米国が1954年に太平洋ビキニ環礁で行った水爆実験で被ばくした遠洋マグロ漁船「第五福竜丸」の元船長筒井久吉(つつい・きゅうきち)さんが死去していたことが8日、分かった。第五福竜丸展示館(東京都江東区)によると、6月4日に名古屋市の自宅で老衰のため亡くなった。92歳。愛知県出身。
第五福竜丸は54年1月に静岡県の焼津港から出港した。当初の船長が急病で船を降りたため、筒井さんが急きょ船長を務めた。被ばく当時は22歳だった。船には乗組員が23人いたが、同展示館によると、筒井さんの死去により、残る生存者は1人になったとみられる。
船は同年3月1日午前6時45分(現地時間)、マーシャル諸島ビキニ環礁で水爆「ブラボー」の実験に遭遇。23人全員が被ばくし、元無線長久保山愛吉さん=当時(40)=が約半年後に亡くなった。他の元乗組員もがんなどで相次ぎ亡くなったほか、生存者も偏見や差別に苦しんできた。