【週末映画コラム】70年代にこだわった『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』/とにかく草笛光子が素晴らしい『九十歳。何がめでたい』

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2024年06月21日 08:10  エンタメOVO

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Seacia Pavao / (C) 2023 FOCUS FEATURES LLC.

『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』(6月21日公開)




 1970年、米マサチューセッツ州にある全寮制の寄宿学校。生真面目で皮肉屋で学生や同僚からも嫌われている独身教師のポール(ポール・ジアマッティ)は、クリスマス休暇に家に帰れない学生たちの監督役を務めることになる。

 そんなポールと、母親が再婚したために休暇の間も寄宿舎に居残ることになった学生のアンガス(ドミニク・セッサ)、寄宿舎の食堂の料理長として学生たちの面倒を見る一方で、自分の息子をベトナム戦争で亡くしたメアリー(ダバイン・ジョイ・ランドルフ)という、それぞれ立場も異なり、共通点のない3人が、2週間のクリスマス休暇を共に過ごすことになるが…。

 アレクサンダー・ペイン監督が、『サイドウェイ』(04)でもタッグを組んだジアマッティを主演に迎えて描く。脚本はデビッド・ヘミングソン。アカデミー賞で作品、脚本、主演男優、助演女優、編集の各賞にノミネートされ、ランドルフが助演女優賞を受賞した。「ホールドオーバーズ」とは残留者のこと。

 懐かしい旧式のユニバーサルのオープニングマークが映り、くすんだ色合いのもと、ぷちぷちというレコードの音が聴こえてきて、一気に70年代初頭へとタイムスリップをした気分になる。ペイン監督のこだわりが垣間見えるオープニング。

 そして、三者三様に心に傷を持つ者たちが、次第に心を通わせ、疑似家族のようになっていくドラマは予想通りだが、その様子を描く手法が、70年代のニューシネマをほうふつとさせる。反権力的で弱者(社会からのはみだし者)に共感の視線を向けるのだ。

 だが、そこにただ懐かしさだけではなく、今何かと騒がしい人種やジェンダー、差別の問題を浮かび上がらせるところは、紛れもなく現代の映画であり、そうした懐かしさと現代性との共存、そしてペイン監督作品に共通するシニカルなユーモアが、この映画の見どころだろう。

 ジアマッティ、セッサ、ランドルフのトライアングルが素晴らしい。派手なアクションや過激な映画の横で、しっかりとこういう映画が出てくるところにアメリカ映画の底力を感じる。

 ちなみに、ポールとアンガスが一緒に見る映画は、アーサー・ペン監督、ダスティン・ホフマン主演の『小さな巨人』(70)だった。ここにもペイン監督のこだわりが見られる。

『九十歳。何がめでたい』(6月21日公開)




 数々の文学賞を受賞してきた作家の佐藤愛子(草笛光子)は、90歳を過ぎた現在は断筆宣言をして人付き合いも減り、鬱々(うつうつ)とした日々を過ごしていた。

 そんな彼女のもとに、中年のさえない編集者の吉川(唐沢寿明)が、エッセーの執筆依頼を持ち込んでくる。世の中への怒りを歯に衣着せぬ物言いでつづった愛子のエッセーは大反響を呼び、彼女の人生は90歳にして大きく変わり始める。

 佐藤愛子のベストセラーエッセー集を基に、前田哲監督が映画化した「草笛光子生誕90年記念映画」。脚本は大島里美。愛子の娘・響子を真矢ミキ、孫の桃子を藤間爽子、吉川の妻・麻里子を木村多江、娘の美優を中島瑠菜が演じた。

 前田監督と草笛は『老後の資金がありません!』(21)のしゅうとめ役でもコンビを組んだ。この映画はその延長線上にあると言ってもいいが、とにかく草笛が素晴らしい。老いてなお美しい容姿、滑舌のいいせりふ回し、主役を張れる存在感…。また、その草笛と見事に渡り合った唐沢の好演も目立つ。2人の掛け合いから、作家と編集者の関係も面白く描かれている。

 前田監督は、前作『水は海に向かって流れる』(23)のインタビューの際に、「一人一人が幸せに暮らせるようにと思って映画を撮っている」「人が幸せに生きるとはどういうことか」「人はみんな自分を励まして生きている」「ユーモアや笑いってすごい力があると思う。眉間にしわを寄せて生きるよりも、いつもにこやかに生きている方がいい」などと印象的な言葉を語っていたが、この映画にもそれらの言葉が当てはまる。

(田中雄二)

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