サラダも買えない貧困女性は、1000万円で子宮を“貸し出した”。代理母出産をめぐるドラマの「地獄のような展開」

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2024年06月11日 16:20  女子SPA!

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画像:石橋静河 公式Instagramより
ドラマ10『燕は戻ってこない』(NHK総合)が話題です。原作は「命は誰のものか」をテーマに第57回吉川英治文学賞と第64回毎日芸術賞をダブル受賞した桐野夏生氏の同名小説(集英社)。日本では認められていない、代理母出産という鮮烈な題材はもちろん。作中では、女たちの“欲望”がありありと描かれており目が離せません。

※以下、6月4日放送の第6話までのネタバレを含みます。

◆“代理母”になるはずが、お腹の子の父親が分からない

本作は、主人公のリキ(石橋静河)が元バレエダンサーの草桶基(稲垣吾郎)と、その妻・悠子(内田有紀)のために“代理母”になろうとする話です。フルタイムで必死に働いても手取り14万円のリキは、不安定な生活から抜け出すため1000万円の報酬で基との子どもを出産する契約をします。

金銭的な余裕ができ貧困から脱したものの、人工授精の苦痛や命がけで出産するプレッシャーから、不安定な状態に陥るリキ。6月4日放送の第6話で、リキは3回目の人工授精を受けて双子を妊娠します。しかし、父親が誰か定かではありません。人工授精の前、リキは帰省した北海道で昔の不倫相手・日高(戸次重幸)と、東京に戻って友人・ダイキ(森崎ウィン)の両方とセックスをしたから。そして、彼女は中絶することを考えはじめます。

◆とにかく金と安心を。貧困女性の満たされない“欲望”

「一度でいい。腹の底から金と安心が欲しい」。これは第一話のリキの台詞。彼女にはやりたい仕事も、夢もありません。とにかく、現状から抜け出したい。その一心で前に進みます。前段のエピソードだけを読むと、リキは行き当たりばったりで流されているように見えるかもしれません。しかしそれは違います。

当初、友人のテル(伊藤万理華)から“卵子提供”のアルバイトを持ち掛けられた際は、「自分の卵子に、知らない男の精子を入れられて知らない女のお腹で育つんでしょ。それ私の子どもじゃない」と。立ち止まり考える聡明さを感じさせる場面は、ところどころで見受けられます。しかし、彼女が置かれている状況がそれを許さない。食べたくてもサラダのひとつも買えず、安価な炭水化物を買う“貧困”がリキの現実です。

“代理母”になることを決めて、お金を手にしても、不安からは逃れられない。満たされない。“産む機械”のように扱われる憤りも、命がけで“産む”ことへの不安も、それらをセックスで紛らわせる衝動も、決して否定できないリアルさがあります。彼女の“欲望”は、「自分がどう生きたいか」を自由に選択できる人生を手に入れることなのかもしれません。リキにとって理不尽に満たされない“欲望”は、彼女の “叫び”となって私たちの心を抉(えぐ)ってくるのです。

◆裕福でも満たされない女の“欲望”も恐ろしい

一方、リキを“代理母”として受け入れる悠子(内田)は、イラストレーターになる夢を叶え、既婚者だった基(稲垣)を愛し、略奪結婚。すべてを手に入れた女のように見えます。ただひとつ手にできなかったのは、愛する人との子どもでした。

不妊治療を続けて妊娠するも、三度の流産を経験。結果的には妊娠することも、卵子凍結すらも望めなくなります。基と同様に有名なバレエダンサーだった母・千味子(黒木瞳)は、それでも基の子どもを求めるのです。そして、基は“代理母”という選択を強行します。

基は“代理母出産”を「悠子とずっと一緒にいるためのプロジェクト」といいますが、実際は千味子同様に自らの有能な遺伝子、血筋を残していくことを強く望んでいるのです。第2話で、悠子は“代理母出産”に抵抗がありながらも、基への愛を貫く覚悟を涙ながらに語ります。基を愛すること、基に愛されることが悠子にとって最大の“欲望”なのだと感じました。

◆温和な妻の中に狂気を滲ませる内田有紀の怪演

契約が成立すると、自分自身が不妊治療を経験しているからこそ、治療を受けるリキの心と体に寄り添おうとする悠子。そんな優等生のような悠子に大きな変化が訪れたのは第6話。前述の通り、父親が誰か分からない双子を妊娠し、中絶を検討していると相談してきたリキに、悠子は産むことを強く望みます。なぜだろう。自分が愛する基の子どもではないかもしれないのに。

リキの妊娠を純粋に喜び、バレエの素質の話ばかりする基に、苛立ちを隠せない悠子。そんな妻の様子を見た基は「産めなかったからって劣るわけじゃない」という無神経な言葉をかけます。そして悠子の感情は爆発。「産めることなら産みたかった。でも基は子どもを諦めてくれなかった」と。愛する人の子を自分で産みたい“欲望”が満たされなかった悠子は、その“欲望”を歪ませていくのです。

産めなかった悠子に中絶の話をするリキへの苛立ち。悠子よりも自分の遺伝子を諦めなかった基、そして千味子への憤り。もしかしたら悠子は、基の子ではないかもしれない子どもを欺きながら育てることで、基や千味子、リキにも一矢報いたいのかも。そんな狂気じみた“欲望”を宿した悠子を、もう誰も止められないのかもしれません。上品で温和なセレブ妻の影にそんな感情を滲ませる、内田有紀の怪演の凄まじさに毎週驚かされます。

夫・基もまた稲垣吾郎にとってのハマり役です。世界的バレエダンサーとしての絶対的自信と優生思想。悠子を追い詰める自分の欲望をさらっと口にする基を、どうにも憎めないキャラクターにしているのは、稲垣の功績といえるでしょう。

◆欲望を貫く女には“地獄”しか待っていない?

本作は、今を生きる女性が貧困であろうが裕福であろうが満たされることの困難さを物語っているように感じます。リキの生き方も、悠子の生き方も、望めば望むほど“地獄”のような展開が待ち受けているのだから。

現状、一番幸せそうに見えるのは、リキの友人・テルではないでしょうか。奨学金による400万円以上の借金を抱えながら派遣社員の仕事と風俗を掛け持ち。定職に就かない遠距離の彼氏・ソムタを愛しています。やがてテルは自己破産してソムタと結婚し、彼の実家で共に生きていくことを決断。第6話ではソムタの子を妊娠したと報告します。相変わらずお金もなく不安ではあるが、生まれたら国に支援してもらえるし、ソムタと幸せに過ごしていると。彼女は自分の現状を、そのまま受け入れているのでしょう。

もちろん彼女が幸せになる保証はどこにもありません。でも彼女は満たされています。テルの描かれ方を見ていると、現状を受け入れ、そのなかで生きることが最善のように見えてしまいます。リキと悠子は、そんな社会に押し付けられた最善ではなく、自分の“欲望”を貫くため、たとえ“地獄”だとしても戦い抜いてほしい。そう思うのは、同じように“欲望”を抱えている女のエゴなのかもしれません。

◆代理母出産が日本で承認される日はくるのか

この物語を観ていると“代理母出産”という制度をもって、幸せになる人がどのくらいいるのか疑問に感じる視聴者は多いはず。一方で、第3話で悠子が語った台詞「人間の数だけ性も欲望も、色んな形があるのよね。だったら生殖だってそうでしょ。正解なんてない」にも納得感があります。しかし、それは絶対に誰かを傷つけたり、搾取したりして求めるものではない。リキと悠子の“欲望”の物語が、どんな風に着地するのか、この問題を考えながら見守りたいと思います。

<文/鈴木まこと(tricle.ltd)>

【鈴木まこと】
tricle.ltd所属。雑誌編集プロダクション、広告制作会社勤務を経て、編集者/ライター/広告ディレクターとして活動。日本のドラマ・映画をこよなく愛し、年間ドラマ50本、映画30本以上を鑑賞。Twitter:@makoto12130201
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