正直に言うと、鈴木彩艶の加入時、パルマは「不信」という名の空気に包まれていた。「不信」という表現が強すぎるなら「慎重」、もしくは「疑問」と言ってもいい。
この空気は、クラブ側が醸し出したものではない。それどころかパルマ自体は、彼の獲得に、はっきりとした自信と明確な目論見を持っていたと言えよう。だからこそ年俸(ボーナスを含む)1000万ユーロ(約16億円)を支払うことを決めたのだ。ただし、ほかの選手に比べると、かなり控えめなムードのなかで迎えられたのは確かだ。「〇〇がやってきた!」といったような、到着を待ちわびる騒ぎはなかった。
それは決して彼が日本人だからではない。初の日本人プレーヤー、三浦知良がジェノアに来てからほぼ30年、イタリアサッカー界は日本人選手を評価することを学んできた。おそらく、パルマの人々が彩艶を戸惑いの目で見たのは「日本人」と「GK」という、イタリア人には見慣れない組み合わせに原因があったのだろう。
この夏に加入が決まってから、最も多く聞かれたサポーターの声をまとめると、こうなる。
「GKとは最もデリケートなポジションだ。それをなぜ、わざわざイタリアサッカーの"水"以外で育った選手に任せるのか?」
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それから数カ月がたった今、彩艶を取り巻く空気は、完全に変わった。彼は試合を重ねるたびにパルマの人々の信頼を勝ち取っていった。なぜなら、彼には掛け値なく才能があることを、誰もが理解したからだ。
なかでも人々が高く評価したのは、的確に守備陣を統率する才能、ゴール内での反応のよさ、そして何よりその勇敢さだった。必要ならば、ゴールマウスから飛び出すことも辞さない。もちろん、ミスもある。だが、それは彼の年齢と、初めてトップリーグでプレーするという事実を考えれば、当たり前のことだ。
ナポリ戦(8月31日)での退場は、多少、彼のイメージダウンにつながった。だが、たとえば今月のラツィオ戦(12月1日)では、ピッチ上で最高のパフォーマンスを見せた選手のひとりだった。また、昨シーズンのチャンピオン、インテルとの対決(12月6日)にパルマは1−3で敗れたが、ラウタロ・マルティネスに対するセーブは見事だった。彼がいなかったら、もっと大差をつけられていたろう。
パルマのファビオ・ペッキア監督は公の場で、何度も彩艶を称賛している。彼は彩艶を、チームを率いる存在であると見ているのだ。
【寿司レストランには行かない?】
ピッチでは多弁な彩艶だが、ロッカールームに入ると途端に言葉が少なくなってしまう。別にむっつりしているわけではないのだが、ワイワイと騒ぐ中心ではない。今のところ、一番仲がいいのはスイス人MFのシモン・ゾームで、試合前のキャンプでもルームメイトだ。
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パルマが練習を行なうコッレッキオのスポーツセンターでは、彩艶は「落ち着いていて、仕事熱心」として知られている。一番先に練習場に現れ、集団での練習が終わったあとは、ひとり黙々とジムで自主トレーニングをしている。
彼はマンチェスター・ユナイテッドやチェルシーといったプレミアリーグの花形チームからのオファーを断り、まずはベルギーのシント・トロイデンでプレーし、そしてイタリアの、決してビッグクラブではないパルマにやってきた。それは自分を成長するために、確実にプレーさせてくれるチームを選択したからだ。そこに彼の頭のよさが感じられる。
周囲のみんなが好意的に見ているのは、彼がイタリア到着初日から、イタリア語を話そうと努力をしていることも理由のひとつだ。チームメイトともイタリア語でコミュニケーションを図っている。今のパルマには実に17の国籍の選手がいて、もしかしたら英語を使ったほうが楽かもしれない。それでも彼は、一生懸命イタリア語でしゃべろうとしている。その姿勢はチームにとっても、ファンにとってもうれしいものだ。
パルマという町は、ヨーロッパのサッカーに挑戦する選手にとっては理想的であると思う。彩艶はその中心部に住んでいるが、町は静かで落ち着いていてコンパクト。人は温かく、サッカー的にも特に大きなプレッシャーはなく、食べ物はおいしい(パルマがあるエミリア・ロマーニャは美食の土地として有名。パルメザンチーズや生ハムもパルマの名産品だ)。
食べ物といえば、彩艶にはすでに行きつけのレストランがいくつかある。ある店の店主よると、彼のお気に入りのメニューはスパゲッティ、そしてパルマ名産のトルテッリ(中に肉やチーズなどの詰め物をしたパスタ)だそうだ。パルマには寿司を食べさせるレストランもあるが、チームメイトに誘われても、彼は行かないのだという。イタリアナイズされた寿司を食べるのは怖いらしい。
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【「かなりの伸びしろを感じる」】
それよりも彼に日本を思い出させるのはコーチたちだろう。監督のペッキア、アスレティックコーチ(フィジカルトレーナー)のマルコ・アントニオ・フェッローネ、そしてGKコーチのヴィスコンティ・ヴァレーリオの3人は、2018−19に日本のアビスパ福岡に所属していた経験がある。彼らは時に、日本語を交えて彩艶に話しかけてくるそうだ。そのことに彩艶は感謝しているし、なにより彼らが彩艶を気にかけ、評価している証拠でもある。
今後の見通しはかなり明るいと、筆者は思う。この調子で、地に足をつけプレーを続けていけるだろう。それは決して私だけの意見ではない。現在のパルマGKをどう見るか、私は彼の先輩にあたるマルコ・バロッタに尋ねてみた。90年代前半にパルマにカップウィナーズカップとUEFAスーパーカップというタイトルをもたらした、チームの歴史に名を残すGKのひとりだ。バロッタは喜んで彩艶について語ってくれた。
「彼のことは知らなかったし、最初、彼のパルマ加入の話を聞いた時は、正直、少し困惑した。イタリアにも優秀なGKはたくさんいるのに、なぜわざわざ日本人を......というのが率直な感想だった。しかし今、私の目の前にいるのは、信頼できる、反射神経も足さばきもすばらしいGKだ。
パルマがなぜわざわざ彼を獲得したのか、その理由は大いに納得できた。22歳と若いのに、すでに自分のスタイルも持っている。もちろん今後、成長しなければいけない点は多々あるけれど、彼ならばきっととそれができると思う。彼にはかなりの伸びしろを感じるよ」
現在(第15節終了時点)、パルマは14位。セリエA残留を確かなものにし、より上位を目指すためには、その活躍が必須となる。