私のモットーだった、創造的な仕事をするための3つの条件〜ソウル、インチョン(前編)【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】

0

2024年06月08日 08:50  週プレNEWS

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

週プレNEWS

オークウッド・プレミア・ホテルの50階からの夕景

連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第50話

新型コロナウイルスをきっかけにコロナウイルスの研究を始めた筆者は、これからの研究対象の候補のひとつであるMERSコロナウイルスの情報を得るため、韓国へ飛んだ。

* * *

【写真】出張で食べた韓国料理

■コラム・エッセイの書き出し

韓国・インチョンにある、オークウッド・プレミア・ホテルの50階の部屋で、この原稿を書いている。

――こういうのは、村上龍の『すべての男は消耗品』シリーズのエッセイで常用されていた冒頭句である。この連載コラムでも触れたが、私は文筆家に憧れを持っている(18話、32話)。そのひとつの理由に、村上氏のエッセイにあるような、「ホテルに逗留して文章を書く」という姿に憧れているところがある。出張が多い現在の私はそれと似たようなことができる境遇にはあるし、「文化人のホテル」とも呼ばれた東京・御茶ノ水にある「山の上ホテル」に(自腹で)宿泊したりしたこともある(32話)。しかし今、私がこのホテルに滞在している理由は、もちろんこの原稿を書くことではない。

韓国に来るのは、ちゃんと数えてみるとこれが3度目。2012年と2013年に、それぞれエイズウイルスに関する研究集会に参加するために訪れていた。以来、10年振りの訪韓である。

ほかの国に比べて、「韓国に出張!」というのは正直あまりテンションが上がらない。それは韓国を卑下しているというわけではまったくなくて、「外国感」が非常に薄いからである。羽田空港から金浦国際空港までわずか2時間。九州まで行くのとほとんど変わりがない。時差もない。もちろん言語は違うので何を話しているのかはさっぱりだが、韓国語のイントネーションは日本語のそれととても似ているので、ボーッと聞き流していると、日本語と区別がつかなかったりもする。そう考えると、ハングルの看板や標識も、なんだか文字化けしただけのもののようにも見えてきたりする。

■韓国とMERS

2023年9月。今回は、「Korean Association of Immunologists」というところからの招待講演の依頼を受けての訪韓である。この打診を受けた際、私には、ついでにひとつ、掘り下げておきたいことがあった。それは、MERSに関する共同研究のことである。

MERSとは「中東呼吸器症候群(Middle East respiratory syndrome)」の略であり、MERSコロナウイルスの感染によって引き起こされる病気である。MERSコロナウイルスは、2012年に見つかった新しいコロナウイルスで、その感染症は、サウジアラビアなどの中東の国々で散発している。ラクダがウイルスを持っていると考えられていて、それがヒトに時折スピルオーバー(異種間伝播)しては、散発的な流行を繰り返している。報告にもよるが、MERSコロナの致死率は30%を超えるとも言われており、非常に危険な感染症であると言える。しかしその流行は基本的に、ラクダがたくさんいて、ヒトとの接触も多い、中東の国々にかぎられていた。

――が、このMERSコロナウイルスのアウトブレイクが、2015年に韓国で発生したのである。中東からの輸入例が院内感染につながり、アウトブレイクを起こしたのだ。最終的に、186の感染例が報告され、36人が死亡した。これは、中東諸国以外の国での流行としては最大規模である。

新型コロナウイルスをきっかけにコロナウイルスの研究を始めた私は、これからの研究の展開を模索していた。その研究対象の候補のひとつが、このMERSコロナウイルスである。新型コロナウイルス、SARSコロナウイルス、そして、MERSコロナウイルス。ヒトに重篤な病気を引き起こすこの3つのコロナウイルスについては、すべて研究対象としてカバーしたいと考えていた。

その研究を進めるためには、MERS患者の臨床検体が必要である。しかし日本では(幸いにして)MERSの発症例がないので、日本国内ではいくら頑張ってもそれを入手することはできない。しかし韓国には、MERSを発症し、回復した人たちがいる。

招待講演の依頼を受けた際、MERSコロナウイルスの研究者を紹介してもらえないかと頼んでみた。G2P-Japanの研究成果の効果はてきめんで、すぐにソウル国立大学の研究者を紹介してくれた。

ソウル国立大学のチョ・ナムヒョク(Cho Nam-Hyuk、ナム)教授とは、そのような経緯で知り合った。まずはメールで何度かやりとりをし、それから一度だけ、ウェブチャットで打ち合わせをした。私がやりたいことを説明し、共同研究が始まった。

ナムとはこの訪韓で初めて対面で会い、研究のことからくだらない話まで、いろいろな話に花を咲かせることができた。ソウル国立大学で講演もした。国際学会の会場であるインチョンまで彼の車でドライブしたり、カルグクスやカルビを一緒に食べたりした。そして、コンビニでも売っているおいしい生マッコリを教えてくれた(これが本当においしくて、ハマってしまった)。

※後編はこちらから

文・写真/佐藤 佳

    前日のランキングへ

    ニュース設定