<最新作「本心」公開…石井裕也監督が語る人間とAI>前編
石井裕也監督(41)が、公開中の最新作「本心」で、ますます日常生活に浸透するAIの持つ危うさを世の中に問いかけた。亡くなった母の本心を知りたくて、仮想空間上にAIで母を作った主人公を池松壮亮(34)が演じる。石井監督は「不確かな人間の記憶より、全ての情報をディープラーニングしたAIが優れているという人が大勢になった時、人間の立場、尊厳が脅かされ、毀損(きそん)される」と指摘。「そのことへの対策、準備は特に日本人にはできていないと思います」と警鐘を鳴らした。3回連載の第1回は「本心」製作の経緯と、劇中でも描いた人間がAIに対して不安、恐怖を抱くべき、本質について。
始まりは、コロナ禍真っただ中の2020年(令2)12月だった。同年夏に作家・平野啓一郎氏の同名小説を読んで衝撃を受け、映画化を決意した池松から「これ、読んでください」と一読を勧められた。読んでいる最中に「すごいね。絶対にやろう」と即断した。
「本心」は、池松演じる石川朔也が同居中の母秋子(田中裕子)から仕事中に電話がかかってきて「帰ったら大切な話をしたい」と告げられる。帰宅を急ぐ中、豪雨で氾濫した川べりにいた母が川に落ちるのを見て飛び込むも、重傷を負い1年間も昏睡(こんすい)状態に陥る。目が覚めた時、母は亡くなっていたが生前「自由死」を選択していたと聞かされる。そんな中、仮想空間上に任意の人間を作る「VF(バーチャル・フィギュア)」の存在を知る。「母は何を伝えたかったのか? どうして死を望んでいたのか?」などと整理がつかない思いを解消したく、なけなしの貯金を費やして開発者の野崎(妻夫木聡)に「母を作ってほしい」と依頼する。
池松から「本心」について話を持ちかけられた20年に、“問題作”と称されることが必至の映画化の企画が動いていた。相模原市で16年に起きた障がい者殺傷事件をモチーフにした作家・辺見庸氏の小説を映画化した「月」である。石井監督は「月」と「本心」が地続きであると口にした。
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「完全に地続きです。『月』では、障がいのある方、施設の入所者の尊厳、人間性が毀損(きそん)されていく。しかも、見たことがない塀の中の状況を見せたのだとしたら、『本心』で描いたのは尊厳、人間性が毀損(きそん)されるのは、実は人ごとでは全くなくて、いつでも我々が毀損(きそん)される側に、しかも一夜にしてなってしまうということ。SNSでの発言で炎上し、一夜にして職を失う人もいるし、逆に英雄になる人も、いないことはない…そうしたネット社会の危なさを踏まえた上で、いつ何時、自分たち人間性、尊厳が毀損(きそん)され、脅かされるかも知れないということを描いた」
撮影は23年夏に行われ、今年7月に関係者、メディア向けの先行試写が都内で行われた。試写後、場内には沈黙が広がり、得も言われぬ空気が漂った。足早に会場を後にする人も少なくない中、居残った数人の間の感想も賛否両論、真っ二つに分かれた。否の声の中で印象的だった言葉は「石井裕也という作家は、とにかく作品で何かを突きつけてくるが『本心』の突きつけ方は、これまでになくきつい」というものだった。その声を伝えると、同監督は口元に笑みを浮かべた。
「それは、うれしいですね。僕も原作を読んでいなくて、こういうものを見せられたら当然、拒絶反応が出る。それは、生理的なものだと思うんですけど、自分の心を守るために発動されるものなんですよ。でも、残念ながら僕が予言したわけじゃなく、それ(AIの日常への浸透という状況は)は既に来ているからこそ今、見たくないと言う人も当然いるだろうし、恐怖を抱くのは、ある意味、正常な反応だと思います」
石井監督は人間がAIに対して不安、恐怖を抱くべき、本質を指摘する。
「例えば、医療での用途でAIを用いたり、スマートフォンで検索できるのは便利です。AIが浸透、発展していくことに関し、それは当たり前だし、そうなるよねと皆、当たり前の顔をして許容の姿勢を取っていますけど…問題は便利さとか頭の良さとか人間の知能を超えるとか、そういうことじゃなくて、そうなった時の人間の心のありようなんですよ。AIの恐怖は、人間の知能を超えて暴走するというところに一点集約されていると思うんですけど、立場、尊厳、存在が多分、僕たちが想像していない形で脅かされるのは、間違いないと思います」
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第2回は、AIが日常に普及、浸透していけば、いくほど問われていく、人間の存在価値について。(続く)【村上幸将】
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