新卒の早期退職、背景に「10年で180度変わった価値観」 辞めないOJTを探る

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2024年06月13日 06:30  ITmedia ビジネスオンライン

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新人が配属され、OJTが始まっている

 新入社員が入社して1カ月以上が経過した。今は配属先で上司や指導役の先輩からOJT(職場内教育)を受けている時期だ。


【調査結果を画像で見る】働きたい職場の特徴、上司に期待すること、管理職としての悩みなど(計4枚)


 新人にとっては会社の状況が大体分かり、このまま今の会社で働き続けるのか、あるいは時期を見ていずれ転職しようかと、考え始める頃でもある。


 新人の早期離職が話題になっているが、よほどの事情がない限り、入社数カ月で辞めるのは転職するにもリスクが高い。普通の新人は、たとえ職場とのミスマッチを感じても退職を匂わせる雰囲気はおくびにも出さず、隠れて転職サイトに登録し、1年を過ぎたあたりで突然、退職届を出すのが一般的だろう。


 離職の引き金となりやすいのがOJTの対応だ。最近の新入社員が会社や上司に期待することは10年前と比べて大きく変化している。


 リクルートマネジメントソリューションズが「理想の職場・上司」の2013年の新入社員と2023年新入社員の比較を行っている。2013年の新入社員の理想と考える職場の上位は以下の3つだ。


・皆が1つの目標を共有している


・お互いに鍛え合う


・活気がある


 しかし、2023年は以下の項目が上位を占める。


・お互いに個性を尊重する


・お互いに助け合う


 また、2013年の理想の上司像は以下の3つだ。


・周囲を引っ張るリーダーシップ


・仕事に情熱を持って取り組む


・言うべきことは言い、厳しく指導する


 2023年はかなり異なる。


・一人一人に対して丁寧に指導する


・よいこと・よい仕事をほめる


 特に、厳しく指導する上司は2013年に比べて20.6ポイントも下がっている。


 同社のトレーニングプログラム開発グループの桑原正義主任研究員は「10年前は組織に適応し、一致団結して目標を達成し、成果を上げることと同時に社員同士が切磋琢磨し、競争し合う職場が自分も成長していくことにつながると考えていた。しかし今は我慢して組織に合わせるのではなく、個性を尊重し合い、それぞれの強みを生かして助け合う組織を好む傾向になっている」という。


 上司についても「情熱的で厳しい上司ではなく、一人一人の個を尊重し、丁寧に指導し、ほめてあげる上司を望むようになっている」と語る。まさに10年前とは真逆の組織・上司を求めている。


●一筋縄ではいかない、2024年の新卒社員


 加えて、今年の新入社員も一筋縄でいかない特徴を持っている。産労総合研究所が発表した2024年度の新入社員は「セレクト上手な新NISAタイプ」と命名(参考:PDF)。


 その特徴として「デジタルに慣れ親しんでいる一方で、対面コミュニケーションの経験に乏しく、『仲間』以外の世代との距離感に戸惑う面もある。また、タイパを重視し、唯一の正解を求める傾向が年々増している」と分析している。


 タイムパフォーマンス(時間対効果)に敏感な一方で、正解探しの傾向が強いというのは、正解のないビジネスの世界で奮闘している経営者にとっては、ちょっと引いてしまいそうだ。


 2024年度入社の新入社員の特徴について大学でキャリア教育の講師も務める文化放送キャリアパートナーズ就職情報研究所の平野恵子所長は「人の言うことはよく聞く謙虚さや素直さを持ち、指示されることに慣れている世代」と分析する。


 その背景として大学入学当初に新型コロナウイルスが蔓延し、キャンパスに入れず、講義もオンライン。サークル活動やアルバイト経験も少なく、講義に出席しても席を空けて座るなど大学の厳しい管理下で過ごすなど自由な大学生活を謳歌(おうか)できなかったことを挙げる。


 「高校でも管理され、大学入学2年目までの講義は申告した上で席に座り、感染者が発生したら周りの学生も休ませられるといった管理をされて育った。指示されるのは当然と考えており、逆に指示してくれないと困るし、動けないのは当然という感覚を持っている」(平野氏)


 OJTもよほど注意しないと離職の引き金になる可能性もある。しかも指導する上司や先輩は前述の10年前の価値観と教育で育った世代だ。前出の桑原主任研究員はOJTのポイントについてこう指摘する。


 「なぜこの仕事をやることが大事なのかという意味を伝え、納得感をしっかりと本人に持たせること。OJT担当にぜひやっていただきたいのは目的を共有すること、もう一つは本人の個性を知ることだ。本人の持ち味を知らずして成長にはつなげられない。本人が大事にしていることと、今の仕事をリンクさせて語る。『あなたはこういうことを大事にしているよね、将来はこうありたいと言っているよね、今の仕事は大変だけど、この仕事を通じてスキルアップにつながるかもしれないよ』と、本人にとってなるほどと思えるようなつなぎ方をすれば、決してやりたいことだけをやるのではなく、組織としてやってほしいこともやってもらえるようになると思う」


 丁寧な対応に加えて、仕事の与え方も細かく指示することが大事だ。新入社員研修をはじめ企業研修を手掛けるALL DIFFERENTの組織開発コンサルティング本部シニアマネジャー・開発室室長の根本博之CLO(最高育成責任者)は以下のように話す。


 「箸の上げ下げのレベルからしっかりと指導してあげるマイクロOJTが必要になる。例えば議事録の書き方であれば、この項目はこの順番で書きなさいと細かく教えてあげる。管理職の研修では、自分たちはそういう風に教わっていなかったので、どうしてそこまでやらないといけないのかという声が必ず出てくる。しかし、そうしなければ今の新人は何が分かっていて、何が分からないのかが分からず、育つ人は育ち、育たない人は育たないという状況になってしまう」


 ここで問われるのは、新人の思いを引き出す対話力だ。コツはあるのか。根本氏は「リーダーに求められるのは対話力と言語化力の2つであるが、管理職の言語化力、言葉にする力を高めていく必要がある。新入社員は何が不安なのか分からない漠然とした不安を抱えている。例えば何が不安なのかを管理職自身が考え、言葉にしてあげることだ」と話す。


 対話力、言語化力はフィードバックの胆ともいえるが、実際に完璧にこなせる管理職は2割程度だと根本氏は言う。つまり8割の管理職は学び直しが必要ということだ。対話力が苦手な管理職だと、つい感情を表出しがちだが、最近はパワハラと言われるのを恐れて、新人の失敗を注意するのもつい遠慮がちになる。


 ラーニングイノベーション総合研究所の「管理職意識調査(部下へのフィードバック実態編)」によると、部下の育成に悩んでいる管理職が54.3%と半数以上に達している。


 また、フィードバックすることに躊躇(ちゅうちょ)したことがあると答えた管理職は57.0%も存在した。その理由で多かったのは「部下の反応に対して不安があるから」(39.9%)、「適切な伝え方が分からなかったから」(37.0%)、「自分が本当に正しいかに自信がなかったから」(29.0%)の3つである。


 しかし、注意するのを躊躇していては新人は育たない。根本氏は新人がミスしたら、先送りにしないでその場で指摘することだと語る。


 「ミスした時点での“現行犯逮捕”が鉄則。何ができていなかったかを即フィードバックする。ちょっとでも期間を空けると『そうでしたっけ』となってしまう。とくに仕事を過信している新入社員ほど、何か言い返してくるのではないかと注意するのを避けがちになるが、『こうなってほしいから変えてほしい』と、期待をかけながらも、ときには本人の鼻を折ることも必要だ」


 10年前とは仕事に対する考え方や価値観が異なる20代が企業内で増えつつある。対応していくには上司の対話力、言語化力の強化も含めたリーダーの再教育も求められている。


●著者プロフィール


溝上憲文(みぞうえ のりふみ)


ジャーナリスト。1958年生まれ。明治大学政治経済学部卒業。月刊誌、週刊誌記者などを経て独立。新聞、雑誌などで経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。『非情の常時リストラ』で日本労働ペンクラブ賞受賞。


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