹】
小説家、タロット占い師。第12回「R-18文学賞」読者賞受賞。同作を含む『主婦病』(新潮社)、『私の裸』、『母親病』(新潮社)、『神様たち』(光文社)、『わたしのいけない世界』(祥伝社)を上梓。東京タワーにてタロット占い鑑定を行っている。X:@morimikixxx