PBRをいかに高めるか レゾナック、NECの好例から探る

0

2024年06月14日 07:40  ITmedia ビジネスオンライン

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

ITmedia ビジネスオンライン

高PBR実現に向けた実務上の課題と処方箋とは。写真はイメージ(ゲッティイメージズ)

 企業の資金調達に要するコストなどを指す「資本コスト」。近年、東証による「資本コストや株価を意識した経営」などの要請を受け、企業はPBR(株価純資産倍率)やROIC(投下資本利益率)を意識した資本コスト経営が求められている。


【画像】KPI達成の再現性を高めるDX(アビームコンサルティング提供)


 これまでの2回にわたる連載では、ROIC経営をうまく活用してPBRを高めている企業の傾向として、(1)事業ポートフォリオの組み替え、(2)現場KPIの厳選と徹底、(3)知的資本の投資効果追求、(4)連結経営管理のデータインフラ整備が行き届いていること――を紹介した。


 とはいえ、これらは結果論であり、現状できていない企業がそのレベルにたどり着くことは容易ではなく、企業実務上は理屈通りには進まないこともまた事実である。


 最後となる第3回は、アビームコンサルティング執行役員 プリンシパル 製造ビジネスユニットの藤田欣哉氏が解説。高PBR実現に向けた実務上の課題と処方箋をもう少し掘り下げていきたい。


●高PBR実現に向けた企業努力の現状


 昨今の東証や投資家などによる「外圧」を受けて、PBR=ROE×PERの両者を引き上げる努力は各社とも相応に重ねている。


 ROEについては、小手先と見られがちな財務レバレッジの引き上げや非事業資産の収益貢献を除いては、持てる事業群の純粋な「稼ぐ力」としてのROICを高めるしかないが、オムロンや日立製作所のような先進企業に倣い、多くの企業が美しいROICツリーを描き、ROIC向上に向けたアクションアイテム(戦略施策)とKPIを設定し、着々と実行しているように見える。


 しかし実態は、方程式通りにROICが上がらない、個別KPIの達成も追っているが、こちらを立てればあちらが立たず、というケースも多い。


 PERについては、ROIC以上に悩みを抱えるCFOが多い。典型的なのは、自社では真っ当な経営をしているつもりなのに、「見えない資産」について投資家に理解してもらえないという悩みである。具体的には、次のような声が挙がっている。


・蓄積された知的資本の価値を分かってもらえない(バランスシートに載らない部分はなおさら)


・コングロマリットによるシナジー(プレミアム)が確かにあるのに、理解してもらえない


・個々の事業の秘めた成長性を説明するのに重要情報に触れる必要があるため開示が難しく、結果、株主が理解できる範囲での説明ができない


●ROIC(稼ぐ力)を高めるには


 ROICを高めようとしたとき、日本企業が直面しがちな壁は大きく2つある。


 1つは、組織のサイロ化が招く部分最適化と行動品質のバラツキである。いかに美しいROICツリーで個別組織・機能のKPIに分解したとしても、各KPIを個別に高めることが、必ずしも全社のROICを高めるわけではない。一時高められたとしても、リバウンドしてしまう場合も多く、個人による行動品質のバラツキも無視できない。


 これを突破し全体最適に至るには、全体のボトルネックを優先的に改善するのはもちろんのこと、いかにKPI達成のアクションアイテムの再現性を高めるかが鍵である。これはまさに、個人のバラツキを是正し、テクノロジーを梃子(てこ)に企業オペレーションを抜本的に変革するDXを成果志向で進めることに他ならない(図1)。


 もう1つの壁は、日本企業で強かったミドル層の不活性化が叫ばれて久しいが、これが招く戦略実行不全とリスク回避病である。いかにオペレーション業務のテクノロジー代替を進めても、残る戦略・企画業務を進めるのはヒトである。「DXと人的資本経営は表裏一体」と言われる所以であるが、戦略実行の要となるミドル層の腰が引けていては、大きな果実は得られない(ローリスクにはローリターンしかついてこない)。


 これを突破するには、戦略実行を企業文化に埋め込むための「自信」の醸成が鍵である。もちろん、不活性化したミドル層がトップから「リスクを取れ」と号令を掛けられただけでそう動けるわけでもないので、DXやM&Aの投資枠確保や海外市場での拠点づくりなど、リスクテイクできるよう御膳立てをするのは経営トップの仕事である。


化学メーカー、レゾナックの好例


 化学メーカーのレゾナックが先端半導体の技術開発を目指し、米シリコンバレーにR&D拠点(2025年度運用開始予定)を新たに設置することを決断したのはその好例だ。


 つまり、ミドル層に「自信を作る場」を設けるのだ。イノベーションと言えばシリコンバレーであるが、その懐に入り、いざ知ってみれば恐れるに足らず、自分たちがこれまでに築いた強みを正しく生かせば十分に戦える、事業構造転換は果たせる、という手触り感を得られる場合も少なくない。


 ミドル層覚醒のために、先鋭的な企業に資本参加するなどしてオペレーティングモデルに「見て触れて学ばせ」、思考を進化させることも有効だ。例えば、とある電機メーカーでは、停滞していた新規事業をテコ入れするため、エクスペリエンスデザイナーを起用して世界中のエクストリームユーザーに徹底的にインタビューさせ、それを基に将来的な顧客体験の世界観を構築した。これにより、事業推進メンバーに手触り感のある目標と、「われわれにもできるのだ」という自信を与えたことをきっかけに、事業が上向き出したのだ。


 これら2つのROICを高めるアプローチは、いわば「再現性の高い型を作り、命を吹き込む」ものである。


●PER(成長期待)を高めるには


 PERを高めようとしたときの壁も大きく2つある。


 1つは、内向き化が招く新規事業を「育てる」経路の先細りと既存事業の置いてきぼり感である。今や事業ポートフォリオマネジメントの手法は普及してきており、事業をやめるのはうまくなっているが、それでもなお「育てる」のは苦手としている企業が多い。当然ながら、いかに評価軸を工夫し、管理する組織・プロセスを整えても、それだけで新規事業のシーズを生み・育てられるわけではない。


 よって、どの企業も目指すべき青写真として成長ビジョンや事業構造転換シナリオを示すが、それらの解像度は決して高くない。もちろん、例えば、B2Bビジネスで半導体や医療のような、分かりやすい用途向けであればまだ問題ないのだが、そうでないデジタル関連の新たな事業コンセプトになってくると漠然としてくる。


 しかも、「R&DやM&Aに●億円投資」と投資枠だけ設定しても、それだけで新規事業創出が保証されるわけではない。いわば「出口も入口も見えない状況」になり、自社内でさえ迷子になってしまう。ましてや投資家に成長期待が伝わるはずもない。また、現在のコア事業が逆風の最中にある企業の場合、新規事業にばかり焦点を当ててしまうことも多い。こうなると、既存事業も当面の収益基盤であるわけなので、全体としては「底割れ」して見えてしまう。


 これを突破するには、顧客価値起点の明確なビジョンとエコシステムを構築することが鍵である。どの企業も成長ビジョンは作っているが、例えば「対応できるバリューチェーンを拡げて新たなリカーリングビジネスを創出する」といった、供給者の論理となっている場合が案外多い。そもそも顧客目線では、現状何に困っているのか、相応の対価を支払ってくれるほどなのかが見えないのだ。供給側の視点ではなく、需要側(ユーザー)の視点でいかに新たな価値を創出するのか、ビジョンの解像度を上げる必要がある。


 そして、ビジョンには新規事業と既存事業のバランスが重要だ。既存事業についても、不都合な事実に光を当て、いかに収益性を改善していくかを明確にする必要がある。もし事業構造を転換していくならば、既存事業の梃入れも含め、その絵姿を丁寧に描くのである。


 このようなビジョンを事業構造転換の「出口」とすると、新規事業のシーズを仕込み、育てていくためのイノベーション・エコシステムは「入口」と言える。今どきはどの大企業もCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)を設けるなど外部協業の仕組みを有しているが、自社のミッシングピースを補うものとして、必ずしもフィットしているわけではない。大企業同士のアライアンスにおいて、過去の延長のまま、新規事業でも既存事業と変わらぬ接点で連携していたり、ベンチャーとの付き合いも国内に偏っていたりする。ビジョンに合わせて広く網を張り、機動的にピボット(方向転換)できる体制を整えることが重要だ。


 なお、顧客価値起点でビジョンとエコシステムに織り込むべき要素を抽出するには、「4つのK」に着目することが有効である(図2、3)。


PBR1倍割れから脱したNECの「3つの打ち手」


 このようなビジョンとエコシステムを生かした好例が、PBR1倍割れから脱し、直近では1.5倍台にまで改善したNECである。大きく3つの打ち手が象徴的だ。


 第1に、成長ビジョンを再定義している。2023年第1四半期からこれまで顧客別に6つに分かれていた業績開示セグメントを見直し、ITサービス、社会インフラ、その他の3つに集約した。これにより、ITサービスと社会インフラを両輪とするビジネスモデルはあくまで維持する考えを示したうえで、今後は生体認証やセキュリティ、AIなどの技術を強みにITサービスの付加価値を向上させ、ITサービス専業の企業に逆転できる可能性も示唆している。


 第2に、ビジョンの解像度も上げている。自社をゼロ番目のクライアントとして最先端のテクノロジーを実践する「クライアントゼロ」の考え方のもと、自社の課題解決に資する、顧客目線でも価値のあるサービスを磨き上げている。


 第3に、新事業創出のためのエコシステムとして、「6つのイノベーションモデル」を構築している。これをリードした事業開発担当役員がその後CFOを担っている(前CFOであり現社長の森田隆之氏も現CFOの藤川修氏も、経理・財務部門出身ではなく、自らPLとBSに責任を持ち、M&Aなどでリスクテイクしてきた実業経験のある人物である)のは、当社が財務・IRと事業開発の強い連関を重視している表れだ。


 PERを高めようとした際のもう1つの壁は、非財務だけでなく、財務でさえも曖昧(あいまい)な成長投資効果しか示せていないことである。ESGや知的資本のような非財務価値の見える化では、元エーザイCFOの柳良平氏が考案した「柳モデル」が有名であり、近年はKDDIや日清食品など、それを採用してIRに生かす企業も増えてきた。


 しかしそもそも、財務面でも成長投資の事業貢献については解像度が低い。R&DやDX、M&A投資でどれだけの事業貢献を狙っているのかが外目からは見えにくいのだ。これが難しい一番の理由は、当然ながら、投資してからその効果が発現するまでには「時差」があるからである。加えて、「数字にコミットしたように見えて、実績が計画から逸れたときに説明しきれないから、投資効果の見通し、施策と成果目標のひも付けは対外的には見せたくない」という経営者の声はよく聞く。統合報告書でも、「財務情報」と「非財務情報」が両者の関連性なく並列で羅列されているだけ(「統合」されていない)、というケースも多い。


 これを突破するには、財務・非財務を「統合」した成長投資効果の見える化を早期に始めることが鍵である。過年度の相関を見るだけで「投資効果は証明できそうにない」「投資効果の見通しは出したくない」と諦める会社は多いが、投資効果の見える化はデータと分析の積み重ねが命なので、今すぐ始めねば、いつまでたってもできないことになる。試行錯誤を繰り返して投資効果の精度を高めていく努力は見せていくべきだ。仮に投資効果の見通しが外れたとしても、高リターンの投資には高リスクが付きものなのだから、それはそれで組織としての学習フィードバックに取り入れていけばよいのである。


 例えば、ソフトウェア品質保証のリーディングカンパニーであるSHIFTのIR資料は圧倒的な「解像度の高さ」で有名である。どのような施策を行った結果、どの指標がどう変わったのか(過去の説明)、今後、どの指標を伸ばすために、どのような施策を行っていくのか(未来の説明)、が詳らかになっており、「解像度の高い施策」と「定量的な成果」がセットで開示されている。見せ方を工夫するだけでなく、実態として日頃からかなり解像度の高い施策・KPI管理を行っていないとできない業である。


●PBR向上プロジェクトに命を吹き込む経営者の覚悟


 以上のように、高PBR実現に向けたアプローチは大きく4つでまとめられる(図4)。ただし、それらの実効性を上げるためには、大前提として、CEOを要とし、CFOやCDO、CHRO、CTOなどのCxOが一枚岩で動かねばならない。


 事業の垣根を越えてリーダーシップを発揮し、どこにどれだけ投資するのかの議論を活性化し、各部署の活動がバラバラで独立したものでなく、目標の達成に向けて足並みをそろえた相互に補完し合う関係を開発するスタンスを貫く――。これを経営者は肝に銘じておくべきである。


 以上、これまで3回にわたって、なぜROIC経営が今まさに求められているのか、PBRが高いとはどういうことか、いかにPBRを高められるのかを説明してきたが、いずれも「言われてみれば当たり前」のことかもしれない。


 しかし、これらを実際にやり切れている企業は少ない。とかく「PBR向上に向けた課題はすでに認識しているのであとは粛々とやるだけ」という企業は多いが、ROICツリー上に論理的に整理されたアクションを粛々と潰し込むだけでROICが向上するなら苦労はない。期限を決めて、経営者の強い覚悟のもと、各社の重点課題に対して処方箋を集中的かつ抜本的に施さなければ、安々とPBRは向上するものではなく(投資家は見透かす)、今回の連載の内容が、皆さまに何らかの気付きを与え、日本企業のPBR向上に少しでも貢献できれば幸いである。


    ニュース設定