古今東西の平和思想をつなぐ異色の歴史本『平和道』が示す「戦争の魅力」との向き合い方

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2024年06月08日 13:20  週プレNEWS

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古今東西の平和思想をつなぐ歴史本『人類1万年の歩みに学ぶ 平和道』(インターナショナル新書)を出版したノンフィクション作家の前川仁之氏。手元にあるのは本書の創作ノート

ロシアによるウクライナ侵攻は出口が見えず、イスラエルの進軍が続くガザではおびただしい数の犠牲者が増え続けている。戦争報道は日常の一部となり、平和実現を願うことは夢想にすぎないのか。そんな中、ノンフィクション作家、前川仁之(まえかわ・さねゆき)氏が異色の歴史本『人類1万年の歩みに学ぶ 平和道』(インターナショナル新書)を出版。古今東西の思想家、科学者、軍人らが残した平和構築の思想や実践をつなぎあわせ、今を生きる人類が目指すべき道を提示するという壮大な意欲作である。

【写真】前川仁之の「ロサンゼルスドジャース」超ディープ現地観戦レポ

■映画『オッペンハイマー』で描かれなかったこと

――前川さんが過去に出版した2冊の本はノンフィクションの中でも紀行文学にカテゴライズできると思いますが、今回の『平和道』はいわば論説文。もともとこういう本を書きたいと思っていたんですか?

前川 確かに過去の2作は旅行記ではありましたが、平和実現に寄与したいという思いは根底にありました。1作目は日韓両国の国民にうずまく互いへの悪感情をどうにかしたいというのがあったし、2作目の『逃亡の書』はイエメン、ウクライナなどの難民、避難民たちを取材し、戦禍から逃げることを肯定的に捉える試みでした。

今回のような論説本は、「前川といえば●●」のようにノンフィクション作家としての評価が定まってから書いたほうがいいという助言もいただいていて、それは仰るとおりなんですが、すごく気に食わなかったんですよ。ロシアのウクライナ侵攻に対して、「戦争が起こるのは仕方ない」といった諦めムードが支配的になっていくのが気に食わなかった。

ロシアの侵攻が始まってまもなく、元大阪府知事の橋下徹氏がテレビ番組で「ウクライナの人たちは国外退去すべきだ」と言ったことがありました。それに対してウクライナ出身の国際政治学者が反論し、SNSでは「じゃあ誰が祖国を守るんだ?」などと橋下氏へのバッシングが吹き荒れました。

自分は安全な場所に身を置きながら、「国のために命をかけるべきだ」的なことをどんどん軽々しく言えるようになっている風潮もすごく嫌だった。こんな時代へのカウンターとして、世界の歴史を俯瞰し、先人たちが積み重ねてきた平和論を紹介したのが本書です。

――あとがきで、本書の執筆期間は約半年だが、内容の蓄積と熟成には20年くらいかけていると書いています。平和志向の芽生えはいつ頃からですか?

前川 最も熟成を重ねたのは第7章「科学技術と戦争協力」で、高校3年ぐらいから考えていたテーマです。幼い頃から科学者になるのが目標でしたが、成長するにつれて科学の裏の部分、つまり科学は戦争をより悲惨なものにするという面を知り、迷いが生じました。

『ヒロシマは昔話かー原水爆の写真と記録』(庄野直美編著)という本を中学1年で読んで大きなショックを受け、高校の修学旅行で広島の原爆の被害に触れて、いよいよ科学が嫌になった。というか、なんとかしたいという気持ちが芽生えました。

レオナルド・ダ・ヴィンチは今でいう潜水艇の原理を発明しましたが、この技術は戦争をもっと悲惨にするから発表しないと手帳に書いています。「できてもやらない」知恵に憧れました。科学技術は一度表に出てしまえば後戻りができない。とある技術が使われなくなるのは、同じ目的をより効率よく達成できる技術にとってかわるときだけです。

自然をも変えてしまう科学の応用の成れの果て、その最たるものが原爆、水爆だったと思うんです。科学技術は平和や戦争を考えるとき、不可欠なものなんですよね。いつかは1冊書くつもりでいたテーマを、今回はひとつの章で取り上げました。

――第7章では、ドイツのオットー・ハーンらによる核分裂の発見を契機に、「ドイツより先に」原爆を完成させるべくアメリカのロスアラモス研究所に集められた科学者たちの日常や、広島、長崎に投下された後の反応を描いています。このマンハッタン計画を主導したロバート・オッペンハイマーの伝記映画『オッペンハイマー』はご覧になりましたか?

前川 はい。普通にいい映画で、アカデミー賞で7部門を受賞したのはさもありなんという感じですが、「この男が世界を変えてしまった」という日本公開時のキャッチコピーのとおり、典型的な天才神話にとどまっているというか。オッペンハイマー個人に収斂(しゅうれん)されがちなところがあって、観客に「自分もオッペンハイマーかもしれない。加害者のひとりかもしれない」と考えさせるような深みは感じませんでした。また、この映画が評価されたことで核軍縮の機運が高まる、といった影響力もなさそうです。まあ、これからじわじわ出てくるといいのですが。

舞台がアメリカだから仕方ないのかもしれませんが、オットー・ハーン博士は出てきませんしね。彼は広島への原爆投下を知らされ、ものすごいショックを受けるのですが、それは「祖国ドイツがアメリカとの原爆開発競争に負けたから」などという理由ではありません。

アインシュタインの描き方にも違和感を抱きました。ある種、超俗した仙人のように描かれていて。それは一般的なアインシュタインの平和主義者のイメージと合致していますが、ナチスが政権を取ってアメリカに亡命してからのアインシュタインはそうではない。ナチスドイツとの戦争は避けられないとする正戦論者の立場で、かつては平和への有効な手段と評価していた良心的兵役拒否を否定し、「すべての真摯な人間は、ファシズム打倒のために一定期間、個人の自由を犠牲にして戦わねばならない」というようなことを説いています。

私の本には映画には出てこなかった科学者も多数登場します。オットー・ハーンの相棒だったユダヤ系オーストリア人の女性物理学者、リーゼ・マイトナーは亡命先の北欧で、原爆投下直後に「枢軸国を倒したユダヤ人の原爆の母」として持ち上げられた。それで困惑するのですね。彼女自身は純粋に研究が大好きな科学者で、マンハッタン計画に誘われたときはきっぱり断り、兵器開発にはいっさい携わっていなかったから。

この第7章は、映画『オッペンハイマー』に感銘を受けた方にも、不満を持った方にもぜひ読んでいただきたいです。映画は3時間以上ありますが、こっちは50ページほどですので、1時間で読めますよ(笑)。

■戦争は世界で唯一の健康法!?

――本書のユニークな点としては、第4章と第5章で、人々を惹(ひ)きつける「戦争の魅力」と正面から向き合っていますね。

前川 第4章では、20世紀初頭にイタリアの詩人、マリネッティが興した前衛芸術運動「未来派」について書きました。ファシズムに接近したマリネッティは近代化のスピード、最新兵器を称揚し、「戦争は世界唯一の健康法」などと礼賛した。なぜ、こんなトンデモナイ人物を紹介したかというと、かつて私も子供の頃は戦闘機の美に魅せられたり、湾岸戦争のときには、夜空を昇っていく対空射撃の光を「キレイだなぁ」とテレビの前で思ったりしたことがあったからです。

続く第5章では、国民意識、ナショナリズムの形成過程にも触れながら、戦争のドラマ性、感情移入の美について考察しています。

子供の頃、近所に住んでいた母方の祖父がよく戦争中の話をしてくれました。同い年の従兄とふたり、靖国神社に連れていってくれたこともあります。当時は今よりもまだ戦後民主主義の価値が強く、私はそれへの反発もあって、過去の戦争を、後の価値観で悪だ悪だと裁くものじゃないという思いが育っていきました。

本書でも言及した小林よしのりさんの『ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論』を読んで、「じいちゃんの言ってることをよく書いてくれている」と感銘を受けたり。ちなみに祖父は、昔の日本にも言い分はあったという考えでしたが、戦争そのものについてはいつも「こんなにバカバカしいものはないよ」と付け加えるのを忘れませんでした。

妙な言い方に聞こえるかもしれませんが、生きている者の多くは、いじらしいところがあるように思います。死者たちに対し、素っ気なくすませておくことができない。ナショナリズムの形成において「戦死者たちは祖国のために命をかけてくれたのだ」という物語が効果を持つのは、この心情によるところが大きいでしょう。

本にも書きましたが、私だって「犬死にだ」などと切り捨ててしまえる人のほうに危うさを感じます。あのヒトラーが第一次大戦の敗戦を聞いて「すべての犠牲はムダだった」と嘆いていたことを思い出します。

ただ気をつけなければならないのは、死者たちが本当のところ何を思うのか知る由もないのに、「あの人たちの死はムダではなかった」という自分たちの意味づけを死者が全肯定してくれると思ってしまうことです。私はこの構図を「死者に対する生者の圧倒的な専制」と呼んでいます。

そこに無自覚で、「前の戦いでこれだけ命をかけてくれたんだから、私たちも国を守るために戦うんだ」とする言説には賛同できません。現代日本では靖国神社と「英霊」をめぐって時おり吹き出すナショナリズムが典型的ですね。

そうそう、先述の祖父は、戦友や上官や、その他の若くして亡くなった方々について「不公平だ」と言っていましたよ。「このままじゃ命の長さが不公平だから、きっと生まれ変わりはあるはずだ」と。靖国神社を敬いながらも「よくぞ国のために死んでくれた」と決まりきった態度はとれなかったわけで、要するに死者とはそれくらいわからないものなのです。

――第5章の後半では、ドイツの軍人作家、エルンスト・ユンガーの思想の変遷をたどっています。その変わりぶりには驚きました。

前川 戦争でこれだけの人が死んだ。だから戦争には命を超えた価値がある。祖国には命をかけるだけの価値がある。こうした、一種のどうどうめぐりを断つために、ユンガーの思想はヒントをくれると思います。

彼は第一次大戦を前線部隊で戦い、出版した従軍日記では戦争を英雄的精神の発露の場として描いています。終戦10周年に手掛けた追悼文集では、戦死者は「永遠のドイツに入った」と弔っている。その死に「感動」することこそが最高の供養だ、と。

この時点では先述した日本における「英霊」観と似ていますが、第二次大戦中に執筆し、終戦直後に発表された『平和』という長編エッセイでユンガーは思想を深化させます。この戦争は人類最初の共同作業だった、次の共同作業は平和の構築だ、と書いているんです。しかも、「どこの国の」とか「なに人の」といった限定詞をまったく用いず、死者たち――兵士だけでなく銃後の人々を含みます――を記号化から救っている。

思想の変化には、彼が反ナチスだったことも大きく関係しているでしょう。ユンガーの文章は本当に美しく、本書では多めに引用していますので、その圧倒的な筆致をじっくりと味わっていただければと思います。

第4章と第5章は、かつて私も惹きつけられた戦争のカッコよさ、戦争のドラマ性から自分自身を解毒する試みでもありました。と、偉そうに語っていますが、近年また戦争の「魅力」に引き寄せられそうになった事案がありました。

――何があったんですか?

前川 2022年4月に、ウクライナのミサイル攻撃でロシアの巡洋艦モスクワが沈没したとき、「やった!」って感じがしたんですよ。いまだに続くあのうんざりする戦争の報道で、後にも先にもその一度だけ、爽快感を味わってしまった。なぜそう思ったか考えてみたら、子供の頃に海軍好きだったり、直接人間の被害が見えてこないゲームっぽさであったり、ロシア=悪役という構図があったりするんですけど。

しかしその1週間後に、北海道・知床で遊覧船の沈没事故があって。モスクワ撃沈には喝采を送り、遊覧船の沈没はすごく心配する。これはなんなんだろう?と考えたときに、やはり戦争を痛快なショーとして見てしまうことの危険性をあらためて実感しました。戦争の悲惨さに対する想像力の動員の仕方を鍛えることは大事ですよね。

――本書はほかにも紀元前中国の墨子にはじまり、エマニュエル・カント、内村鑑三ら有名どころから、あまり聞きなれない人まで多数登場します。

前川 個々の章については、これ知っているっていう読者の方はいると思うけれど、全体を通して頭に入っている人はあまりいないでしょうし、どんな専門家が読んでも必ずひとつは面白い部分が見つかると思います。平和や戦争の専門家ではないし、博士号も修士号も持っていない私がこういう論説を書いちゃっていいのかという遠慮は多少ありますが、平和は誰でも語っていいものだと示せたと思いますし、これを読んだ人がそれぞれの平和道を考えてくれたらすごくうれしいです。

■『人類1万年の歩みに学ぶ 平和道』
インターナショナル新書  1210円(税込) 

●前川仁之(まえかわ・さねゆき) 
ノンフィクション作家。1982年生まれ、大阪府出身。埼玉育ち。東京大学教養学部(理科一類)中退。人形劇団員、警備員等を経て、立教大学異文化コミュニケーション学科卒。2014年、スペインの音楽家アントニオ・ホセの故郷を訪ねてその生涯を辿った作品で開高健ノンフィクション賞(集英社)の最終候補となる。著書に、亡命者や難民の境遇を追った『逃亡の書 西へ東へ道つなぎ』(小学館)など。

取材・文・撮影/週プレNEWS編集部

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