2023年、日本の建設業における労働死亡事故件数は223件。この数字は全産業でもっとも多い。(参考)
厚生労働省は、2027年までに建設業の労働死亡事故件数の15%以上の減少を目指し、手すりの設置や安全帯の使用などといった従来の対策をより一層徹底することなどを事業者に呼びかけている。
一方で海外には、最新のテクノロジーで建築業界の安全向上を図るスタートアップがある。本稿で紹介するAilyticsは、2021年にシンガポールで設立されたスタートアップだ。AIを用いたビデオ監視システムで、事故の予防や作業進捗の管理をはじめ、さまざまな側面で建築現場を助けている。
今回、同社の創業者でCEOのTan Wei Zhuang氏にインタビューを行った。同氏は、ボーイング社で勤務していた熟練のITエンジニアで、シンガポール国立大、シンガポール住宅開発庁、AI Singaporeとの共同研究をもとに同社をスタートした。
[caption id="attachment_242714" align="aligncenter" width="2898"] Image Credits: Ailytics[/caption]
AIで建設現場の安全性と生産性を向上させるビルや工場、倉庫、港湾などさまざまな現場の建設・補修で、同社のサービスは利用されている。サービス内には、AiSafety、AiProductivity、AiPeopleRecognition、AiVehicleAccessと呼ばれるさまざまな機能がある。
Tan氏に、まずはAiSafetyとAiProductivityについて話を伺った。
―― AilyticsのAiSafety、AiProductivityはどのような機能でしょうか?
Tan: AiSafetyは、AIとカメラで建設現場の安全性を向上させる機能です。AIがカメラの動画を分析し、事故の危険を検知した場合にはリアルタイムで安全対策チームに危険アラートを送信します。
そしてAiProductivityは、作業進捗の改善を目的とする機能です。カメラの動画から、建設状況をAIが追跡してKPIが満たされているかを評価します。そして特定の作業段階が完了していない場合には、早期にアラートで通知します。あわせてプロジェクトの完了時期の予測もできます。
[caption id="attachment_242734" align="aligncenter" width="1478"] Image Credits: Ailytics[/caption]
―― 他者と比較した同社の強みはどのようなものでしょうか?
Tan: 主要なデベロッパーとのパートナーシップのおかげで、シンガポール最大の建設データを持っています。これはAIの精度向上に不可欠です。さらには、2D映像から3D映像への変換方法を独自で開発したため、センサーやカメラを追加せずに1台のカメラの画像から3D画像を作成できます。3D画像を用いれば、AIはより正確な検出ができます。
たとえば手頃な価格のカメラであっても、長距離(50〜100メートル)から小さな物体や作業員を検出できます。それだけでなく、高所、雨、揺れなどの過酷な環境でも良好に機能するように設計されています。
[caption id="attachment_242731" align="aligncenter" width="1496"] Image Credits: Ailytics[/caption]24時間365日の監視、検出される危険の7倍増、手動検査の50%削減など、同社のサービスは大きな成果を上げている。同時に建築現場の作業自動化やセキュリティ向上もできるという。
次にAiPeopleRecognition、AiVehicleAccessについて話を伺った。
AIで人と車両を検知、作業の自動化とセキュリティの向上に貢献―― 動画から人を認識するAiPeopleRecognitionはどういうものでしょうか?
Tan: 建設作業員の個々の識別と、現場の総人数のカウントを正確に行う機能です。建設現場への入場を許可されていない人が、無断で現場に入ることがあるかもしれません。AiPeopleRecognitionはカメラの動画から人の顔を正確に識別して、「現場に入る許可を得ている人かどうか」を自動で判断できます。
他にも、トンネルのような閉鎖空間に入る際には非常に厳しい規制があり、資格を持つ人しか入ることはできません。このような現場内の非常に制限の厳しいエリアでは、エリア内に入る前に誰であるのかをAIで自動チェックします。
[caption id="attachment_242728" align="aligncenter" width="1510"] Image Credits: Ailytics[/caption]
―― AiVehicleAccessで動画から車両情報を認識することでどのような利点がありますか?
Tan: シンガポールでは現在、入口と出口に人がいて、現場に出入りするトラックや全ての車両のナンバープレートを手動で記録しています。弊社のサービスならば、この作業を自動化できるので、入口と出口でナンバープレートを記録する人員の確保が必要なくなります。
この機能は盗難予防にも有効です。たとえばトラックが現場から資材を持ち出す際などには盗難の被害につながるリスクも考えられ、実際に建設業者が窃盗の被害に遭うケースも起きています。通常、これを追跡するのは非常に困難ですが、弊社のサービスでは上部に2台目のカメラを設置すればこの問題を解決できます。
カメラを高い位置に設置してトラックの積荷写真を撮ります。これにより、出ていくすべてのトラックが何を積んでいるかを確認して、盗難がないか検知します。
[caption id="attachment_242729" align="aligncenter" width="1522"] Image Credits: Ailytics[/caption]
日本の建築現場がかかえる労働力不足の問題同社のサービスは建設作業員の人命を救うのと同時に、さまざまな面から建設現場をサポートしている。実際に同システムを導入した場合、コスト面でどのようなメリットがあるのかということと、日本の建築現場がかかえる労働力不足の問題についても詳細に伺った。
―― 企業がAilyticsのサービスを導入することにおける具体的な利益を教えてください。
Tan: AIによる生産性の向上や人員の削減効果により、ROI(投資収益率)は6〜9か月以内に回収できます。さらに、建設現場で常時監視を行うことで、安全性違反や事故のリスクを示す証拠を提供しています。これは違反行為を抑止し、行動を変える効果があります。
安全面でのROIは定量化が難しいものの、危険な行動の捕捉増加や大事故の防止によって大きな価値を生み出すでしょう。例えば、現場で大きな事故が1度でも発生したら、弊社のシステムを何度も導入できるほどの費用が発生するかと思われます。結果として、現場の安全性向上と証拠収集を同時に実現し、潜在的に高額な事故を防ぐことで即座にROIを達成できる可能性があります。
[caption id="attachment_242736" align="aligncenter" width="1434"] Image Credits: Ailytics[/caption]
―― 日本の建築現場では労働力不足が深刻化していますが、Ailyticsのサービスはこの問題に貢献できますか?
Tan: 効率の向上により労働力を減らすことが可能です。例えば、ナンバープレートを記録する人員の配置は不要になります。大規模なプロジェクトの安全面においては、安全対策チームも少し縮小できるでしょう。人員をかなり削減できますが、大幅な削減とは言えないかもしれません。なぜなら、必要な多くの手作業を置き換えているわけではなく、労働者が怪我をしないようにすることで、プロジェクトの遅延を防いでいるからです。
今後の事業展開同社は今年270万ドルの資金調達をして、大規模ビジョンモデル(LVM)と呼ばれる次世代AIモデルによるサービス革新への研究にも取り組んでいる。これは大規模言語モデル(LLM)に近い構造で、画像や動画の処理に特化したモデルであり、より精度の高い視覚情報の解析も可能だ。例えば、現在のAIの検出したものに対する2次チェックや、「青いショベルを持った白いヘルメットを着用している人」といったより具体的な状況の検出と言語化も可能になるかもしれない。
ただし、まだ計算負荷が非常に高いため、同社は技術の最適化を進めているそうだ。
さらには海外へのサービス展開にも注力している。すでにシンガポール以外にも、香港、マレーシア、インドネシア、イスラエル、イタリア、アラブ首長国連邦など世界中で事業展開しており、今後はさらなるグローバルマーケットを目指している。
―― 他国の環境でもAilyticsのサービスは利用可能ですか?
Tan: はい。海外展開する際にも少し調整するだけでそのままサービスを利用できます。AIモデルも再学習も特になく利用できます。一番大きな課題は、現地でのセッティングに関するものです。カメラなどの物理的なハードウェアのセッティングを手伝ってくれる非常に良いパートナーが必要です。そうすれば、私たちはソフトウェアに集中してリモートでビジネス展開できます。
[caption id="attachment_242733" align="aligncenter" width="1532"] Image Credits: Ailytics[/caption]
同社は日本でのビジネス展開も考えており、Tan氏はこの取材の2週間後に訪日する予定を語っていた。興味を持たれた建築関係者は、まずは同社のホームページ上に配置された問い合わせフォームや記載されたメールアドレスへ連絡してほしいとのことだ。
参考・引用元:
Ailytics
(文・松本直樹)