女性にドン引きされる「パーカーおじさん会社員」が増えた、ちょっと意外な背景

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2024年12月11日 06:21  ITmedia ビジネスオンライン

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職場でのパーカー着用はダメ?

 先日、日本全国の40歳以上の男性、いわゆる「おじさん」たちの間に衝撃が走った。


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 人気作家・妹尾ユウカ氏が『新R25』の公式YouTubeで、「40歳近くでパーカーとか着てるおじさんって結構おかしいと思うんですよ」などと発言したニュースが流れ、堀江貴文氏、ひろゆき氏など“有名パーカーおじさん”たちが反論したことで大バズりしたのだ。


 この炎上を受けて、「オレのファッション、若い子たちからそんな風に見られていたのかよ……」と傷ついたガラスのハートを持つ40〜50代も多いだろうが、実はこれは最近問題となっている「切り取り」だった。


 YouTubeを基にした『新R25』のインタビュー記事を読んでみると、妹尾氏はあくまで「ビジネスパーソン」としての立ち振る舞いについて語っている。職場で「おじさん」である自認がなく、「上や同世代とは合わないんだよね」と若者たちの“村”にズカズカと入り込んでくるおじさんに怒りを覚え、インタビューを受けている『新R25』の親会社サイバーエージェントのオフィスには、そういうおじさんが多いと指摘。その流れで「商談でもパーカーを着るおじさん」にダメ出しをしている。


 そう聞くとホッと胸をなで下ろす方もいるだろうが、一方で「ああ、もうピンポイントでオレのことじゃん」とかなりショックを受けて、立ち直れないおじさんもいるだろう。


 「部長のパーカー、イタいね。あれで若手に好かれると思っているところがキモいんだけど」なんて周囲から言われていると知ったら、どうなるか。地味にメンタルをやられて、これまで会社でヘビロテ(短期間に何度も着用すること)していたパーカーを、そっと部屋着にする「卒業組」もかなり現れるだろう。


●実は打たれ弱い日本の「おじさん」


 日本の40〜50代男性は、世界的に見ても自殺率がトップクラスという事実からも分かるように、「老害」「ジジイ」と叩かれることの多い「おじさん」はナイーブで打たれ弱いところもあるのだ。


 一方で、「逆差別」だと怒りに震える人も多い。もし男性の人気作家が「おばさんの自認がない40〜50代女性で、若い女の子みたいな格好をしている人って結構おかしいと思うんですよ。しかも、そういう人ってだいたいデブでしょ?」などとYouTubeで口走ろうものならば「撤回&謝罪」は間違いない。しかし、今回のケースで反論しているおじさんたちは「ちっちゃい男だな」「家がパーカー屋さんなの?」なんて小バカにされる始末だ。


 「そこはちょっとかわいそうだけれど、やっぱりいい歳こいたジジイが職場でパーカーってのはヘンだからやめたほうがいいよ。無理に若者ぶって痛々しいだけだもん」なんて厳しいご意見が飛んできそうだ。妹尾氏も炎上後、さらにSNSで「ジジイはパーカーでフラフラすな」と苦言を呈している。


 ただ、「職場のパーカーおじさん」を擁護するわけではないが、40〜50代のビジネスパーソンがパーカーを着用しているのは、なにも「若く見られたい」というイタい理由だけではない。


 実は「パーカーを着たほうが仕事がうまくいく」という非常に実利的な理由から着用している人々もいるのだ。


 それを象徴するのが、公正取引委員会の「パーカーおじさん」だろう。


 2024年10月、独占禁止法を運用するために設置された行政機関、公正取引委員会の職員有志が、自腹で白地のパーカーを製作した。正面には公取委の英語表記の頭文字である「JFTC」のロゴが入り、背中には公取委のキャラクター「どっきん」のイラストも入っている。


●エリート官僚があえて「パーカー」を着るワケ


 10月2日の公取委の定例会見には、今年61歳の藤本哲也事務総長もこのパーカーを着て現れている。では、なぜ東大法学部卒→大蔵省(当時)というピカピカのエリート官僚がパーカーを着てフラフラしているのかというと、「仕事」のためだ。


 公正取引委員会は、アップルやアマゾンをはじめとした巨大IT企業の規制も担当している。そういったテック業界の担当者と勉強会やセミナーなどイベントで会って意見交換をするとき、普段の背広姿では規制する側と、される側という立場が鮮明になって、「溝」がさらに深まってしまう。


 そこで「パーカー」の出番というわけだ。


 IT系のスタートアップや大手IT企業にお勤めの方、取引をしている人はなんとなく思い当たるだろうが、テック業界ではパーカーの着用率がかなり高い。だから、規制をする公取委としては、地方自治体がイベントなどでよくつくるTシャツやウインドブレーカーなどではなく、「パーカー」をチョイスしたのだ。


 さて、ここで一つの疑問が浮かぶ。なぜテック業界はパーカー率が高いのか。よく言われるのが、米シリコンバレーで「自由な発想」「仕事への集中」を意味する定番ファッションということだ。そこに加えて、この業界を代表する人物の「シンボル」という点も大きい。


 カンのいい方はお気付きだろう。フェイスブック(現・メタ)の創業者であるマーク・ザッカーバーグ氏だ。


 ザッカーバーグ氏は「仕事以外の決断の数を減らすため」に、同じような服を着るというルーティンが有名だ。そのワードローブの中心にパーカーがある。2016年にSNSで「明日は何を着て行くべきかな?」というコメントとともに、自身のクローゼットを公開、そこには同じグレーのパーカーがずらりと並んでいた。


 ちなみに当時、ザッカーバーグ氏のお気に入りのパーカーといわれたのは、イタリアの高級ブランド「ブルネロ・クチネリ(Brunello Cucinelli)」。日本円で軽く10万円以上するものだ。


●世界のファッショントレンドにも


 このザッカーバーグ氏のファッションルーティンが世界中に発信されたことで、さまざまな国、業界、業種でパーカー姿で仕事をするビジネスパーソンが増えた。


 もちろん、そこには「仕事以外の決断を排除する」ということで、ユニクロやチャンピオンのパーカーを着る人もいれば、ザッカーバーグ氏のように「成功者のオフィスカジュアル」として、「バレンシアガ(Balenciaga)」などのハイブランドのパーカーを身に付ける人もいる。だが、両者に共通しているのは「決して若者に迎合をしているわけではない」ということだ。


 このテック業界がけん引した「パーカーのビジネスファッション化」のトレンドが、コロナ禍でのリモートワークの浸透が追い風となって、さらに世界に広がっている。それがよく分かるのが、市場調査を行っているマーケットリサーチインテレクトのリポート「パーカー革命:世界のパーカー市場の急速な成長を理解する」だ。


 このリポートでは、世界のパーカー市場についてこんな分析をしている。


「カジュアルで快適な服装が標準となる社会規範の変化も、世界的にパーカーの売り上げを押し上げています」


「パーカーはもはやストリートウエアに限定されません。これらはファッションの主流となり、カジュアルウエアからハイエンドのファッションラインまで、あらゆる年齢層やスタイルで着用されています」


 つまり、妹尾氏が主張している「ジジイはパーカーでフラフラすな」というのは、世界のファッションビジネスのトレンドからすると、やや異なっているようなのだ。


●業種・業界別の違いもある


 「世界なんて知るか! そもそもオレの職場でパーカーを着るような非常識なおっさんなんて1人もいないぞ!」というお叱りも飛んできそうだが、それもごもっともな指摘だ。


 ビジネスシーンでの常識やファッションセンスなんてものは、「一般論」で語られるものではなく、業種・業界で大きく変わる。つまり、これまで紹介してきたような「テック業界でのパーカーおじさん」と、妹尾氏が批判した「広告代理店のパーカーおじさん」では、その意味するところ、周囲の受け取り方が全く違うのである。


 分かりやすいのは、労働政策研究・研修機構が実施している調査だ。


 2024年8月の調査によると、さまざまな業界でドレスコードを廃止し、「服装や髪形はカジュアル化」が進んでいるという。その一例を引用しよう。


【電機】のA社では服装について、コミュニケーションの活性化や柔軟なアイデアの創出、健康意識・ウェルビーイング向上を目的とし、TPOに合わせて自身で判断する取り組みを導入した。その結果、「業務外も含めたコミュニケーションの機会創出、快適さの向上による仕事の効率向上等のプラスの効果が見られている」という。


【コンビニ】の業界団体モニターによると、会員企業の中には、服装をカジュアル化したうえで、来客・訪問等は各自の判断での対応としている企業が複数ある。その結果として「発想が自由になる」「職場内が明るくなった」などの声もあり、特に若い職員から好評を博している。


 このような事例だけを見れば、「そっか、発想が自由になるなら、うちもザッカーバーグみたいなパーカー出社もアリにするか」と思ってしまう人もいるかもしれない。しかし、「オフィスカジュアル」の線引きも多種多様だ。


●結局「職場のパーカーおじさん」はセーフかアウトか


 経営・組織コンサルティングを展開する識学(東京都品川区)が2024年2月、20〜50代のビジネスパーソンを対象に「職場の服装に関する調査」を行った。「職場の服装についてどこまで許容できるか」と質問したところ、「スーツではない服装」までは66.0%がセーフとしながらも、「柄アリの半袖Tシャツ」は25.0%、「パーカー」は21.7%にとどまった。


 つまり、テック業界など業種を限定せず、「ビジネスパーソン」という大きなくくりで調査をすれば、「ジジイがパーカー着てフラフラすんな」という妹尾氏の主張のほうが「ビジネスの常識」だ。


 結局のところ「職場のパーカーおじさん」はセーフかアウトかという議論は、「業種・業界、その企業のカルチャーによる」という結論にしかならないのだ。


 われわれは、どうしても複雑な議論を単純な話にしてしまいがちだ。なぜかというと、「こっちは正義で、あっちは悪」のような単純明快なストーリーのほうが聞いていて気持ちがいいし、感情移入しやすいからだ。


 特に人々がのめり込むのが、「自分と思想・価値観の異なる他者を攻撃する」コンテンツだ。SNSでも「パーカーおじさんはキモい」「おじさんのパーカーを否定するような女は心が狭い」などシンプルなののしり合いのほうがバズる。


 ネットニュースも多くの読者に読んでもらって、ビジネスを安定的に維持していくには、どうしてもそっちへ誘導せざるを得ない。


●大切なのはレッテルを貼らないこと


 そのような「無作為の扇動」があふれている現代社会で大切なのは、「あいつはパーカーを着ているから、イタいおじさんだな」といった「雑」な決めつけ、レッテル貼りをしないことだ。それが酷(ひど)くなると、職場だけではなく社会の深刻な分断を招いてしまう。


 「職場でパーカを着ているジジイ」にも十人十色さまざまな事情や考えがある。その逆に「パーカーを着たジジイを批判する人々」にも、さまざまな事情や考えがある。人間というのは、そんなに簡単にカテゴリー分けできない複雑な生き物なのだ。


 皆さんも外国人インフルエンサーが「オレの知っている日本人ってのは、だいたいこんな感じだよ」なんて偉そうに論じて世界的にバズっていたら、いい思いがしないだろう。そして、心の中でこう叫ぶはずだ。


 「日本人とどれだけ付き合ったか知らねえけど、全てを理解したようになるんだな」


 ただ、こういう「決めつけ」「雑」な主張をすればするほどバズるという現実もある。ビジネスパーソンの皆さんも、ネットやSNSでの情報収集には、ぜひお気を付けいただきたい。


(窪田順生)



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  • TPOをわきまえた格好をしろ、ならば納得できる。おじさんおばさんと言い立てるのはムカつく。
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