名刺の裏に金額を書いて「せーの」で出してきた クルマ買い取りの“入札制度”が面白い

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2024年09月20日 06:31  ITmedia ビジネスオンライン

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クルマ買い取りの“入札制度”がユニーク

 クルマを所有し利用しているユーザーは、個人差はあれどクルマの買い替えを定期的に行うものだ。その場合、問題になるのはそれまで乗っていたクルマの処分。以前ならディーラーに下取りに出すのが常識だったが、ガリバーが始めた中古車買い取り業が普及してから選択肢が広がった。


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 さらに個人売買も、インターネットを利用したオークションやフリマアプリなどが手軽で幅広い人に利用されるようになっている。それでも、中古車の流通は専門業者が扱っている方が圧倒的に多い。


 ここ2、3年の間に4台のクルマを買い取ってもらった筆者が、その体験も含めて中古車売買の移り変わりと中古車市場の最新事情を解説していきたい。


 クルマの取引は複雑な書類などの手続きを必要とするため、基本的にはプロの手が介在する。個人売買でも名義変更や車検取得などの手続きはディーラーや整備工場などに依頼する人も多い。


 というのも、クルマの購入に伴う手続きはいろいろと面倒だからだ。車庫証明の取得から自動車税の申告、ナンバープレートの返却、車検切れなら自賠責保険や車検を取得してからの名義変更など、素人にはなかなかハードルが高い手続きがいくつも重なる。


 どうしてクルマの購入や売却は面倒な手続きが要求されるのか。それはクルマが資産であること、そして安全性が要求されること、周囲の環境にも配慮する必要があることなどが理由だ。


 資産である以上、名義や所有権などは明確にしておく必要がある。そして1トン前後(最近は2トン前後の大型SUVやEVも珍しくない)の塊が街を走行するのだから、ブレーキや足回りなどは特に点検整備をしておく必要がある。また路上駐車などで車両を放置したり、盗難されて犯罪に使われたりするのも市民生活の安全に影響を及ぼすため、所有者の責任を明確にしておく必要があるのだ。


●なぜ買い取り専門店は好条件を出せるのか


 さて、昔はディーラーで下取りが当たり前だった中古車の流通が変わったのは、業者オークションの台頭による影響が大きい。それによって業者間のクルマ取引は活性化し、中古車店の在庫車両の流動化が始まった。それまでは中古車店間で在庫車両を融通することはあまりなかったため、中古車店は地元ディーラーなどと連携し、独自の仕入れ先を確保していた。


 以前は中古車店が直接買い取りしたクルマを店頭で販売するというのが常識だった。しかし、買い取り専門店が登場、増殖したことで街のあちこちに中古車店やディーラーと同じくらい買い取り専門店が乱立するようになった。


 その結果、中古車販売は薄利多売のビジネスへと変化していく。さらにこれが全国に広まると、地域による需要の違いなどをうまく利用して、安く買い取って高く売るというビジネスが構築されていった。


 ところで、買い取り専門店の方が下取りよりも高価で買い取るイメージがあるのではないだろうか。しかし自社で買い取って販売するのと比べると、買い取り業者と販売業者の2社が介在して、それぞれ利益を分け合うことになるから、高く買い取れるのは不思議だ。


 このカラクリはこうだ。買い取り専門店は在庫を持たず、買い取ったクルマを業者間で売却することにより、短期間で現金化する。つまり、薄利多売で高価買い取りを実現しているのだ。


 認定中古車など自社で販売できるような個体であれば、ディーラーでも高く買い取ってくれるケースはある。コロナ禍や半導体不足などを経て、新車購入時には納期が優先されて値引きはほとんど望めない(人気薄の車種や決算期などは別だろうが)状況だ。だから、下取り価格で競合他社と競り合うことになるのだが、結局、業者オークションに出品するしかないので、いくらで落札されるかは読み切れない。その分、価格を低めに提示せざるを得ない。


 特に大規模な組織であるディーラーは、営業マンもその上司も買い取り相場を熟知しているわけではない。マージンを残しておかないと、後で始末書ものの処分を受けることにもなりかねない。


 その点、買い取り業者は中古車を買い取って業者オークションに出品して利ざやを稼ぐのが本業であるから、買い取り価格の設定はよりシビアだ。しかも各店舗で個々の買い取り車両の売却額などを把握しているため、1台ごとの利益も分かる。そのため扱う台数が多い車種やカテゴリーであれば、ギリギリまでマージンを削って高い価格を提示できるのだ。


 もっとも最近では、買い取り専門店も店頭で車両販売を行うことも珍しくない。業者オークションでの売却価格もビッグデータ化してくると、業者オークションで売った場合の収益と直接販売した場合の収益の差が明確になり、直接販売した方がもうかる車両は店頭で販売するのだ。


 ビッグモーター(現在はWECARSに改名)の本来のビジネスモデルはそこだったわけで、グループ内に業者オークションを運営する企業もある。利益を追求しすぎ、パワハラによる優越感に浸った結果、暴走してしまったのは残念であるが、本来は優れたエコシステムを確立していたと見ることもできたのである。


●17万キロ走った軽自動車でも値は付くのか?


 以前は多走行、低年式の車両はスクラップになっており、鉄くずの価格も安かったことから、廃車には手数料を取られるケースが多かった。しかし新興国への中古車の輸出が増え、それに伴って中古部品の需要も高まってくると、日本では需要のなくなったクルマも使い道が広がってきている。


 10年前なら、廃車の手続きと車両の引き取りまで無料で行ってくれる業者が最安値だったが、最近ではスクラップ鉄の価格が上昇しており、中古部品としての需要もあるため、どんなクルマでも最低2万円(軽自動車は1万円)で買い取るとうたう業者も出現している。


 先日、事情があって知人の軽バンを代理で処分することになった。13年前の車両で走行距離は17万キロ。以前なら部品取り車かスクラップ行きとなるクルマだが、興味本位で買い取り査定をしてみることにした。


 そこでインターネットで一括査定の申し込みをした。これはクルマや居住地の情報を入れるだけで、オンラインもしくは出張査定を複数の買い取り業者に申し込める、というものだ。


 Web上で情報を入力して、申し込むボタンを押した数秒後には電話が掛かってきたのには驚いた。担当者がPCの前で待ち構えていて、即座にクリック一つで電話を掛けられるようになっているのだろう。


 最初の電話に出ている間にも、どんどん電話が掛かってくるが、話し中なので当然出ることはできない。わずか数分の間に何度も掛け直してくるので、不在着信が山のようにたまる。


 出張査定の日取りを2日間用意して対応するつもりだったが、最初の業者の日程を決めると、その後電話をかけてきた業者も同じ日程(初日)を希望してくる。しかも時間も同時で構わないというところばかりだ。というのも、最初に査定した金額に納得してその場で契約されてしまうと、後から行っても無意味になってしまうからなのだとか。


 買い取り査定当日、約束の時間にやってきたのは3社の買い取り業者の担当者たちだ。電話ではあと2件予約していたはずだが、その2社は結局連絡もなく現れることもなかった。3人はクルマをある程度査定し、商品になると分かると次の段階に入った。


●買い取り業者が繰り広げる“勝負”とは


 「今、この場で決めてくれるんでしたら上司に掛け合って、ギリギリの金額を提示させてもらいますけど、どうでしょうか」と、1人の担当者が筆者に持ちかけてきたのだ。すると残り2人もこちらを見てうなずいている。どうやら、彼らにとっては毎度おなじみの状況で、それぞれ一発勝負の価格を提示して、一番高い価格の業者と契約してもらうのがルールらしい。


 このように複数業者による同時査定を行う場合、誰か1人が仕切り役となって価格交渉の流れを説明し、オーナーに了承してもらう流れになる。というのも「後から別の業者が来るので契約は後で」ということになると、とりあえずの価格提示しかできないが、その場で契約することを約束してもらえば上司に掛け合って限界の価格を提示できるからだ。


 いくつもの業者が一番早い時間にこぞってやってきたのは、そうした契約競争に参加するためだった。じっくりとクルマのコンディションをチェックした担当者たちは、それぞれ上司と相談して金額を決めたようだ。


 そうやって買い取り金額を決定した担当者は自分の名刺の裏に金額を記入。それを同時にオーナーに提示する一発勝負の入札である。買い取り業者の担当者たちは、毎日こんな勝負を繰り返しているらしい。


 「実は午前中にも別のところで買い取り査定を行ったんですけど、わずか400円余りの金額差で負けました」と1人の担当者が打ち明ける。数十万円の買い取り価格で数百円差は、かなりシビアな競りとなったことが分かる。買い取り業者でも車種やカテゴリーによって強みのある部分が違うので、毎回同じ業者が競り勝つわけではないようだ。


 一発勝負の結果、軽バンには9万2000円もの値段が付いた。宅配業など物流業界では人気の車両だけに、いくら走っていてもクルマとして機能すれば値段は付くそうだ。


●「クルマは資産」という考えはそろそろ終了か


 2時間後にはもう1社(実は最初に予約した業者)が出張査定に来る予定だった。来てもらって事情を説明して買い取り査定をしてもらうことも可能だが、ほんのわずかな価格差で先の契約をキャンセルするわけにもいかないので、電話で事情を話し、出張査定をキャンセルした。


 こうした日常を繰り返し、買い取り業者は中古車を仕入れている。出張査定ではなく、画像を送ってネット査定をしてもらうこともできる。インターネットで効率よく買い取りができる半面、ライバルも多く薄利多売となっているわけだ。


 カーシェアやサブスク、残価設定など、従来にはなかったクルマの利用や購入方法が用意されることで「クルマを所有する」という考えは薄らぎつつある。クルマを売ってカーシェアなどに切り替える動きが増えれば、一時的には中古車市場は膨れ上がる。


 ビッグモーターの数々の不正で中古車販売の信用は地に落ちた感があるが、それでも中古車市場が機能しなければ新車も販売できない。中古車市場が健全で元気であることは、新車を販売する環境づくりにも役立っているのだ。


 そもそも中古車の買い取りと販売は、ギャンブル性もあるものの、クルマの知識を持っている人にとっては、うまみと面白みのある取り引きだ。エコカーやSUV全盛の今、ちょっと古めのクルマの人気が再燃している。まだしばらく、日本の中古車市場はにぎわいを保てそうだ。


(高根英幸)



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