休日に業務連絡「気になるけど返せない」が一番危険? 「つながらない権利」の実現性は

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2024年06月08日 07:31  ITmedia ビジネスオンライン

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(写真はイメージ、提供:iStock)

 諸外国ではいわゆる「つながらない権利」、つまり業務時間外にメールや電話などの仕事の連絡を拒否する権利を法制化する動きが広まっている。


【グラフ画像】勤務時間外に部下・同僚・上司から業務上の連絡がくる頻度


 日本はどうかというと、顧客第一主義が根強い上にサービス残業も横行する状態で、「時間外だから」といって上司や顧客からの連絡を無視などできない――そう考える人が多いだろう。


 しかし、仕事のことを気にせずに過ごす時間や休日が、休息の質や仕事の生産性にも影響するという研究結果もある。日本において「つながらない権利」を行使できる社会を実現させるには、どうしたらよいだろうか?


●フランスで「つながらない権利」が実現した背景


 世界の中で「つながらない権利」をいち早く法制化したのはフランスだ。2016年に成立した改正労働法の中に盛り込まれた。


 具体的には、労働者が「つながらない権利」を完全に行使する方法、企業がデジタル機器の利用規制を実施する方法について労使が毎年交渉することと、その実施手続きについて明文化して定めることが義務化された。


 当時、フランスにおける携帯電話の普及率は100%を超えており、職場にいなくても仕事の連絡ができる状態になりつつあった。プライベートな時間が仕事に侵食されてしまうことを防ぐために、職場ごとにルールを作ることを求めたのだと考えられる。


 フランスは「バカンスの国」と呼ばれるほど休むことを大切にする国だ。そのような国が先陣を切り、今ではイタリア、ベルギー、スペインなどのヨーロッパ諸国をはじめ、フィリピンなど各地に「つながらない権利」を保障する国や自治体が出てきている。


●日本では「つながらない権利」があっても使えない?


 「つながらない権利」が法制化された当時のフランス以上に、今の日本では「つながっている」人が多いのではないだろうか。


 2023年9月に連合が行った調査によると、雇用者のうち72.4%が「勤務時間外に部下・同僚・上司から業務上の連絡がくることがある」、44.2%が「勤務時間外に取引先から業務上の連絡がくることがある」と回答している。ほぼ毎日くるという人はそれぞれ10.4%、6.2%だ。


 この質問はあくまで「連絡がくるかどうか」について聞いているので、それに対応しているかどうかは分からない。


 しかし、62.2%の人は「勤務時間外に部下・同僚・上司から業務上の連絡がくるとストレスを感じる」と回答しており、60.7%は「その内容を確認しないと気になってストレスを感じる」と回答していることから、連絡自体をやめてほしいと考えている人も多そうだ。


●「気になるけど対応できない」 葛藤型が一番危険


 中には、業務時間外の連絡が気にならない人もいる。例えば「いま対応する義務はない」「週明けにやれば十分」とオンオフの線引きがきっちりできていて、仕事の上でもそれが許されるようなタイプの人。逆に「仕事を円滑に進めるためならいいじゃないか」と、積極的に対応するタイプの人もいるだろう(このタイプは、時間外の連絡をする側になっている可能性も高い)。


 一番ストレスがたまるのは、どっちつかずで葛藤しているタイプの人だ、という研究結果がある。


 近畿大学の本岡寛子教授らの研究では、20〜60代の男女93人を、勤務時間外の連絡に対する意識によって3グループに分け、仕事のストレスの度合いなどを調査している(参考「勤務時間外の連絡に対する意識が心理的ディタッチメントと職業性ストレスに与える影響」)。


1番目のグループ


 「次に会った時に話せば十分だと思う」や「応じるのは出勤してからでも間に合うだろうと思う」など、返信を急がず保留する意識が高く、応じないと業務が遅れたり相手に迷惑を掛けるという意識、応じないと自分の評価が下がるのではないかという意識が低い。


2番目のグループ


 返信を保留する意識がやや低く、応じないと業務が遅れたり迷惑を掛けるという意識、自分の評価が下がるという意識がやや高い。


3番目のグループ


 返信を保留する意識が非常に低く、応じないと業務が遅れたり迷惑を掛けるという意識、自分の評価が下がるという意識が非常に高い。


 この3グループを比較すると、「必要はない」と割り切って返信に応じないでいられる1番目のグループに比べ、どっちつかずで葛藤している2番目のグループにおいて、優位に疲労感や身体愁訴(しゅうそ)の値が高かった。


 論文では「『葛藤型』は、周りとの調和を乱すことや 迷惑がかかることを懸念しつつも連絡に応じないタイプであり、常に仕事から離れるのが困難なタイプ」と説明されている。また、家事、育児、介護など仕事以外の忙しさによって、他のタイプよりも高い疲労感や身体愁訴を示しているのではないかと考察されている。


 なお、3番目のグループの数値は他グループと有意な差がない。しかし仕事のストレス反応としてはポジティブなものである「活気」の得点が葛藤型より高い傾向があり、「勤務時間外であったとしても、連絡に応じることによって用事を手放すことができるタイプが一部混在していると推測できる」とある。


●「つながらない」を実現する 3つのアイデア


 研究結果から分かるのは、そもそも業務時間外の連絡を気にせず放っておける人もいれば、気になる場合にも、対応してスッキリできる人、嫌々ながら仕方なく対応する人、他の事情で対応できない人がいるということだ。


 ここからは筆者の推測だが、「気になるけど対応できない」人たちは、周囲からは「気にせず放っておける」タイプと見なされていることもありそうだ。「急を要するから連絡してるのに、空気読まないよね」とか、最近話題の「子持ち様」だから甘えているなどといわれることを恐れ、肩身の狭い思いをしている人たちも多いのではないだろうか。


 そのような可能性も考えると、やはり業務時間外の連絡は抑制すべきだと思う。「つながらない権利」の法制化を待つまでもなく、まずは職場でのルール作りが望まれる。


 「でも、対応しないと顧客に迷惑を掛ける」「仕事が回らない」といった事情をどうするか。筆者としては次の3つを提案したい。


1.不必要につながらないためのルールと仕組みづくり


 どんなことが業務時間外にやりとりされているのかを洗い出し、「これは業務時間内にやればよい」「これは夜や休日でも連絡が必要だね」ということを分ける。


 前者については業務時間外は連絡しないというルールを明確にする。そして責任者の名前で、社内外にきちんと通達をする。


 顧客からの連絡については、会社として「担当者個人は時間外の連絡は受けない。何かあれば代表の顧客対応窓口へ」といったお願いを明確にすることで、ある程度抑制されるだろう。


 社内で「休日に思い付いたアイデアをチャットで送ってしまわないと逆に気になる!」というタイプの人のためには、休み明けに送信されるようタイマー機能を使う、時間外はチャットの通知がオフになるようにするなど、ツールを上手に使う方法も周知するとよいだろう。


2.必要な連絡に対処する体制づくり


 業務時間外に対応する必要があることも、例えば問い合わせ対応ならチャットボットを導入するなど、なるべく人力での対応を減らす方策を考える。


 人がやらざるを得ないこともチームで対応し、特定の人に負担が偏らないようにする。また、「連絡があったらすぐに対応できるように」と待機させるなら、そのための手当を払うことも考えるべきろう。


3.互いの人生を尊重し合う職場の雰囲気作り


 休日でも仕事のことを考えていたい人もいれば、それどころではない人もいる。職場の多様性が増すほど、仕事との距離感や仕事以外の時間の過ごし方は人それぞれだ。


 だからこそ、業務時間外はそれぞれの人生の充実のための時間として尊重する――そんな理解を職場内に広めていく必要がある。


 それを頭で理解するだけでなく実感するために、同僚や上司・部下の仕事以外の側面を知る時間を取るのも有効だ。


 もうずいぶん前になるが、毎週1回オフィス内にいる人が集まり、おやつを食べながら「仕事以外の話をする」という「おやつタイム」を設けている会社を取材したことがある。


 「仕事以外の話を」となると自然に趣味の話や家族の話になる。その結果、「◯◯さん、今日はライブに行くんでしょ? 早く上がったら?」とか、「□□さんは3人の子育てをがんばってるんだね。無理しないでね」といった気遣いをしあえる職場になったと、社長さんが語ってくれた。


 そういう思いやりを持てるようになると、業務時間外の連絡を控える、時間内に終わらせるということに、前向きに取り組めるのではないだろうか。


 以上、「つながらない権利」がなぜ重要か、それを実現するために職場でできることは何かについて考えてみた。仕事を離れて休息を取ることは仕事の生産性にもつながるのだから、会社としても本気で取り組んでもらいたい問題だ。


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