年を取らない騎手と女優/島田明宏

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2024年10月03日 21:00  netkeiba

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▲作家の島田明宏さん
 今週月曜日、都内のホテルで「日本中央競馬会 創立70周年記念式典」が行われた。招待状への返信がQRコード経由のウェブでできてしまった気軽さもあって、ノーネクタイでブラっと出かけた。ところが、会場入口に並ぶ胡蝶蘭の膨大な数と、参加者のフォーマルな服装にビビってしまい、チーフがわりにポケットに入れていたネクタイを慌てて締めた。

 別のホテルで行われるJRA賞の授賞式は同規模の式典を探すのが難しいほど壮大なスケールだが、それとはまた違う雰囲気だったのは、やはり70年の重みゆえか。

 吉田正義理事長の挨拶などにつづいて、JRA創立70周年の感謝状の贈呈が行われた。馬事文化賞選考委員で銅版画家の山本容子さん、JRAアドバイザーの岡部幸雄さん、元・日本調教師会会長の橋田満元調教師、日本騎手クラブ会長の武豊騎手、日本競走馬協会会長代行の吉田照哉さんらが壇上に立った。みな、長年そのつとめを果たしたことへの感謝であった。

 武騎手が贈呈されたターフィーのぬいぐるみをガッツポーズのように持ち上げたり、吉田照哉さんが「パワー」のポーズを取ったりして、会場の雰囲気をやわらげた。

 素晴らしい式典だった。それだけに、東日本大震災の発生以来、被災馬取材をしてきた私としては、発災当初から馬の受け入れ先を確保するなど奔走してきた引退馬協会の沼田恭子代表の名があってもよかったように感じた。

 正午から、会場を替えて祝宴が行われた。

 数日前、Number webの連載に、武騎手は55歳になってもなぜ活躍しつづけることができるのか、というテーマの原稿をアップした。それには間に合わなかったが、確かめたかったことがあったので武騎手に声をかけた。私は、今の武騎手くらいのときから頭頂部の髪が減りはじめ、その何年も前から理容室で髪を切るたびにカラーリングと称する白髪染めをしている。驚いたことに、武騎手はまったく白髪染めをしたことがないという。

「でも、ここに少しありますよ」と後頭部と鬢を指さしたが、あるうちに入らないほど微量である。もちろん、加齢臭などもない。

 前述した原稿に彼が衰えない理由をいくつも書いたが、要は、普通の55歳とは比較すべきでないほど、体が若いのだ。

 その彼は、今週末の凱旋門賞に、松島正昭オーナーが共同所有するアルリファーとのコンビで参戦する。これが11回目の同レース参戦となる。

「そろそろ勝ちたいね。チャンスはあると思いますよ」と武騎手。

「世界のヤハギ」こと矢作芳人調教師が管理し、弟子の坂井瑠星騎手が乗るシンエンペラーも有力馬の一頭だ。

「日本馬のワンツーもありそうですね」と私。

「いや、おれが乗るのは日本馬じゃない」

「ああ、そうか。失礼しました」

「結構みんな勘違いして、『今年はヨーロッパの馬が弱いからね』って言うんだけど、おれが乗るのはそのヨーロッパの馬やっちゅうねん(笑)。でも、おれの馬と坂井の馬のワンツー、本当にあるかもしれないですね」

 そんな話をしていると、武騎手が「あっ」と私の後方に目をやった。

 パリ五輪の馬術で日本勢として92年ぶりのメダルを獲得した「初老ジャパン」の戸本一真選手が立っていた。

 武騎手は「ぼくも今週、パリに行きます」と戸本選手に右手を差し出した。握手のあと、武騎手が首にメダルをかけて、戸本選手とのツーショットの撮影会となり、途中から中村均元調教師が加わった。

 前出の山本容子さんや、昨年度の馬事文化賞を受賞した写真家の岡田敦さん、日本中央競馬会運営審議会委員をつとめる女優の佐藤藍子さん、日本画家の宮下真理子さんともゆっくり話すことができ、楽しかった。佐藤さんも、武騎手同様、驚異的に若い。私が初めて話したのは12年前なのだが、あのころからほとんど変わっていない。アンチエイジングのためエステに通うなどはまったくしていないという。不公平だが、本当に年を取らない人も世の中にはいるのである。

 悲しいこともあった。「週刊競馬ブック」の連載「乗峯栄一の理想と妄想」などでおなじみの作家・乗峯栄一さんが9月25日に世を去った。69歳だった。私が初めて会ったのは、1996年、週刊誌で乗峯さんが競馬評論家の塩崎利雄さんと対談したときだった。その司会・構成を私がつとめたのだった。乗峯さんは、当時、スポニチに連載していた「乗峯栄一の賭け」の複勝コロガシで1000円を60万円以上にし、それをスッてしまったことで話題になった「時の人」だった。

「競馬マスコミ中途採用者のぼく」とか「武豊って歩くんや」「田原成貴、肉も食ってるな」など、独特の切り口と表現で多くの読者を楽しませる、天才的な書き手だった。楽しい人で、思い出すのは笑顔ばかりだ。2020年に亡くなったかなざわいっせいさんと同い年で、私より9歳(10学年)上。早すぎる。と言ってもせんないことだとわかっているが、どうしても言いたくなる。

 古井由吉さんが2020年2月、翌月にはかなざわさん、石川喬司さんが2023年7月、11月には伊集院静さん、今年8月には大崎善生さん、そして先月の乗峯さんと、ずっと意識し尊敬していた先輩方が旅立ってしまった。

 自分の文章のクオリティを見極められる厳しい目が減っていくのは間違いなくよくないことだが、これも言ってもせんないことだ。自分の順番が回ってくるまで、精進しつづけるしかない。

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