大人になった『アリス・イン・ワンダーランド』、ティム・バートンは“変節”したのか

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2024年10月18日 12:01  日刊サイゾー

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ティム・バートン(写真/Getty Imagesより)

 オタク出身の成功者のひとりに、ティム・バートン監督が挙げられます。子どもの頃は同世代の友達がおらず、怪奇映画のモンスターたちに感情移入して寂しさを紛らせていたそうです。日本の怪獣映画『ゴジラ』(1954年)が大好きだったことでも有名です。

 そんな少年期を過ごしたティム・バートン監督は、自伝色の強いファンタジー映画『シザーハンズ』(1990年)を成功させ、ハリウッドのヒットメーカーとなりました。10月18日(金)の『金曜ロードショー』は、ティム・バートン監督の代表作のひとつとなっている『アリス・イン・ワンダーランド』(2010年)を放映します。

 ティム・バートン監督の盟友ジョニー・デップが変わり者の帽子屋「マッドハッター」を演じ、世界興収は10億ドル以上、日本だけでも118億円という大ヒット作になっています。

真性のロリコンだった原作者ルイス・キャロル

 真性のロリコンだったルイス・キャロルの幻想小説『不思議の国のアリス』が原作です。ミア・ワシコウスカ(撮影時19歳)がアリスを演じた『アリス・イン・ワンダーランド』は、ディズニーアニメ『ふしぎの国のアリス』(1951年)の後日談という形になっています。子どもの頃に不思議の国に行ったことのあるアリスは、そのときの記憶を「夢だった」と思い込んでいます。大人になりかけているアリスは、再び変人だらけの異世界を訪れることになります。

 現実の大人の世界にはいろんなルールがあり、冒険好きなアリスは窮屈に感じられて仕方ありません。ダンスパーティに出席したアリスは、まるで気が合いそうにない大金持ちのボンボンから結婚を申し込まれてしまいます。『不思議の国のアリス』が執筆された19世紀の英国では、お金持ちの家に嫁ぐことが女性のいちばんの幸せだと信じられていました。常識に縛られるのはまっぴらごめんなアリスは、パーティー会場に現れた白ウサギを追いかけてその場から逃げ出してしまいます。

 ウサギ穴を潜り抜けると、そこは幼い頃に訪れたワンダーランドでした。かつては色彩豊かな陽気な世界だったのに、どこか様子がおかしいことに気づきます。マッドハッター(ジョニー・デップ)らお茶会のメンバーと再会したアリスは、その理由を知らされます。赤の女王(ヘレナ・ボナム・カーター)の恐怖政治によって、ワンダーランドは暗いアンハッピーな世界になっていたのでした。

 正義感の強いアリスは、赤の女王の妹である白の女王(アン・ハサウェイ)らの力を借りて、赤の女王がいる城へと向かい、対決に挑むのでした。

男性クリエイターが思い描く、理想の美少女像

 1898年に死去した原作者のルイス・キャロルは、生前から幼女好きで有名でした。生涯独身を通し、女の子たちのヌード写真をばんばん撮っていたことが知られています。今の時代なら即アウトです。小説のモデルになった実在のアリス・リデルをルイス・キャロルがカメラに収めた写真は今も残っています。確かにアリスはちょっと目を惹く美少女です。20歳も年下のアリスに、ルイス・キャロルは結婚を申し込み、当然ながら断られています。

 これまで『不思議の国のアリス』は、ディズニーアニメをはじめ何度も映画化されていますが、ほとんどの作品のアリスは、大人の男性が想像する「清くておおらかで、好奇心旺盛な」聖少女像として描かれているんじゃないでしょうか。宮崎駿アニメのヒロインに近いものがあります。男性クリエイターが思い描く「理想の美少女像」の冒険談だからこそ、繰り返し映像化されてきたように思います。

 ティム・バートンの映画界でのキャリアは、ディズニー社から始まりました。最も初期の短編映画『フランケンウィニー』(1984年)は、ディズニー社が制作費を出資しています。『アリス・イン・ワンダーランド』は、ティム・バートンにとって久々のディズニーへの帰還でした。大予算を与えられたティム・バートンは、大ヒット作『チャーリーとチョコレート工場』(2005年)を上回る、超ゴージャスな世界を創り出しています。

 ジョニデは相変わらずの変人ぶりだし、豪州出身のミア・ワシコウスカはハリウッドに迷い込んだ感があって、現代的なアリス像にうまく合っています。ルイス・キャロルが妄想した世界を、ティム・バートンは独自の色に染めています。

 でもね、ティム・バートン作品を昔から観て、親近感を抱いていたファンは、一抹の寂しさを『アリス・イン・ワンダーランド』には感じてしまうんですよ。

 ティム・バートンのファンは、『ビートルジュース』(1988年)や『マーズ・アタック!』(1996年)などのおかしな世界に夢中になったものです。ジョニデが主演した『エド・ウッド』(1994年)や『スリーピー・ホロウ』(1999年)は映画史に残る名作です。世間から理解されない者の哀しみが、スクリーンから痛いほど伝わってきました。その点、ディズニーに凱旋して制作した『アリス・イン・ワンダーランド』はゴージャスはゴージャスなんだけど、過去のティム・バートン作品の自己模倣に過ぎないんですよ。

 ティム・バートンが製作総指揮したストップモーションアニメ『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』(1993年)と違って、CGを多用しているのも違和感を抱いてしまう要因です。ティム・バートンっぽいけれど、かつてのティム・バートンとは違う作品に感じてしまいます。

 ストーリー的にも、これまでのティム・バートンとの違いが現れています。『シザーハンズ』の「ハサミ男」エドワードや『バットマン リターンズ』(1992年)のペンギンといった哀しみを背負ったモンスターたちに、観客は感情移入して号泣したものです。

 しかし、『アリス・イン・ワンダーランド』では、頭の大きなことがコンプレックスになっている赤の女王やアリスが戦う怪物のジャバウォッキーは、最初から最後まで悪役のまま。いかにもディズニー作品らしい、勧善懲悪の物語にまとめられています。

ヒットメーカーとなり、変節する人気監督たち

 同じように孤独な少年時代を過ごした人気映画監督に、スティーブン・スピルバーグがいます。『未知との遭遇』(1977年)や『E.T.』(1982年)で異星人に想いを寄せていたスピルバーグですが、すっかり大監督になって立場が変わります。トム・クルーズ主演のSF大作『宇宙戦争』(2005年)では、異星人を憎むべき侵略者として描いています。アポロ帽を脱いだスピルバーグには、なんだか裏切られた気がしたものです。

 ティム・バートンの場合、作風が大きく変わった理由として、家庭を持ち、父親になったことが指摘されています。『PLANET OF THE APES/猿の惑星』(2001年)をきっかけに、ティム・バートンは英国の演技派女優ヘレナ・ボナム・カーターとの交際を始めました。正式に結婚することはなかったものの、2人の間には一男一女が誕生しています。我が子が観ても安心なディズニー映画を、子煩悩な父親になったティム・バートンはつくったわけです。

 孤独なオタク少年だったティム・バートンは、映画界のヒットメーカーとなり、家庭にも恵まれ、オタクではなくなってしまいました。劇中、アリスはワンダーランドの住人たちから「昔のアリスとは違う」と言われますが、それはティム・バートン自身のことだったのです。

交際相手のキラキラ度が、作品のバロメーター

 その後のティム・バートンは、かつての短編映画の長編リメイク作『フランケンウィニー』(2012年)やディズニーアニメの実写化『ダンボ』(2019年)など、あまりパッとしない作品を残すようになりました。

 このままティム・バートンは枯れちゃうのかな〜と思っていたのですが、久々のヒット作となったのが現在公開中の『ビートルジュース ビートルジュース』です。ウィノナ・ライダーやマイケル・キートンらが36年ぶりに、前作に続いて出演した同窓会的なホラーコメディです。キャストの中でひときわ目を惹くのは、ティム・バートン作品初参加となるモニカ・ベルッチです。つぎはぎだらけのコープスブライド姿が、モニカ・ベルッチの美しさをより際立たせています。

 出演女優がピカピカと輝いているときのティム・バートンは、演出も冴え渡っています。案の定、ヘレナ・ボナム・カーターと別れた後のティム・バートンは、モニカ・ベルッチと交際しているそうです。私生活での感情やテンションが、そのまま作品に反映されるのがティム・バートンの世界です。ある意味、とても自分に正直なクリエイターなんだなぁと思います。

 ヘレナ・ボナム・カーターが恐ろしい暴君を演じている『アリス・イン・ワンダーランド』も、ティム・バートンの当時の潜在意識がリアルに投影された作品なのかもしれません。

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