キリン「晴れ風」が絶好調 “ビール好き”以外をどうやって取り込んだ?

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2024年12月15日 17:41  ITmedia ビジネスオンライン

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キリンビール マーケティング本部マーケティング部のビール類カテゴリー戦略担当の小澤啓介氏

 キリンビールが4月に発売した17年ぶりのスタンダードビールの新ブランド「晴れ風」の勢いが止まらない。販売好調を受けて7月に年間販売目標を300万ケースから550万ケースに上方修正。その後も順調に売れ続け11月13日には、その9割にあたる500万ケースを突破した。


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 なぜここまで売れたのか。同社マーケティング本部マーケティング部のビール類カテゴリー戦略担当の小澤啓介氏に話を聞いた。


●年代が下がるほど「ビール購入」の割合も低下 どう覆した?


 ビールを取り巻く環境は厳しい。博報堂買物研究所が2月に発表した「値上げ・物価高騰に関する生活者調査」によると、83.7%がアルコールを購入する際、節約を意識すると回答した。国税庁課税部酒税課が2022年3月に公表した「酒のしおり」を見ても、「酒類課税移出数量の推移」でビールの量が大きく減少。「ビールから低価格の発泡酒やチューハイ、ビールに類似した酒類(新ジャンル)に消費が移行している」と分析している。


 調査会社マクロミルが2022年に公表した「ビール消費に関する実態調査」では、Z世代(20〜27歳)でビールを購入したことがある男性は47%、女性は31%と、世代が下がるほど購入割合が低くなることが分かっている。


●飲みごたえと飲みやすさ 味の両立に苦心


 販売環境としてビール離れが起きている一方で、経営的には追い風も吹いている。2020年の酒税法の改正だ。改正以前は最も安い新ジャンルのビールとは49円の価格差があった。これが2023年には新ジャンルと発泡酒の価格差が16.36円に縮まり、2026年には酒税の価格差はなくなるのだ。小澤氏は「価格面で、顧客が狭義ビール(従来のビール)を買いやすい流れになってきています」とハンディが縮まった効果を認める。


 17年ぶりに狭義ビールの新商品を発売するにあたり、味には特にこだわったという。「これまで、飲みごたえと飲みやすさは両立しないと思われてきました。これは顧客の認識でもありましたし、業界の常識でもありました。もし両立できるバランスを見つけられれば、新しい価値提供になるので、そこに苦心しました」


 「今の若者は、ビールは苦いから飲まない」という声をよく聞く。キリンビールは2023年6月に「ビールを家庭で飲まない理由」という調査結果を明らかにした。その調査によると「味が好きではない」と「苦みがありそう」が、上から2番目と3番目に来ている。


 両立を目指すべく、テストは従来よりも多く繰り返した。新商品を開発するときのテストは、1回で10種類以上を試飲し、それを複数回、繰り返すそうだ。晴れ風は「それ以上の回数をやりました」といい、こうして今の味にたどり着いた。


 小澤氏は、晴れ風というユニークな名前の由来を明かす。


 「ビールを飲むときには、例えば『今まで仕事を頑張ったから、今日はみんなで居酒屋で乾杯する』というようなイメージがあったと思います。一方の新しいビールでは、晴れた空の下で気持ち良く飲んでほしかったのです。そのコンセプトを分かりやすく伝えられる名前を考えた際に『風』という単語があることに気が付きました」


 ターコイズブルーという絶妙な青さを缶の色に選んだ理由については「爽やかさを体現し、かつ店頭でお客さまの目にとめてもらえる色だからです」と話す。


●既存商品との“カニバリ”はないのか?


 キリンはビールのブランドとして「一番搾り」と「ラガービール」を擁する。今回の晴れ風はどういった位置付けなのか。


 「スタンダードビールとしては、晴れ風を、一番搾りに次ぐ、当社の第二の柱に育てていきたいと考えています。創業以来、ラガービールも代表的な商品として支持されていますので、ずっと残していきたいです。しかし物量として、世の中に広くお客さまにアプローチしていく観点では、一番搾りと晴れ風が大きな商品となります」


 この3つは缶の色が異なるものの、デザインはほぼ同じだ。カニバリゼーションが起こりそうなものだが「同じスタンダードビールなので一定程度は、そうなると考えていました。ただ、一番搾りとは異なる価値を感じていただけているので、(カニバリは)想定の範囲内にとどまっています」と話す。


●寄付という新しい価値を提供 定番化を目指す


 晴れ風では「晴れ風ACTION」という新しい取り組みを実施している。缶にはQRコードがついており、サイトにアクセスすると1回0.5円分の「晴れ風コイン」がもらえ、それを支援したい自治体に寄付できる仕組みだ。


 ビールと花火大会の相性がいいのは想像がつくと思うが、例えば花火大会は新型コロナ後、諸事情で中止となるケースも散見される。


 「花火大会が物価高騰で中止になったり、桜の木が老齢化して切り倒す必要があったりと、存続の危機を迎えている風物詩が少なくありません。新ビールとして何か恩返しがしたい思いがありました」と晴れ風の売上高の一部を寄付することによって日本の風物詩を守ろうとしているという。


 「もう1つ狙いがあります。若者などビールをあまり飲まない人に、ビールっていいなと思ってもらいたいのです。SDGsに関心の高い若者が、晴れ風を飲むだけで社会にちょっと良いことができて、明るく前向きな気持ちになってもらうことを狙いました」


 それを感じるのがXだ。「『どこどこに寄付しました』という寄付についての報告ツイートがあがったりするのです。ビールなんですけど、今までにない見方をされているのだなと感じています」


 「ちょっと私、いいことしたな」と思う人を多く作ることがLTV(顧客生涯価値)向上につながるとも考えているそうだ。「LTVを高めたり、長くお客さまにブランドを愛してもらったりするために社会貢献を担うことは、大きな意義があり、チャレンジだと思っています」


 結局のところ、マーケティングとしての社会貢献ではなく、ビール会社として社会貢献をしたいという発想が重要なのだろう。寄付金の分配方法については、自治体向けに公募し、1都道府県あたり1自治体を選定している。「各自治体からの応募内容や寄付金の使い道について、専門家が所属する事務局で精査して選びます。皆さんにそれぞれの思いを書いてもらっていますが、日本にはいろんな課題があるのだと実感しました」


 これまで桜と花火の支援をしてきた。今後もこの2つを長期的にしっかり支えていきたいと考えている。「単年だけお金の支援をしても、今年は花火大会をできたけど来年はできないといった事態になる可能性もあるからです」


●目黒蓮、今田美桜 ファンが自発的に広めてくれる


 この製品のアンバサダーとしてタレントの内村光良、天海祐希、目黒蓮、今田美桜の4人を起用した。発売前から、商品名を彼らの写真を使って巧みに隠すなど興味を引く宣伝活動をしてきたという。「新しい価値をお届けできる良い新ビールができたという自信があったので、発売までに顧客の期待をいかにして高められるかを考えた結果です」


 期待値を高めるということは、評価のハードルを上げることになる。そのリスクを負ったということかと聞くと、小澤氏は「その通りです」と、自信に満ちた表情で言い切った。


 「4人のタレントの方々が出ています。老若男女を狙っていて、皆さんが自分向けの商品だと感じてもらえると思います。若年層はテレビを見ない人も多いので、商品やブランドを認知してもらうため、目黒さんと今田さんが出演するインスタグラム・TikTok専用動画も制作しました」


 実際、4人を起用した効果は表れている。「購入されたお客さまを分析しても、若者層のみならず需要ボリューム層となる40〜50代を含め幅広い層に購入いただいています」と話す。タレント起用は狙い通りの効果を生んだ。


 インスタでも面白い事例が発生した。目黒蓮は、とあるファッションブランドのアンバサダーもしているが、彼のファンがそのブランドと晴れ風がコラボしているかのような写真をアップしたのだ。ファンが自発的に、そして結果的に晴れ風を拡散していることになる。「想定はしていなかった」そうだが、これはSNS時代ならではの現象だ。


 「営業チームは『新しいお客さまをビール業界に取り込みます』と意気込みました。スーパーを始めとする流通の担当者と商談し、良い売り場を確保してもらいました。商品を広いスペースに平積みで置いてもらえるかどうかも重要です」


●幅広い知見が生きる


 小澤氏は2015年に同社に入社した。商品開発では晴れ風が2つ目となる。入社から6、7年は物流を担当。そこから、現在のマーケティング部に所属している。晴れ風の前は、缶チューハイの「キリン・ザ・ストロング」を「麒麟特製」としてリブランディングするプロジェクトに関わり、2023年夏から晴れ風の担当になった。


 歴史ある商品であっても新商品であっても、新規顧客を開拓した上で、従来のファンを満足させなければ、その商品の未来はない。小澤氏は開発から物流、マーケティングまで幅広い知見をもっているからこそ、晴れ風をヒットさせることができたと言えそうだ。


(武田信晃、アイティメディア今野大一)



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