最古のミステリー小説といえば? 紀元前から続く謎解きの歴史を振り返る

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2024年09月19日 08:00  リアルサウンド

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ソポクレス (著)

 ミステリーはフィクション作品における人気ジャンルの一つである。ミステリーだけに限定した文学賞は各国に数多存在し、毎年多くのミステリー小説が刊行されている。世界最大のベストセラーは聖書だが、聖書に次ぐベストセラーと一説に言われているのはコナン・ドイルによるミステリー小説の古典「シャーロック・ホームズ」シリーズである。それでは一体最古のミステリーはいつ発刊されたのだろうか。


■最古のミステリーは? 古い謎解きの歴史

 旧約聖書にもミステリーの要素があるとの説もあるが、作者がはっきりしている作品でミステリ要素がみられる最古の作品はやはりソポクレスの『オイディプス王』だろう。主人公であり為政者でもあるオイディプス王その人が探偵役となり、国に災いをもたらした先王殺害犯を追及する筋立てがリアルタイム進行で進んでいく。筆者は英文学の修士号を持っておきながら、古典が苦手なのだが、『オイディプス王』は一本道のシンプルな筋立てで明快でわかりやすい。


  何よりリアルタイム進行であることは演者が目の前でリアルタイムで演じる演劇というメディアにピッタリである。現代でも頻繁に上演される人気の演目であることも納得だ。あまりにも有名な作品のため、ネタバレも何もないが、結末については同作がギリシャ「悲劇」の代表作であるとだけ触れておこう。ソポクレスは紀元前497/6年ごろ–406/5年ごろの人物であり、「ミステリー作家」としては最古の部類で間違いあるまい。


  というわけで、ミステリー自体の歴史は紀元前までさかのぼれるのだが、今日にも通じるミステリー小説の登場となると少々時間がかかる。


  小説は文学の一形態としては戯曲や詩よりも歴史が浅く、イギリスで今日に通じる形式の小説が成立するの18世紀のことである。大学の英文科、英米文学科に進学すると必修として文学史を勉強することになるが、筆者の手元にある神山妙子(編著)『はじめて学ぶイギリス文学史』には古代から20世紀までのイギリス、アイルランドの文学が取り上げられている。


  同書は各時代ごとに各文学形態の代表作・代表作家を掲載しているが、18世紀前半までの項目に「散文」はあっても「小説」の項目が存在しない。「近代小説の元祖」と評価されているはサミュエル・リチャードソンの『パメラ』だが、発表は1740年である。つまり、それ以前、そもそも「小説」とはっきり定義できる作品が存在しなかったのである。


■有名作品を生み出してきたアメリカとイギリス

  それから、小説というジャンル自体が多様化していくが、ミステリーに限れば有名作品を数多く生み出したのはやはりアメリカとイギリスだろう。それが花開いたのが19世紀である。アメリカの大作家エドガー・アラン・ポーの探偵オーギュスト・デュパンの初登場作品『モルグ街の殺人』は一般的に世界初の推理小説とされている。イギリスの古典作家コナン・ドイルの生み出したシャーロック・ホームズは恐らく、世界一有名な探偵だろう。ドイルとほぼ同時代にイギリスで活躍したウィルキー・コリンズも初期推理作家の一人であり、『白衣の女』、『月長石』は当時のイギリスで大ヒット作になった。


  コリンズは今日においてドイルほどの知名度を獲得しているとは言い難いが、現代でもミステリー愛好家の間で読まれ続けており、わが国でも翻訳が出ている。これらはすべて19世紀に発表された作品である。フランスも重要な役割を果たしており、エミール・ガボリオの『ルコック探偵』はシャーロック・ホームズが誕生するうえで先達として重要な役割(作者のコナン・ドイルが影響を受けたことを公言)を果たした。怪盗としての側面の方が有名だがアルセーヌ・ルパンも探偵役として振舞う作品がある。世界初の探偵、フランソワ・ヴィドックの『回想録』も推理小説成立において重要な役割を果たしている。


  なお、これらの作品作家だが、久しぶりに『はじめて学ぶイギリス文学史』を読み返したところ、ウィルキー・コリンズは名前が一度出てくるだけ、ドイルに至っては名前すら出てこなかった。ヴィクトリア朝(1837年-1901年)は教育基本法の施行により、教育の義務が生まれ、識字率が大幅に上昇した。


  また、「空腹の40年代」を経て、類の無い経済的大繁栄の時代を迎え、中産階級の人々の間に余暇を楽しむ時間的、経済的余裕が生まれた。その結果、軽い読み物=娯楽に対する需要が爆発的に増加し、大衆文学が花開いた時代である。それらは真面目な文学として扱われず、表の文学史にはほとんど姿を現さないが、エンタメの歴史において重要な役割を果たしている。シャーロック・ホームズもドラキュラも、透明人間も、ヴィクトリア朝のイギリス生まれであることを忘れてはならないだろう。この裏の文学史についてはナイジェル・クロス(著)『大英帝国の三文作家たち』に詳しい。


  ちなみに、表側の「真面目な」作家にもミステリー好きはいた。桂冠詩人は近代イギリスの詩人に与えられる最高の栄誉で、ジョン・ドライデン、ウィリアム・ワーズワース、アルフレッド・テニスンなど文学史に名前を残す数々の大詩人が任命されてきた。1967年 - 1972年までその地位にあったセシル・デイ=ルイスは「真面目な」文学側の文士だったが、彼はそれと同時にニコラス・ブレイク名義で活躍する推理作家でもあった。


  さらに意外なつながりとして、その息子はアカデミー賞を3度受賞している名優ダニエル・デイ=ルイスである。ダニエル・デイ=ルイスの妻、レベッカ・ミラーは栄誉あるピューリツァー賞を受賞した大作家のアーサー・ミラーなので、ダニエルとレベッカの子供たちは桂冠詩人とピューリツァー賞作家とアカデミー賞俳優の遺伝子を受け継いでいることになる。並べてみるとすごい家系である。



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