朝ドラ『虎に翼』栄養失調死した花岡の“やけに胸に刺さる表情”…絵画のような美しい名場面も振り返る

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2024年06月21日 08:50  女子SPA!

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『虎に翼』©︎NHK
 花岡悟がいない『虎に翼』(NHK総合、午前8時放送)は、想像できない。主人公・猪爪寅子(伊藤沙莉)の学友で裁判官である彼が餓死した事実が、受け止められない……。

 どうしてこんなに心が苦しくなるのか。花岡を演じたのが、岩田剛典だからなのだろうか?

 イケメン研究をライフワークとする“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、「花岡なしでは物語が成立しない」と思った理由を岩田剛典の表現力から読み解く。

◆ドラマ内の出来事だというのに……

「花岡、死す!」

 ソロ初のアリーナツアー『Takanori Iwata LIVE TOUR 2024“ARTLESS”』の武道館ファイナルで岩田剛典がそうMCで言い放った。公演が行われた6月7日放送の『虎に翼』第10週第50回で、岩田扮する裁判官・花岡悟が極度の栄養失調で亡くなったのである。

 花岡の死は、ドラマ内で深い悲しみと衝撃を与えた。ドラマの外でもSNS上で、朝からその話題がタイムライン上に流れていた。ドラマ内の出来事だというのに、なぜだか他人事とは思えず、やけに生々しいものを感じた視聴者は多いのではないだろうか?

 寅子の兄・直道(上川周作)と夫・佐田優三(仲野太賀)は、太平洋戦争で戦死。父・直言(岡部たかし)も戦後に病死。わかってはいたけれど、まさか花岡がという気持ちはあった。でも彼も例外ではなかったのだ。

◆愛する片割れを想う眼差し

 それだけ花岡悟という人物は、特別な存在だった。とはいえ、どうしてこんなにも悲痛な想いがするのだろうか。花岡の訃報から週があけた第11週第51回。誰よりも悲しみに暮れたのは、唯一無二の親友・轟太一(戸塚純貴)だった。

 再登場した山田よね(土居志央梨)とカフェで会話する場面。「惚れてたんだろ、花岡に」とよねから言われた轟は最初それを否定するが、瞳の奥は嘘がつけない。よねが言うように、その眼差しは、今も昔もただただ花岡のことを慈しんでいる。

 愛する片割れがいない過酷な現実。いったい、自分はこの戦後を生きていけるのだろうか。轟の心の声が漏れ聞こえるよう。

 花岡がいないこの場面がもしかすると一番花岡の存在を強く感じさせるかもしれない。その悲痛を唯一共有できるのは、よねでも寅子でもなく、視聴者だけなのだとすると。

◆花岡なしでは物語が成立しない

 轟の悲痛を(おそらく)唯一共有できる視聴者は、花岡なしではこの先の物語が成立しないんじゃないかという不安に打ちひしがれるのではないだろうか。筆者もそんな強い不安を感じたひとり。

 そう感じさせるのは、花岡を演じた岩田剛典の名演が何より大きいと思う。最近はパフォーマー、俳優、ソロアーティストと三足の草鞋を履く岩田だが、俳優としての彼はひとえに“物語る人”であることを確認しておかなくてはならない。

 岩田が演じる花岡悟というキャラクターは、信念に貫かれた、熱く不器用な人。戦後は闇市を取り締まり、食糧管理法を担当する裁判官として職務を全うしようとした。花岡ひとりの人生で本作の物語全編が成立してしまいそうだ。

 花岡のモデルは佐賀県出身の山口良忠判事。1947年に栄養失調で倒れても裁判を続けた。その上で岩田は花岡役に息を吹き込む。視聴者は悲劇の裁判官の人生そのものを見つめながら、同時に花岡役の岩田が独自に醸す佇まいをサイドストーリー的に重ねて見ていたのではないだろうか?

◆花岡と一心同体の岩田剛典

 花岡がもう画面内には登場しないと思うと、脳裏に浮かぶのは花岡と一心同体の岩田剛典が残してくれた数々の名場面である。順番にさかのぼりながら、追想してみよう。

 寅子と花岡が最後に会ったのは、第49回。久しぶりに再会したふたりがベンチに座り昼食をともにするのだが、それぞれ膝に置かれた弁当の中身があまりにも非対称。

 寅子は闇市で買ったお米と卵焼き。花岡はたくわん二切れと小さな握り飯。寅子は思わず弁当に蓋をするが、花岡は告発なんかしないよと涼しい表情。でも明らかに元気がない。明律大学時代はあれだけ寅子と言い合いをしていた花岡の元気が丸ごと吸い取られてしまったように。

 別れ際、寅子は貰い物のチョコレートを半分、花岡に渡す。最初は受け取らない花岡だが、「お子さんに」と言われ、そっと受け取り、「ありがとう、猪爪」と返す。この一間置いた「ありがとう」と花岡の表情がやけに胸に刺さる。疲弊し、渇いた魂から振り絞った感謝の一言だったのだろう。

◆特別な響きをともなう「ありがとう」

 花岡が餓死することをまだ知らないのにすでに目頭が熱くなる。なぜだか無性に。それはおそらく岩田にとっても感謝の言葉が特別なものだからだ。2021年9月15日に1stシングル「korekara」をリリースして以来、ソロアーティストとしての岩田は、自分にずっとついてきてくれるMATE(岩田剛典ファンの呼称)たちへの感謝をことあるごとに口にしてきた。

 ライブのステージでもインタビュー記事でもどこでも。1stアルバム『The Chocolate Box』のリード曲「Only One For Me」はMATEへの感謝を込めて作られたナンバー。

「進めばどんどん 増えていく」や「“ありがとう”の言葉で 伝え切れないよね だからいつか届くまで」という歌詞には感謝を口にすることの重みと言葉だけでは済ませない態度が示されている。

 それだけに岩田が花岡役を通じて言う「ありがとう」もやっぱり特別な響きをともなってくる。寅子への感謝を口にしたのは、第49回だけではない。第7週第32回で、裁判官の試験に合格した花岡とそれを祝福する寅子がレストランで食事をする場面。

 合格の報告を電話で伝える直前の場面でもとにかく花岡は嬉しそうだった(受話器を耳にあてる表情が息を呑む素晴らしさ!)。地元・佐賀まで伴侶として寅子に連れ添ってもらいたい。そう思いながら、寅子のキャリアを邪魔できないというジレンマ。結局レストランでの花岡は煮えきらず、寅子に愛を伝えられない。

◆ビタースイートに尾を引く場面

 帰り道、花岡は「駅まで送って行こうか?」とさりげなく聞くが、寅子は事務所に寄っていくと言う。もし駅まで送っていけたら、花岡と寅子は結婚しただろうか? そんなたらればを持ち出すまでもなく、何も言い出せなかった花岡の心境がただただビタースイートに尾を引く。

 何となく気にしているのか、していないのか、寅子が「お互い頑張りましょうね」と手を差し出す。花岡はためらいがちに右手で握り、「ありがとな、猪爪」と返す。そして歩き去る。その背中に向かって寅子が「またね、身体に気をつけてね」と言う。

 花岡は何も言わず、さっきまで寅子の手を握っていた右手をあげてあばよという感じ。ふたりを写す引きの画面(構図)が完璧だ。中景には街頭と噴水。花岡の右手。その振りを見て、イタリアルネサンスの画家ボッティチェリが振り付けたかのような美しさを感じた。静かなようでその実ドラマティックな西洋絵画的な物語がそこにはあったからだ。

◆画面を絵画に変えてしまう人

 あぁ、そうだ岩ちゃんが『あなたがしてくれなくても』(フジテレビ、2023年)で不倫夫・新名誠を演じたとき、不倫相手の主人公・吉野みち(奈緒)に砂時計をプレゼントする場面(第4話)があったが、あの砂時計もやたら絵画的な小道具に写っていた。

 岩田剛典とはテレビドラマのワンショットを絵画に変えてしまう人でもある。『虎に翼』の場面をさらにさかのぼってみる。第6週第30回、女性初の弁護士になった寅子に花束を渡す場面。

 後ろ手に持った花束をパッと差し出す。第32回と時間帯は違い昼。でも噴水を背景にするふたりのツーショットは同じ。次のカットで花岡のアップが抜かれる。その瞬間の岩田の素晴らしい表情ったらない。

『プロミス・シンデレラ』(TBS、2021年)や『あなたがしてくれなくても』など、常に見送る側の人を演じてきた岩田が、『虎に翼』で見送られ、追想される側に初めてなったことを考えると、ところどころ青みがかった晴れやかな曇天の下、寅子を心から祝福するあの表情が、本作の物語を底から支えていたんだと思いたくなる。

<文/加賀谷健>

【加賀谷健】
音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu
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