「解雇を受け入れたら、お金がもらえる」 解雇規制の緩和、日本で実現するか?

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2024年11月13日 09:11  ITmedia ビジネスオンライン

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解雇規制の緩和、日本で実現できる?

 自民党総裁選に際し、立候補した政治家の一部が「金銭解雇も含めた解雇規制の緩和検討」に意欲を示したことが話題となった。


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 「解雇を受け入れる代わりに、労働者が金銭を受け取る『金銭解決制度』の導入を検討」という内容で、解雇にまつわる明確なルールが定められていない現状から脱却でき、労使双方にとってメリットを実感できる仕組みともなり得る話だ。


 筆者も「解雇の金銭解決制度」については大いに賛成だ。今回は「日本におけるクビの種類」「簡単にクビにできないと思われている、日本の解雇規制に関する誤解と実態」「解雇を金銭解決できるメリット」の3点について解説していく。


●日本における「クビ」の4つのパターン


 わが国において解雇(クビ)は、その原因別に大きく「整理解雇」「懲戒解雇」「普通解雇」の3種類が存在する。


・整理解雇:経営不振による合理化など、経営上の理由に基づく人員整理として行われる解雇。「リストラ」とも呼ばれる。他2つの解雇とは異なり、従業員側に直接的な落ち度はない。


・懲戒解雇:会社の規律や秩序に違反した従業員に対する懲戒処分としての解雇。違反理由としては「犯罪行為」「職場の規律違反」「業務命令違反」「機密漏洩」などがあり、懲戒処分としては、戒告、譴責、減給、停職などがある。懲戒解雇はこれら懲戒処分のうち最も重いものである。


・普通解雇:上記以外の理由で、従業員側の「勤務成績不良」「能力不足」「協調性の欠如」といった、就業規則に定める解雇事由に基づいて行われる解雇。


 これらはいずれも会社側が一方的に契約解除を通告するものだが、似ているようで異なるものとして「退職勧奨」という手続が存在する。


・退職勧奨:会社側が、退職してほしい従業員と個別に交渉して、自主退職を促すこと。会社からの一方的な処分ではなく、本人の合意があって初めて成立する。


●簡単にはクビにできない? 「日本の解雇規制は厳しい」は本当か


 映画やマンガでは、ヘマをした部下に対して上司や経営者が「お前はクビだ!」などと宣告する場面をよく見かける。しかし、これができるのはあくまでフィクションの世界や、日本とは法律が異なる海外の話。わが国ではそう簡単に、従業員のクビを切ることはできない。


 労働者の雇用は手厚く守られている。実際「日本は海外に比べて解雇規制が厳しい」「従業員のクビを切るのは法律違反だからダメ」と認識されている方も少なくないだろう。


 しかし、そういった一般的な認識とは裏腹に、実はわが国の解雇規制は世界的に見ると「弱い方」だ。OECD諸国で比較した場合、日本は解雇規制が弱い方から11番目。米国より厳しく、欧州諸国より弱い、という位置付けなのである。


 実はわが国において解雇を直接的に制限する法律といえば、労働契約法第16条(解雇権濫用禁止)くらいしか存在しない。つまり「禁止」ではなく、あくまで「制限」なのだ。


労働契約法第16条 


解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。


 それどころか、民法では「期間の定めのない雇用契約はいつでも解約の申し入れをすることができる」(民法第627条)との規定があるし、労働基準法第20条でも「30日前に予告するか、解雇予告手当を払えば、従業員は解雇できる」と書いてある。つまり「解雇予告手当1カ月分を払えば自由にクビできる」とも読める。


 法律の条文だけを見る限り、わが国において解雇が厳しく規制されているようには見えない。しかし、これは「あくまで法律上は」という建前上の話に過ぎない。実質的に、わが国には法律とは別にもう一つのルールが存在する。それが「判例」、すなわち「裁判で解雇が無効だと判断された事例」である。


 これまで不当解雇にまつわる裁判が数多く行われ、個々のケースについて有効か無効かが判断されてきたという「歴史の積み重ね」がある。それらの判例が法理として現行の「整理解雇の4要件」となっている。


1. 人員整理の必要性


2. 解雇回避努力義務の履行


3. 被解雇者選定の合理性


4. 解雇手続きの妥当性


 ということで実際は、過去の判例とこの4要件により、根拠ある合理的理由がなければ解雇は無効となってしまう。この「解雇が合法的に成立するための要件」認定は極めて厳しく、「実質的に解雇が有効になるケースはごく稀(まれ)である」というのが現状なのだ。


 したがって「日本は解雇規制が厳しい」と言われているのは「解雇を規制する法律がガチガチに固められていて、解雇したら即ペナルティが課せられる」といった意味ではない。「解雇自体はできるが、もしそれが裁判になった場合、解雇無効と判断されるケースがきわめて多いため、実質的には解雇が困難」という表現がより実態を正確に表していると言えるだろう。


●矛盾? なぜ、外資系企業や中小企業ではクビが発生するのか


 ここで1つの疑問が浮かぶ。「日本において解雇は相当困難なように思えるが、なぜか外資系企業や中小企業は普通に従業員を解雇している。ダブルスタンダードなのでは?」というものだ。


 答えはシンプルで、大企業の場合は「雇用を守る」=「社会的責任を果たす」こととされており、世間や株主、メディアなどによる監視が厳しい。またどうしても仕事がフィットしなくとも、大企業であれば再教育や配置転換、転籍や出向など、なんらかの形で継続雇用を可能とする手段も比較的豊富に持ち合わせている。


 それだけ雇用維持へのプレッシャーが大きい分、いざ解雇となった際にはレピュテーション(評判)低下などイメージ悪化リスクが大きい。さらに訴訟になった際には比較的多額の解決金獲得が見込めるので、労働系弁護士や外部の合同労働組合(ユニオン)も被害者を積極的に支援することも考えられる。


 大企業の場合は解雇に対して受けるダメージが比較的大きくなるため、そこまでのリスクを負ってまで解雇に踏み切ろうとはしないのだ。


 一方で外資系企業の場合、クビに見えても実際は、割増退職金など好条件を提示し、対象となる従業員との個別合意を取り付ける「退職勧奨」が中心だ。従業員側も失職リスクは想定したうえで入社しており、裁判で余計な金と時間とエネルギーを費やすよりも、好条件を提示されているうちにサッサと自主退職して次の会社に移ることが一般的であるため、そもそも訴訟にまで至らない、というケースが多い。


 中小企業の場合はまた事情が異なる。そもそも株主も法務も人事も実質的に経営者が兼ねていることが多いため、第三者によるチェックが機能しないまま「社長がクビといったらクビ」になるケースが多い。また中小企業の労務トラブルには大企業ほどのニュース価値はないため、解雇したところでメディア報道されることもなく、レピュテーション低下リスクを恐れる必要もない。


 仮に裁判で勝っても大企業ほどの解決金獲得は期待できないため、同程度の労力がかかるなら、労働系弁護士やユニオンも中小企業の解雇被害者支援への優先順位は低くなりがちだ。


 このように、多くの外資系企業や中小企業の場合、解雇したところで訴訟にまで至ることが少ないため、「解雇してそのまま終わり」のように見えてしまうというわけだ。


●わが国の「解雇」対応は、時代に合っているのか?


 現在の解雇の在り方は、深刻な人手不足に陥っている日本が目指すべき方向にブレーキをかけてしまっていると筆者は考えている。優秀人材は待っているだけでは到底採用できないため、グローバル市場から積極的に誘引することが求められる時代だが、現在の解雇の在り方は人材流動性を低下させてしまう可能性がある。採用後のミスマッチ発覚や、急激な市況・業績変化に対応できないからだ。


 「解雇したら訴えられ、解決金支払いやレピュテーション低下などのトラブルになる」ことがほぼ確定している場合、雇用側にとって採用はリスク要因となり、高い報酬を設定すること自体を躊躇(ちゅうちょ)してしまうことにもなりかねない。


 そうなると、必然的に「絶対に間違いない人しか採用しない」こととなり、人手不足にもかかわらず採用ハードルは上げざるを得なくなる。具体的には、精緻な書類(履歴書、職務経歴書、エントリーシートなど)を書かせ、適性試験を受けさせ、何度も面接を経る過程の中で「当社のメンバーとして迎え入れるに相応しい人物か」を精査するわけだが、明らかに応募者にとっても選考側にとっても負担である。もちろん、人材流動性は低くなる一方だ。


 一方で解雇となっても法廷闘争まで至ることなく、「お互い相性が良くなかったね」程度でお別れできれば、必然的に入社時の選考ハードルは下がり、人材流動性は高まることだろう。そうなれば、一時的かもしれないが成長産業に優秀人材が集まりやすくなり、経済成長も期待できる。


 また、日本企業で給料が上がりにくい一因は「人員ニーズがなくなってもクビにできず、社内で雇い続けないといけない」ところにある。逆に考えれば「ニーズがなくなったらクビにできるので、ニーズが大きいうちは給料を上げられる」、すなわち従業員の給料アップにつながるのだ。


 こんな主張をすると、「社員をクビにするような悪徳経営者が、給料を上げようなんて考えるわけがないだろ!」と反論する方が出てくるが、それはあまりに経営者を敵視しすぎ、経営を単純に考えすぎだろう。


 今やどの業界も人手不足であり、事業に貢献できる人材は世界規模で獲得競争の渦中にある。競合他社より給料を上げるだけで優秀人材が来てくれるなら、喜んで給料を弾むと考える経営者は少なくない。


 ただ先述のとおり、現行ではいったんメンバーとして迎え入れた以上、その後「長期的に雇い続けないといけない」プレッシャーがあるため、給料を上げる制約条件になっているだけなのだ。


 そして正規雇用と非正規雇用における待遇格差問題も、突き詰めれば「クビにしやすいか否か」に帰結する。クビにしやすくなれば、もはや待遇差どころか「身分格差」となっている非正規雇用問題も解消するだろう。


 さらには、クビにできやすくなれば不幸な「就職氷河期」もなくなるはずだ。過去記事でも言及したとおり、就職氷河期が生まれた原因は、景気後退期でも既存社員を簡単にクビにできなかったため、雇用調整手段として「新卒採用を極端に絞り込む」という手段を採ってしまったからだ(過去記事:「どうすれば就職氷河期を回避できた? 今も残る『元凶』」、「結局、就職氷河期とは何だったのか? その背景と今に続く深い傷跡」)。


 大企業の決算が発表されるたびに「内部留保が多すぎる! 給料アップに回せ!」と批判する人が現れる。内部留保(利益剰余金)は過去に稼いだ利益の蓄積であり、人件費や税金などを支払った後に残ったものであるから、そこからさらに給料に回すことはできない。そもそもなぜ企業が内部留保を厚くしたがるかといえば、急な景気後退や天災など、不測の事態が発生しても、雇用を守り抜くためのリスクヘッジとして必要だからだ。


 すなわち、クビにしやすくなれば必要以上の内部留保は不要となり、事業投資など成長に資する方面に資金を活用できる。


 労使双方にここまでのメリットがある解雇規制緩和だが、その一方で「雇用の流動性を高めるためにも解雇をしやすくしよう!」などと提言すれば大きな反発を受けてしまうのは確実。そこで現実的な解決策として最適なのが、まさに今般議論となっている「解雇の金銭解決」制度の導入なのである。


●「解雇の金銭解決」は、誰にどんなメリットがあるのか


 現在わが国では、解雇を金銭解決できる制度が存在しない。そのため、会社から不当解雇された人が裁判で争う際には、いくら会社に愛想を尽かしていて復職したくなくても、「解雇は無効だから復職したい」と主張するしか方法がないのだ。


 会社側としてもいったん解雇した人物を復職させる気はなく、解雇の撤回もしたくない。ではどうするかといえば、お互いにとってあまり意味のない「復職」をテーマに裁判し、その妥協点として「退職する代わりに解決金を獲得する」という方向に持っていくしかない。実に不自由な状態なのである。


 ここで「解雇の金銭解決」を制度として正式に導入できれば、そんな不毛なやりとりをしなくても済む。それも、わざわざゼロから制度構築する必要もない。現行の労働契約法16条に追加で「解雇に際し、使用者が対象労働者の賃金○カ月分以上に相当する金銭を支払った際は、その解雇は客観的な合理性を有し、社会通念上相当であるとみなす」といった一文を入れるだけでいいはずだ。


 解雇の金銭解決制度の導入は、裁判で要する余計な時間と弁護士費用、そして肉体的&精神的エネルギーなど全てを省略できる。労働者側にも企業側にもメリットのある制度といえるのではないだろうか。


(新田龍、働き方改革総合研究所株式会社 代表取締役)



このニュースに関するつぶやき

  • ホイホイと解雇できるシステム作っても、労働力の流動化なんて起こらないし、人手不足は解消しないよ。いくら賃金が高くても、そもそも仕事の魅力がない会社や魅力のない会社に誰も勤めたくないのは変わらない。
    • イイネ!3
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