野生動物から感染する主な感染症をいくつか挙げ、今の日本でも遭遇することがある野生動物を例に、その危険性を解説します。
狂犬病の危険性……犬以外の哺乳類も感染し、致死率はほぼ100%
「狂犬病」はとくに注意が必要な感染症です。犬に限らず、すべての哺乳動物が感染して、ウイルスを持っている可能性があります。もし噛まれるなどして感染・発症したら、致死率はほぼ100%です。治療法も確立されていませんので、かからないように注意するしかありません。飼い犬は、狂犬病ワクチンの接種が義務付けられていますが、野生動物は当然のことながら接種していません。
重症熱性血小板減少症候群(SFTS)の危険性……マダニから感染する、致死率の高い病気
最近話題になっている「重症熱性血小板減少症候群(SFTS)」にも、十分な注意が必要です。SFTSは「マダ二」を介して感染しますが、マダニは自然の山野のどこにでもいます。SFTSウイルスを保有するマダニが野生動物の体表に付着していた場合、その動物に触れることで自分の皮膚にマダニが付着してしまうことがあります。
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カンピロバクター、サルモネラ菌の危険性……ひどい下痢・腹痛などの症状
カンピロバクターやサルモネラ菌などを保有している野生動物に触れた場合、ひどい下痢や腹痛、発熱、嘔吐など、食中毒のような症状が現れることがあります(ただし、これらの菌への感染は、細菌がついたままの手で食べ物に触れることで生じますので、万が一動物に触れたとしても、徹底した手洗いを行えば、ある程度防げる可能性は高い病気ともいえます)。その他、動物ごとに特徴的な感染症にも、いくつか有名なものがあります。以下で挙げてみましょう。
アライグマから感染する「アライグマ回虫症」
アライグマは、食べ物を洗うようなしぐさがかわいいと思われていますが、実は凶暴な性格です。不用意に近づくと、噛まれたり引っかかれたりする可能性が高いです。そして、そうした際に感染リスクがある重大な病気として、「アライグマ回虫症」が挙げられます。アライグマの腸内には回虫が寄生していることがあるのです。直接的にアライグマを触っていなくても、重大な健康被害を受けることもあります。小さなお子さんが、アライグマの糞で汚染された砂を知らずに触り、回虫が付着した手で目をこすってしまったことが原因で、このアライグマ回虫症に感染して、視力低下や重篤な神経症状などが引き起こされた例もあります。
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キョンから感染する「狂犬病ウイルス」や「ダニ・ノミ」
キョンは、中国原産のシカに似た動物です。本来は日本の自然界には存在しませんでしたが、数年前から千葉県や茨城県を中心に目撃情報が相次ぎ、話題になっています。20年以上前に勝浦市の動物園から脱走したものが野生化したと言われており、生態系などに害を及ぼす恐れがある「特定外来生物」に指定されています。キョンもまた生活環境を荒らすだけでなく、上述したような恐ろしい狂犬病ウイルスや、ダニ・ノミなどを保有していることがあるため、注意が必要です。
キタキツネから感染する「エキノコックス症」
主に北海道に生息するキタキツネが感染源である「エキノコックス症」も、よく知られている病気です。エキノコックスという寄生虫(条虫)を保有したキツネの糞の中にはエキノコックスの虫卵が含まれています。直接触れて汚れた手で物を食べてしまった時はもちろん、山菜をとって食べたり沢水を飲んだりすることで、体内に取り込んでしまい、感染する可能性もあります。
体内で卵がかえり、徐々に虫が増えてから発症するので、腹痛、黄疸、発熱などの初期症状が現れるまでに10年以上かかることもあります。放置していると、腹水貯留で死に至ることもあります。
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都心部でも見られる野生動物。「正しく恐れ、適切な距離感を保つこと」が大切
ここ数年、東京23区の都心部でも、アライグマなどの目撃情報がありますので、十分な警戒が必要です。農業従事者や、山野で活動する人だけでなく、都市に住む人にとっても、野生動物が非常に身近な存在になりつつあり、野生動物とどうつきあっていくかを真剣に考える必要があると思います。なかには、かわいいからというだけの理由で野生動物に餌を与えたりする人もいるようですが、そうした行為が私たち人間にとっても、野生動物にとっても、不幸な結果をまねくことがあるということを理解し、慎むべきです。
野生動物は、私たちにとってわからないことだらけの恐れるべき存在だということを忘れてはいけません。予防接種をしたかわいいペットとは違いますから、「正しく恐れる」ことで距離感を保つべきという意識を、私たち一人一人が持ち続けることが大切だと思います。
阿部 和穂プロフィール
薬学博士・大学薬学部教授。東京大学薬学部卒業後、同大学院薬学系研究科修士課程修了。東京大学薬学部助手、米国ソーク研究所博士研究員等を経て、現在は武蔵野大学薬学部教授として教鞭をとる。専門である脳科学・医薬分野に関し、新聞・雑誌への寄稿、生涯学習講座や市民大学での講演などを通じ、幅広く情報発信を行っている。(文:阿部 和穂(脳科学者・医薬研究者))