朝ドラ『虎に翼』仲野太賀の“忘れがたい一瞬の表情”。優三亡き今だから振り返りたい名場面

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2024年06月15日 09:00  女子SPA!

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『虎に翼』©︎NHK
 第50回までくると、それぞれの事情で馴染の顔ぶれが、どんどん画面上から退場していく。

 でも今回の連続テレビ小説『虎に翼』(NHK総合、午前8時放送)がひと味違うのは、退場した人を想像上の人物として再登場することである。

 イケメン研究をライフワークとする“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、愛すべきキャラクターを演じ切った仲野太賀の再登場を考える。

◆繰り返しの中で織り上がる名演

 ずいぶん芸達者な人である。『虎に翼』で主人公・猪爪寅子(伊藤沙莉)の家で高等試験を受けては失敗する書生・佐田優三を演じる仲野太賀を見ていると、作品内で描かれる戦前の情勢に明るくない視聴者でもどんどん視界が開けていく。

 かと言って変に説明的な案内人にならないところがなおいい。その上で、仲野は、視聴者に対してキャラクターの魅力的な内面を開陳する塩梅を心得ている。具体的には、緊張とゆるみの演技によって。

 例えば、第4週第20回。父・猪爪直言(岡部たかし)の逮捕を受けて打ちひしがれる寅子を優三が励まそうとする場面。不意打ちの腹痛で吹き出しそうになる。でも我慢。その繰り返しの中で織り上がる仲野の演技は、緊張とゆるみに裏打ちされた名演と言って差し支えないだろう。

◆岩田剛典との共演場面

 同場面だけでなく、優三は何かと骨を折ることになる。第21回、猪爪家の非常時、彼がいろいろと世話を焼いているところへ、直言の弁護を引き受ける法学者・穂高重親(小林薫)を連れてくるのが、寅子とは明律大学の同期生である花岡悟(岩田剛典)。

 家長に代わって猪爪家を支えようとする優三を見た花岡が寅子の兄だと勘違いする。寅子に気がある花岡は、勘違いだと気づくやいなや、嫉妬の眼差しで目を泳がせる。

 寅子から「家族」だと言われた優三は、嬉しそうにする。三角関係がにわかに成立した瞬間、妙に改まった優三と花岡が目を合わせて静かに会釈をするのだが、これは緊張とゆるみが見事に噛み合った名共演場面ではないか。仲野と岩田による共演での演技の偏差がさりげなく華麗であり、鮮やかな見応えだ。

◆二枚目俳優だというのに

 直言の判決が下ろうとする第24回では、今か今かと判決を待つ寅子の学友たちが法廷の外で待っていて、その中に優三もちゃんといる。でも相変わらず腹を下して、必死にこらえている。

 あるいは、直言が無罪となり一家の騒動が収束した後の場面。寅子が初の高等試験司法科を受けるが不合格になったことを踏まえた家族会議では、母・猪爪はる(石田ゆり子)から寅子がきつく言われる雰囲気に耐えきれず、優三がテーブルにゴツンと頭を突いてみせる。

 どうしてこの人はいつもこうなんだ。緊張を持ち前のゆるみで解いてしまう稀有な才能。それを演じる仲野太賀は基本的には二枚目俳優だというのに、あえて三枚目キャラを率先して引き受けて、細やかにおどける。

 自分が試験に合格できないときにはさすがに落胆の表情を隠さないけれど、でも彼は場所を選ばず、どんな苦いシチュエーションでも人々を和ませる。単なる道化師のような三枚目なんかじゃない。内面化された二枚目的な誠実キャラなのだ。

◆仲野太賀が作る表情

 彼の誠実さが最高点に達してにじむ、忘れがたい瞬間がある。1938年、高等試験に合格した寅子が日本初の女性弁護士になった朝の場面だ。合格者一覧に自分の名前はない。もう何度目の挑戦だっただろう。ここまでにして、弁護士になる夢は諦めよう……。

 晴れやかな顔をした優三はそう心に決める。一覧からさっと目を離して、じっと間を置く。気持ちに整理をつけ、隣にいる寅子の合格への祝福に切り替える。なんていい表情をするんだ、仲野太賀。

 いい表情ばかりが、演技の華ではないけれど、仲野が作る表情はちゃんとキャラクターの感情の上に成り立っている。奥行きのある、立体的な表情が、優三という人の心の動きをひとつひとつ丁寧に可視化してくれている。

◆チャップリンさながらのペーソス

 寅子との間に第一子が誕生する。戦時下だけれど、夫婦だけでこっそり美味しいものを食べて心の平穏を共有する日々。そこへ赤紙が。いざ届くと、「おめでとうございます」なんてすぐに出てこない。

 第8週第40回。優三の出征を寅子は変顔で見送る。優三も変顔で返す。それぞれ、思い思いの表情。でもこらえきれない優三が顔をくしゃくしゃにして、こみあげるものを必死でおさえる。でもダメで、やっぱりこみあげてくる。この場面でのこらえ涙もまた仲野による繰り返しの演技。

 そして一本道を歩いていくエモーショナルな背中は、チャーリー・チャップリンさながらのペーソスを漂わせる。優三が出征する1944年、チャップリンが同年齢の独裁者アドルフ・ヒトラー率いるナチス・ドイツを痛烈に批判する『独裁者』(1940年)がアメリカではすでに封切られている。

 二枚目の素顔をあえて白塗りで隠していたのが、チャップリンでもある。

◆ネット上で命名された“イマジナリー優三”

 そんな優三が戦病死と記された紙切れ1枚で片付けられていいはずがない。大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』(NHK総合、2019年)でも妻子を残して戦死する出陣学徒を演じている仲野太賀。

 伊藤沙莉との共演で考えても、『拾われた男 LOST MAN FOUND』(NHK BS プレミアム、ディズニープラス、2022年)での共演がふたりの空気感を温めた。

 するとどうだろう? 仲野太賀が画面上に呼び戻される。それも想像上の姿を借りて。家族を養うために司法省の事務官の職を得た寅子の気持ちが沈むとき、想像上の姿でふと彼女の隣に現れる。SNS上では、“イマジナリー優三”として話題だ。

 第10週第48回、ベンチの近くでハーモニカを吹く男性がいる。その音色をきっかけとするかのように、カットが替わると優三がいる。映像表現で想像と現実が交差するとき、きっかけとなる演出が必要となる。

 ハーモニカを使う演出は、例えば、能楽で笛を合図に幕が開いて亡霊が姿を現す世界観を踏襲しているとも言える。イマジナリーな存在ではあるが、優三が寅子に向ける眼差しは、やっぱり誰よりも温かい。

<文/加賀谷健>

【加賀谷健】
音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu

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