「ソリューション営業」終焉 新たな勝ち手法「インサイト営業」を実践する5つのステップ

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2024年06月08日 08:11  ITmedia ビジネスオンライン

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インサイト営業、どう実現する?(iStockより)

 前回の記事では、日本で正義とされているソリューション営業が終焉する理由と、米国で注目を集める「インサイト営業(Insight Selling)」について紹介しました。今回の記事では、これからの時代に勝ち抜くために必要なインサイト営業を実践するための具体的な方法について紹介します。


【画像】インサイト営業を実践するための5ステップ


●インサイト営業を実践するための5つのステップ


 インサイト営業を実践するには、まず以下の5つのステップに沿って行動してみましょう。


STEP1:市場動向の把握と徹底的な顧客分析


 市場のトレンドやデータを用いた情報を提供し、顧客が自社の課題を新しい視点で分析できるようサポートすることが重要です。


 そのためには、3C(自社、顧客、競合)分析にとどまらず、顧客の顧客(Customer’s Customer)と、顧客の競合(Customer’s Competitor)を含めた5Cを分析をする必要があります。


 Webサイトやソーシャルメディアからの情報のみならず、社内の過去の購買履歴やWebサイトでの問い合わせなど、SFAやマーケティングツールからの情報も含めて情報を集めます。前任営業からの情報も有益な情報となるでしょうし、ビジネス領域に特化したマッチングサービス「ビザスク」などから同業界の専門家などにリーチして、業界構造や慣習、ポジショニングなどを調査することも効果的でしょう。小売店であれば店舗に行ってみたり、製造業であれば工場見学をさせてもらったりと、実際に体験することで得られる情報もあります。顧客よりも顧客のことを理解するという姿勢で、あらゆる情報収集に努めていきます。


STEP2:顧客の将来ビジョンに向けての仮説策定


 STEP1で集めた情報を整理して、問題や課題の仮説を独自な視点で策定します。あくまでも顧客が既に認識している問題や課題ではなく、顧客の成長機会や競争力向上につながる具体的なアイデアや独自の視点である必要があります。


 その際のポイントは、5C分析した現状より先の将来に目を向けることです。3年後にどのようなことが起きそうか、将来予測をします。


 将来予測には、先進的な企業の事例を調査することが有効です。例えば、リテール企業であれば、米国WalmartのDX戦略や組織設計、新サービス情報など。金融機関であれば、Bank of Americaはどのような非対面のオムニチャネル戦略で、ChatGPTをどう活用しているのかなどを調査します。事例からその企業の課題や解決方法、導入効果だけでなく、その企業の経営者が、何を考え、どのような悩みがあり、どのような流れで意思決定したのかなどの背景や経緯を抜き出します。


 そのうえで、ターゲット顧客にとって、将来的にどのような問題が起こり得るのか、そのためにどのような課題を解決しなければならないのかという視点で仮説を立てていきます。単純に先進企業の戦略や施策のコピーではなく、その顧客にとっての固有の課題を考え抜く姿勢が重要になります。


STEP3:インサイトの提示と当事者意識の醸成


 STEP2で考え抜いたインサイトを提示し、顧客に自分たちの問題として当事者意識を持ってもらいます。提示したインサイトは、顧客のビジネスにどのような影響を与えるのか、どんなリスクがあるのか、施策によってどれくらい改善できるのかを、数値データを用いて丁寧に説明していきます。


 ここでは、売りたい製品やサービスが解決するソリューションを提案するのではなく、顧客との深い対話を通じて、課題やニーズを理解して異なる視点で課題を指摘し、抜け漏れていた視点を提案していきます。顧客に「言われてみればそうかもしれない。その視点は考えてなかったわ」と思わせることが大切になります。意外な着眼点で顧客を驚かせるといったところでしょうか。


 そのうえで、当事者意識をもってもらうために、仮にその課題を放置した場合にどうなるのか、今着手した場合にはどんな未来が待っているかなど、顧客を主語としたストーリーを展開していきます。その際、競合の成功事例のみならず、失敗事例をケーススタディーとしてまとめて、その解説をすることも有効です。成功事例は聞き飽きていますが、失敗事例はなかなか世に出ていなかったりしますので、有益な価値のある情報になります。


STEP4:ソリューションの展開と懸念払拭


 STEP3で提示したインサイトに対して顧客が当事者意識を持った段階で、その課題解決に適したソリューションを提案します。製品やサービスのみならず、顧客のビジネスモデルを強化するための戦略的なアドバイスも含んだ提案に仕上げることがポイントです。STEP3で顧客と合意した課題は、自社と顧客との間で握った新たな課題になるため、そのタイミングでは、同じ課題に着目した競合がいない状況になります。商談を優位に進めることができるという理屈です。


 その後は、顧客のバイヤージャーニー(購買プロセス)に応じて、導入・運用部門、利用ユーザ部門などの関係キーパーソンと対話を深め、懸念事項を払拭、受注につなげます。つまり、顧客担当部署の社内合意形成を支援していく活動をしていきます。


STEP5:継続的な顧客エンゲージメント


 STEP4でソリューションを販売した後も、継続的にその進捗や新たな課題のためにフォローしていきます。導入はエンジニア、その後はカスタマーサクセスの役割というように機能別になっている組織も多いと思いますが、営業も売ったら売りっぱなしではなく、進行中のプロジェクトにおいて必要に応じて調整を行い、最適な結果が得られるよう努力していきます。


 顧客からのフィードバックを積極的に収集し、改善点を洗い出していくことで、顧客との関係をさらに強化することができます。一度きりの取引で終わりにすることなく、定期的な対話を通じて顧客のビジネスの変化や連続的な新たな課題を把握し、それに応じた新しいインサイトやソリューションを提供し続けることが重要なのです。


 単なる売り手と買い手の関係からビジネスパートナーとして認めてもらうことを目指して、顧客の事業成長を共に考え、支援していくことに重点を置いていきましょう。このアプローチにより顧客との関係は一過性のものではなく、持続可能なパートナーシップへと進化し、お互いにとって価値のある深い結び付きを生むことが可能となります。


●これからの時代、営業は「チーム戦」に


 いかがでしょうか? 「ハードル高すぎ」「そんな簡単じゃないよね」という声が聞こえてきそうですが、これは担当営業1人で実行するものではありません。営業組織としてチームで展開していくことが成功するポイントとなります。


 意思決定者のみならず、意思決定者に影響を与えるインフルエンサー、運用部門やユーザー部門などの関連部門の上層部も押さえる必要があります。そのような意味では、担当営業は、営業部長や役員などの上司を巻き込み、過去の経験や知見からの洞察も加え、顧客のステークホルダーを説得していくことが肝要です。同じ提案内容であっても、上層部同士が共感し合える場は、とても重要になります。


 ここまでいろいろと解説をしてきましたが、筆者自身も失敗したことがあります。


 インサイト営業は、平たく言えば「お客さんが認識している課題も重要ですが、あなたの会社の事業を成功させるには、こちらの課題を解決すべきではないでしょうか?」と上から目線な、マウントを取るような営業スタイルになりかねません。


 営業部長だった頃、某大手製造業のITインフラ基盤刷新案件を担当していました。既存システムは大手SIベンダーががっつり押さえていて、ハードウェアをベースとした既存システムの延長上の提案内容が優勢な状況でした。このまま同じようなシステム提案をしたところで勝ち目はないと判断した私は、RFP(提案依頼書)を書くことになっている同社の情シス子会社へアプローチして「ご依頼の内容で提案することもできますが、御社のゴールを達成するには、私どもの提案の方が良いです」と上から目線の提案をしました。


 「ピーク時のトラフィックに合わせたサイジングで“使いもしない”大規模投資をするのではなく、利用した分だけ課金されるクラウドをベースにした方が、絶対的に良いです。当社は、ハードウェアでもなく、ソフトウェアでもなく、ドリームウェアを提案します」と意気揚々と最終プレゼンに臨みました。活発な質疑応答が繰り広げられ、良い雰囲気でプレゼンを終え、担当の課長さんからも「良い気付きを与えて頂き、ありがとうございました」と感謝され、気分よく帰社しました。


 ところが、1週間後の選定結果の通知は、不採用。「えっ? なんで?」と思いましたが、情シス部長の鶴の一声で、既存ベンダーが採用されたというのです。後日、その部長にアポを申し入れましたが、お会いすることができませんでした。提案した企業で失注後にアポが取れない経験をしたことがなかったので、ショックでした。顧客の課長からの情報では、そのRFPには、その部長が30年間経験してきている製造業としてのシステムに対する思いが詰まっていたにもかかわらず、それを無下にして、正論を振りかざした若造が気に入らないといという趣旨のものでした。


 その情シス部長さんの置かれた状況や上司から言われている内容、既存ベンダーとの関係などさまざまあったと思います。その決裁者の部長に一度もお会いすることなく最終プレゼンに臨んでいるという段取りの悪さ、今思うと「それはそうだよな」と、その部長さんが仰ることも、とても理解できますし、申し訳ない思いでいっぱいです。


 ここでの学びは、意思決定するのはあくまで人であるということ。いくら斬新で経済的合理性がある提案内容であっても、信頼関係が構築できていない状況で上からマウントを取るような接し方や言動をするのはNGということです。顧客=人として捉え、解像度を上げて、本当の意味で信頼関係を構築するというのがとても重要です。


●まとめ


 インサイト営業は、単なる営業手法を超え、顧客との関係を根本的に見直し、新しい価値を共創するパラダイムシフトです。


 このアプローチを成功させるには、顧客のニーズと課題を的確に把握し、それに応えるための洞察力、柔軟性および創造性が必要です。営業チームがこれらのスキルを身に付け、顧客との信頼関係を深めることができれば、持続可能な成長と相互の成功を実現することができるでしょう。


 顧客と一緒に未来を切り開く旅は、挑戦的であると同時に、大きなやりがいと成果をもたらすものです。


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