バイデン米大統領によるロシア本土への長距離兵器での攻撃許可や、ゼレンスキー大統領の停戦交渉など、目まぐるしく変わるウクライナの戦況。米国在住で、欧州各地にミリタリービジネスに赴く元米陸軍情報将校の飯柴智亮氏に、ウクライナ戦争の「出口」がどこにあるのかについて分析していただいた。
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まず、ウクライナ周辺国の状況はどうなっているのだろうか?
「ハンガリーはウクライナが嫌いなので、早くウクライナが負けて戦争が終結して欲しいと考えています。しかし、ウクライナの負けが込んでロシアと国境を直接接するような事態は望んでいません。
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逆にポーランドは、ロシアは大嫌いなので、ウクライナ支援に一生懸命です。この国は縦深防御が不可能な真っ平らな地形だからです。一度、ロシア軍(以下、露軍)に突破されたら止められません。だから、隣国のウクライナで露軍を止めたいのです
そして、ルーマニアは今は様子見です。しかし、この国にある米国大使館は、なぜか3000m滑走路を持つ空港の隣に位置している。さらに、まるで要塞のようなつくりになっています。これはウクライナに何か発生した時に、米軍がまずここに展開するための布石なのです」(飯柴氏)
次は、ウクライナ支援の鍵となる「NATO大国」の英仏独だ。
11月14日、ボリス・ジョンソン元英首相が、「トランプ米次期大統領がウクライナへの支援を減らすならば、イギリスが軍隊を送る必要がある」と発言。仮に米が完璧にウクライナ支援から手を引いた場合、NATO大国である英仏独がウクライナに派兵するのだろうか?
「派兵はしません。ウクライナはNATOのメンバーではないからです。ただ、軍隊、特に陸軍は直接戦闘を行なう他に、戦闘を直接、または間接的に支援する方法があります。
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中でも間接的に支援するコンバットサービスサポート(CS)を行なう可能性は大いにあります。この場合は、軍事産業の関係者(ほぼ100%元軍人)を派遣することになるでしょう」(飯柴氏)
もし停戦をするとしたら、英仏独はどんな形を望んでいるのだろう?
「三国の思惑が交差しますから、ひとつの形になるのは難しいです。
まず仏はロシアを押えておきたいので、自国の利益のためにウクライナを支援しつつ、なるべくウクライナに有利な停戦条件になるようにします。しかし、それはウクライナのためではなく、あくまで自国のためです。
独も仏と似たような感じです。その証に2022年6月、仏独伊の首相が同時にウクライナ訪問しています。これはやはり、国益が一致しているからだと思われます。
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そして英国は、仏独と少し違います。ヨーロッパを安定させることが自国の国益ですから、そのように持って行きます。
その辺りは米国の国益と一致しています。今年の9月にアントニー・J・プリンケン米国務長官とデイビッド・ラミー英外相がウクライナを訪問したのはそういう事です。ウクライナにとって、多少不利な条件でもさっさと停戦して欲しいのは、トランプ米次期大統領になった今でも根本的には同じと思います。
そして、英仏は依然として核兵器体系を持ち、国連で拒否権を持っている大国です」(飯柴氏)
そして最後にNATO、ウクライナの後ろ盾になっている米国だ。
「1月20日から、そのトップがトランプに代わります。トランプは以前から、ウクライナが自前で兵器を揃えて自分で守れと言っています。しかし、ウクライナがいま戦っている露軍の戦い方に関しては、私は疑問を抱いています」(飯柴氏)
いまその露軍は、一日1000人の戦死傷者を出しながら、進撃速度は鈍いが確実に前進している。かつて旧ソ連軍は3000万人を犠牲にして、ナチスドイツに勝った。それと同じ戦法を取っているように見える。この露軍の戦い方は、元米陸軍将校の視点からはどう見えているのだろうか?
「人命を盾にして、人命の損害を出しながら、攻撃を続ける戦法に長(た)けているのが今の露軍です。正直、元米軍人としては、露軍のやり方はあまり理解できません。米国では戦死者が出たら、遺族にすさまじい額の補償を出さなければならない。米軍はそれにお金をかけたくないので、戦死者をできる限り出さない作戦で戦います。
一方で、露軍は高額の給料、さらには有罪を無罪にする、借金をチャラにするなど、メリットを与えて新兵募集しています。さらにその兵士に払う金が露国内に行き、金周りが良くなって、経済が良くなっています。これは米国とシステムが違うので、自分には理解ができませんね」(飯柴氏)
第二次世界大戦で特攻を繰り返す大日本帝国軍に対して、米軍が戸惑ったのと同じだ。この戦いを露軍はいつまで続けられるのだろうか。
「旧ソ連軍は、アフガンでは8年間戦争をやりました。ロシア人は米国人とは比べものにならない我慢強さを持っています。ウクライナはまだ3年目ですから継戦可能ですね」(飯柴氏)
さて、この戦争はどうしたら終わらせることができるのだろう?
「露軍は今、従来一日1000人均だった戦死傷者が一日2000人均に増加し、攻撃を激化させています。
しかし、一週間に確実に150㎢以上の領土を奪っています。そして、1月20日までにできる限り侵攻し、ロシアの領土を拡張することで、交渉を有利にしようとしています」(飯柴氏)
粗い試算をしてみる。今、露軍はウクライナ全土の27%を掌握している。残り44万㎢を一日150㎢奪還するペースだと、ちょうど56年かけて全土掌握が可能だ。しかし、その間の露軍戦死傷者数は約4088万人となり、第二次世界大戦の死傷者数を超える。
「ですが、そこに至るまでにウクライナ側の戦線が崩壊し、首都キーウが陥落すればその侵攻速度は雪崩と化し、一気にケリがつく可能性があります」(飯柴氏)
そうなれば、ナチスドイツ軍相手の時は3000万人の戦死者数だったが、対ウクライナ戦での584万人というすさまじい犠牲者数は少しは減るかもしれない。
「停戦の鍵は、トランプとプーチンです。しかし、1月21日に即時停戦となるかというと、実際は難しいと思います。
すると、トランプはプーチンにある条件を付けて、ディール(取引)を持ちかけているかもしれません。それは『あと2ヵ月はウクライナ支援を続けるが、その間に露軍はやれるだけやったらどうだ? ただしその後、すぐに停戦するのが条件だけどな』というものです。そして停戦後は、ロシアが再侵攻しない布陣をNATOで作ります」(飯柴氏)
しかし、プーチンは迎撃不可能な極超音速ミサイル「オレシュニク」を持っている。速度はマッハ11、6個の核弾頭の核兵器を持ち、NATO諸国のどこでも撃てるという状況だ。
「ただしこれは物理的な話です。その封じ込め対応、すなわちプーチンがそのミサイルを撃ちたくても撃たせない、心情的な話にします。そしてその策のヒントは、去る11月21日にルーマニアがF35を採用し、32機を装備したことにあります。
この決定に関しては、米国との間に何らかの裏取引もあったはずです。在ルーマニア米大使館についてはあまり広言されていませんが、先ほど言ったようにここは対露前線基地という意味合いがあります。大使館は建物というより、空港に隣接した軍事基地のようですしね」(飯柴氏)
F35Aは、8月28日にポーランドに初号機がロールアウトし、計32機配備。フィンランドには2026年から計65機の配備が始まり、2030年に揃う。また、チェコには24機が2031年までに配備される。
そして、このNATOのF35Aには付属品のようにレンタル核爆弾B61が付いてくる。その最新型B61-12は弾頭は熱核弾頭で、直径33.8cm、長さ360cm。核出力は調整可能で、最大340 kt(広島型原爆の出力は22kt)。2023年の時点で約100発のB61がベルギー、ドイツ、イタリア、オランダ、トルコにある。
「このNATOの核爆弾搭載のF35ステルス戦闘機を数百機揃えられると、それがロシアの極超音速核ミサイルの発射させずに再侵攻させないための布陣となります。つまりバランス・オブ・パワー理論です」(飯柴氏)
11月27日にトランプ次期米大統領は、ウクライナ戦争の早期終結のためにウクライナ・ロシア担当特使にキーン・ケロッグ陸軍退役中将を指名した。飯柴さんはケロッグ氏のことはご存じなのだろうか?
「もちろんです。知っているもなにも、82空挺師団の大先輩です。自分はそこの505歩兵連隊でしたが、ケロッグ中将は504歩兵連隊です。
空挺出身ですがレンジャースクールも卒業し、後にSF特殊部隊に所属しました、実戦に参加したCIB(戦闘歩兵徽章)を持つ歴戦の勇士です。戦争を誰よりも理解しているからこそ、トランプはこの特使に任命しました。ただし、御年80才と御高齢なのが気になります」(飯柴氏)
そして、米軍にはこのような思惑があるという。
「米軍の将軍が『今、太平洋で艦対空、地対空ミサイルが足りない』と言っていましたね。米国はウクライナに大金と大量の兵器を渡さず、対中国に照準を絞って戦う準備をしたい。そのために一刻でも早くウクライナ戦争を終わらせたいんですよ」(飯柴氏)
取材・文/小峯隆生