流浪のクルーズトレイン「THE ROYAL EXPRESS」が静岡、浜松へ JR東海に観光列車の幕が上がる

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2024年06月15日 07:51  ITmedia ビジネスオンライン

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JR東海が観光列車を運行

 東急の観光列車「THE ROYAL EXPRESS」がJR東海の線路に乗り入れる。ツアー名は「THE ROYAL EXPRESS 〜SHIZUOKA・FUJI CRUISE TRAIN〜」(以下、SHIZUOKA・FUJI CRUISE TRAIN)だ。


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 2024年5月30日に静岡駅前のホテルで記者発表会が開催され、JR東海の丹羽俊介社長と東急の堀江正博社長が登壇した。JR東海にとって観光列車ビジネスの始まり。東急にとっては新たな走路の獲得だ。特に東急には「熱海から西へ走らせたい」という強い希望があったという。


 2024年11月から12月にかけて、毎週金曜日に横浜駅を出発し、三島、沼津、浜名湖、静岡、日本平を巡って横浜駅に戻る。東海道本線を行ったり来たりしながら、富士山の景色を楽しみ、東海道の歴史と景勝地を訪ねる。東急にとって、伊豆、北海道、四国に続く4番目のクルーズ。JR東海にとって初のクルーズトレイン運行となる。


 旅行代金は、宿泊施設を2名1室で利用する場合で75万円から。1名1室で利用する場合は105万円から。使い古された言葉だけど「豪華列車の旅」である。申し込み受付が始まっており、希望者多数の場合は抽選となっている。


 これで、JR旅客会社の6社すべてがクルーズトレインを経験することになった。いままでクルーズトレインを運行しなかったJR東海にとって大きな経験になる。また東急は、クルーズトレイン運行会社として新たなルートを開拓した。乗客は、日本の観光の大きなコンテンツ「富士山」の眺望を列車や宿で楽しめる。三方良しである。いや、運行ルートの静岡県も観光の魅力を発信できる。四方良しだ。


●「THE ROYAL EXPRESS」誕生の背景


 「THE ROYAL EXPRESS」は、東急が2017年から横浜発、伊豆下田行きとして運行しているクルーズトレインだ。ここでいう東急は東急電鉄の親会社で、東急グループをとりまとめる会社だ。


 「THE ROYAL EXPRESS」は東急グループの伊豆急行が製造した2100系電車「リゾート21」を改造して作られた。改造も東急グループの東急テクノシステム長津田工場で行われた。ツアーの企画、催行は東急が実施する。申し込みは公式サイトで受け付けており、東急と伊豆急行が共同で運営している。東急グループの総合力を結集したクルーズトレインだ。


 東急グループは鉄道、不動産、生活流通のほか、旅行業、リゾート開発も手がけてきた。特に伊豆は伊豆急行という鉄道会社も設立して、リゾート開発を進めてきた。しかし東急電鉄の路線とはつながっていない。ならば列車で結んでしまおう。それが横浜発伊豆急下田行きの「THE ROYAL EXPRESS」である。


 東京と横浜と伊豆を結ぶ列車は、JR東日本が特急「踊り子」をたくさん走らせている。「スーパービュー踊り子」(2020年廃止)というハイグレード列車もある。しかし、東急電鉄(当時)自身が運行することに意義がある。


 「踊り子」と差別化するためにも、東急のシンボルとなるハイグレード列車が必要だ。座席の販売だけではなく、食事やリゾートと組み合わせたクルーズトレイン方式としたい。しかし、横浜〜伊豆急下田間は距離が短く車内宿泊はふさわしくない。そこで車内はテーブル付き座席が主体となった。


 車両のデザインは、JR九州で「ななつ星in九州」「或る列車」などを手がけた水戸岡鋭治氏が担当した。木材などの天然素材を難燃(なんねん)処理(燃えにくい材料へと加工処理を行うこと)してふんだんに使い、リゾートホテルのロビーやラウンジを想起させる。いわゆる「水戸岡デザイン」の発展型ともいえる。


 8両編成のうち座席車は4両のみ。1両はマルチカーと呼ばれるイベントスペース、1両は加熱調理可能なキッチンカー、残り2両はダイニングカーとなっている。合計定員100名という贅沢(ぜいたく)な仕様だ。


 ツアーは伊豆の高級旅館、リゾートホテルを組み合わせた1泊2日の「クルーズプラン」と宿泊なしの「食事付き乗車プラン」があり、クルーズプランは2名1室で1名当たり13万5000円から。食事付き乗車プランは2万5000円から(2017年の料金)。


 かくして、東急によるクルーズトレインは走り出した。


●出張の始まりはJR北海道


 伊豆のクルーズトレインとして定着した「THE ROYAL EXPRESS」だけど、2019年に「THE ROYAL EXPRESS」の北海道クルーズが発表され、2020年に運行開始となった。「北海道胆振東部地震の影響を受けた北海道を応援するため、観光振興と地域活性化を目的とした、観光列車の走行プロジェクト」と紹介された。これは鉄道ファン、旅行ファンなど多くの人々を驚かせ、関心を集めた。


 北海道庁には、JR北海道が単独では維持困難としている黄色線区(輸送密度200人以上2000人未満の線区)の活用法を探る意味もあった。経営環境が厳しいJR北海道をテコ入れしたい。そこで北海道庁は2016年に道内の経済・観光関係者を招き「観光列車運行可能性検討会議」を開いた。この会議には伊豆急行の担当者が招かれている。2018年には北海道庁、北海道大学、観光事業者が出席して「観光列車旅行商品造成検討事業推進会議」を開催した。この延長線上に「THE ROYAL EXPRESS」の「HOKKAIDO CRUISE TRAIN」がある。


 「THE ROYAL EXPRESS」は直流区間用の電車だ。JR北海道は交流電化区間と非電化区間しかないから自走できない。そこで「THE ROYAL EXPRESS」を客車として扱い、JR北海道のディーゼル機関車が引っ張る形とした。屋根上にあるパンタグラフを撤去し、交流区間でうっかり通電させないよう対策した。


 車内で使う電力のために、東急はJR東日本から電源車を購入して連結した。電源容量の都合で「THE ROYAL EXPRESS」は8両編成ではなく、3両を間引いた5両編成になった。募集定員は15組30名に限定され、3泊4日が1人当たり85万円からのツアーとなった。8月から約1カ月に5回のツアーを予定していたけれども、コロナ禍の影響で3回にとどまり、2回は翌年に繰り越して、2021年は7回運行した。


 伊豆急行の車両を東急が借り上げ、北海道までJR貨物の機関車が引っ張って運んでいく。鉄道会社を総動員したプロジェクトだ。乗客の方も、抽選倍率が平均8.2倍になるほど大人気だった。以来、毎年開催されて、2024年も8月に運行予定だ。


 北海道におけるクルーズトレインの需要に自信を付けて、JR北海道は2026年から自前のクルーズトレイン「赤い星」「青い星」を運行すると発表した。キハ143形ディーゼルカーを改造し、デザインは水戸岡鋭治氏が担当する。


●2024年に四国で運行、四国一周クルーズの可能性を探る


 もともとはJR北海道を応援する企画だったはずが、毎年続く。もはや応援企画というよりビジネスとして成立しているといっていい。どうも東急は上下分離型の観光列車ビジネスをやりたいようだ。そして東急の次の出張は四国だった。2024年1月から3月まで、四国で「THE ROYAL EXPRESS」が運行された。四国・瀬戸内エリアの観光振興・地域活性化を目的としたプロジェクトで、JR北海道と同様の3泊4日のコースで6回行った。


 JR西日本とJR四国の電気機関車を交代で使い、「THE ROYAL EXPRESS」の輸送はJR貨物が行う。こちらもJR各社と東急グループの共同プロジェクトだ。現地のバスとフェリーは両備グループが提供した。


 ツアーは岡山から始まり、琴平、松山、今治、バスでしまなみ海道を渡り、瀬戸内はフェリーの貸し切り運行で締めくくる。「THE ROYAL EXPRESS」の走行区間はすべて直流電化区間で、自走も可能に思える。しかし実は、JR四国の電化区間はトンネルが小さく、「THE ROYAL EXPRESS」の車高が限界だった。ここでもパンタグラフを撤去する必要があった。そこでJR北海道と同様に電気機関車が牽引し、電源車を連結した。「THE ROYAL EXPRESS」も5両編成だ。定員も減り、なにかと手間のかかる列車である。


 JR四国も経営状況は厳しい。しかしJR四国は観光列車のノウハウがある。「伊予灘ものがたり」「四国まんなか千年ものがたり」などの「ものがたりシリーズ」だ。ただし、これらの列車は日帰りツアーが主体で、宿泊を伴うクルーズトレインではない。むしろ旅行会社の宿泊付きツアーに組み込まれる事例が多い。


 そんなJR四国にとって、「THE ROYAL EXPRESS」のクルーズツアーから得られる経験は多いだろう。なにしろJR四国は、四国を一周できる路線網を持っている。土佐くろしお鉄道を組み込み、バスで足摺岬や室戸岬を巡れば、さらに大きく四国全体をクルーズできる。クルーズトレインのツアーのように、沿線の宿泊施設や観光施設を取り込んだビジネスを学ぶチャンスだ。


 東急にとっては、JR北海道が自前のクルーズトレインを発表したため、次の出張先を確保したいという意図があったと思う。ただし、5月30日の記者発表会で東急の松田高広担当部長に聞くと、「今後も北海道クルーズを継続したい」と語った。JR北海道にしても、複数のクルーズトレインが走ることに異論はないだろう。ビジネスの種は多いほうがいい。


●2024年に伊豆急行を営業する予定はない


 北海道あり、四国ありと、「THE ROYAL EXPRESS」はもはや伊豆の列車ではなく、東急が各地で展開する「クルーズトレイン・ビジネス」になっている。JR東海が観光列車を走らせると聞いたときは意外だったけれど、「東急と共同で」となれば納得だ。


 時系列をさかのぼって、2024年2月10日に「THE ROYAL EXPRESS」の公式サイトで「2024年 THE ROYAL EXPRESSの旅」が発表された。その中で11〜12月の「THE ROYAL EXPRESS 伊豆・静岡の旅」が告知され、「詳細が決まり次第お知らせいたします」となっていた。


 1〜3月に「 四国・瀬戸内クルーズトレイン」、4〜6月は「THE ROYAL EXPRESS」が定期検査のため「日本の観光列車をつなぐ美しさ、煌めく 旅。」としてブランドだけ冠したコースがあり、8〜9月に「THE ROYAL EXPRESS 北海道クルーズトレイン」がある。


 筆者は、「THE ROYAL EXPRESS 伊豆・静岡の旅」が伊豆急行線を含んだコースだと思っていた。しかし実際はJR東海区間を走る旅だった。あらためて「静岡」という文字が入る意味が分かった。今年2月の段階で東急とJR東海の計画は進んでいたわけだ。


 そして2024年は、伊豆急行線を営業運行する「THE ROYAL EXPRESS」はない。伊豆急行は車両基地として「THE ROYAL EXPRESS」を送り出し、迎えるだけだ。


 伊豆急沿線の観光業界は、これを寂しいと思わないだろうか。そこがちょっと気になるけれど、東急によると、もともと伊豆急行沿線の観光シーズンは、JR東日本の特急「踊り子」が増発されるほか、関東各地からの臨時列車も入ってくるため、「THE ROYAL EXPRESS」を走らせる隙間がなかったという。まるで阪神甲子園球場のグラウンドを高校野球大会に譲る阪神タイガースのように、「THE ROYAL EXPRESS」は遠征するしかなかった。北海道クルーズの背景にはそんな事情もあった。そして東急にとっては、これが観光列車遠征ビジネスのヒントになった。


●観光列車を持たないJR東海


 JR旅客会社のなかでJR東海だけが、これまでクルーズトレインを経験していない。それは東海道新幹線という「国の背骨」を預かる責任ゆえのことかもしれない。在来線にも投資しているけれども、在来線は生活路線という位置付けだ。観光列車にまで手を出すゆとりがない。


 JR東海が内装まで専用で作った観光列車は過去にあった。国鉄から継承したお座敷客車、欧風客車ユーロライナー、JR東海が発足してからはキハ80系改造のハイデッカー車両「リゾートライナー」、165系電車改造の「ゆうゆう東海」、14系客車を改造した「ユーロピア」などだ。それらはすべて臨時列車や団体列車に使われたけれども、全て2000年までに引退している。


 過去に小田急ロマンスカーと共同運行し、2階建て車両を連結した371系「あさぎり」もあったけれども、2012年に運行を終了。2階建て車両は廃車となり、残った車両は富士急行に譲渡された。


 現在の「観光列車」といえば臨時急行「飯田線秘境駅号」が挙げられるけれども、車両は特急形373系を無改造で使ったから、臨時列車の域を出ていない。


 各地の観光列車がローカル線の活用策として作られた。その経緯を振り返れば、JR東海は観光列車に力を入れる理由がなかったともいえる。観光需要は新幹線と在来線特急が吸収していたからだ。観光要素としては、在来線特急に「ワイドビュー」車両を投入し車窓を楽しむ工夫をするなどにとどまった。


 そもそもJR東海はJR北海道やJR四国のような経営難ではない。それがなぜ、「THE ROYAL EXPRESS」の乗り入れにつながるのか。


●東急側からの打診とJR東海の目論見


 きっかけは、東急新横浜線の開業だ。東急新横浜線と相鉄新横浜線は、相模鉄道の都心直通と、東京近郊の住宅地域拡大に対応する目的があった。しかし、もうひとつの大きな意味がある。東急沿線と相鉄沿線が新横浜で東海道新幹線に連絡することだ。これは東急電鉄と相鉄にとって、沿線価値を高める手段だった。


 JR東海にとっては、両社の沿線から品川駅で乗り換えた人々が新横浜乗り換えになってしまうから、若干の減収になりかねない。しかし、東急や相鉄の沿線から航空機や高速バスで西に向かっていた人が、新幹線に乗ってくれることも期待できる。


 東急新横浜駅、相鉄新横浜駅の開業に併せて、両社にJR東海、JR西日本、阪急電鉄を加えたキャンペーンも行われた。この接点の中で、東急からJR東海に対して、「THE ROYAL EXPRESSを熱海から西へ走らせたい」という要望が伝えられた。これは東急にとって観光列車ビジネスの売り込みだった。営業範囲を広げたいわけだ。


 しかも東海道新幹線は直流電化されており、「THE ROYAL EXPRESS」が自走できる。機関車も電源車もいらない。ということは、「THE ROYAL EXPRESS」の運転直後の展望を塞がれずに楽しめる。減車する必要もなく、フル編成で運行できる。「THE ROYAL EXPRESS」の本来の姿で運行できる。


 では、JR東海が東急の提案を受諾した理由はなにか。邪推するならば、静岡県への忖度(そんたく)だろう。リニア中央新幹線静岡工区問題で、JR東海と静岡県の関係はギクシャクしている。静岡県を横断する鉄道会社は東海道本線しかないから、市民感情としては、鉄道に対する不満のほとんどがJR東海に向けられてしまう。


 それでもJR東海にとって静岡県は、ビジネス面で重要だ。リニア工事の件はさておき、観光業界とは良好な関係を保って絆を強めたい。いままでも東海地区以西では、伊豆の観光キャンペーンを実施している。「THE ROYAL EXPRESS」によって静岡県の魅力を上げることは、ほかの地域から観光客を集めるだけではなく、ビジネスのメリットになる。


●JR東海が観光列車に目覚める……かも


 もうひとつ、筆者が期待を込めて思うことは「実は、JR東海が観光列車そのものに関心を持っているのではないか」だ。クルーズトレインは観光ビジネスのシンボルとして、鉄道と地域の結びつきを強くする。すでに東海道新幹線では、オンライン予約の「EXサービス」において、「EX旅パック」「EX旅先予約」のメニューを作り、観光施設や宿泊施設との連携を進めている。さらに「推し旅アップデート」として、趣味に焦点を当てたイベントを提供している。


 JR東海はビジネス需要重視の東海道新幹線で「推し旅アップデート」を推進し、旅行需要を開拓した。アフターコロナの需要回復に貢献している。筆者は「推し旅アップデート」の在来線版として観光列車に期待する。なにしろ富士山は、誰もが推すであろう最大のコンテンツだ。


 しかしいままでJR東海には、観光列車の運行実績は少なく「飯田線秘境駅号」が挙げられる程度だった。食事込み、宿泊施設をセットしたクルーズトレインもない。せっかく景色のよい在来線を持っていても、宝の持ち腐れだった。


 いうまでもなくJR東海は、静岡県を東西に横断する東海道本線のほか、身延線や御殿場線、飯田線などの支線がある。さらに西へ向かえば、中央西線、高山本線、紀勢本線がある。車窓の景色も素晴らしく、なぜいままで観光列車がなかったのかと思う。


 「THE ROYAL EXPRESS」が四国へ向かうために、静岡県内を機関車にひかれて回送されていった。それをJR東海の関係者が見て、あるいは沿線の人々が見てどう思っただろう。「これ、ここで営業してくれないかな」と思ったかもしれない。


 その夢がかなうときが来た。そしてSHIZUOKA・FUJI CRUISE TRAINに刺激されて、JR東海が観光列車を企画するかもしれない。


 もうひとつ気になることは、東急の観光列車ビジネスの行方だ。「THE ROYAL EXPRESS」の改造元となる2100系は1993年製造だ。内外装をリフォームしたとはいえ、車体や足回りなどが30年も経過している。そろそろ老朽化の対策、あるいは後継車両の製造が必要になる。車両がもう1本あれば、北海道と四国を同時運行するなど、ビジネスを拡大できる。海外の富裕層は、JRの境界を越えられないクルーズトレインではなく、日本一周のクルーズトレインに期待するだろう。東急ならそれができるかもしれない。


(杉山淳一)


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