もはや年末の風物詩となった「M-1グランプリ」(ABCテレビ・テレビ朝日系)。今年は史上最多となる1万330組がエントリーした。そんな同大会で2008年、見事チャンピオンに輝いた漫才コンビNON STYLEのボケ担当・石田明さん(44歳)。
コンビで舞台に立つだけでなく、バラエティ番組への出演、NSC(吉本総合芸能学院)の講師も務めたりしている。さらに10月にはM-1や漫才に対する自身の考えをまとめた著書『答え合わせ』(マガジンハウス新書)も出版した。
「漫才に関する本は絶対に出すつもりはなかった」と語る石田さんが今回、出版に至った経緯や現在の活動などについて話を聞いた。
◆「一生出さへん」って思ってた
――お笑いファンにはたまらない一冊でしたが、もともと漫才分析本を出すことには反対だったとか?
石田明(以下、石田):漫才分析自体は岡村(隆史)さんとナイナイさんのラジオでやってたんですが、それを活字にはしたくなかったんです。これまでずっと断り続けてきて、「一生出さへん」って思ってたんで。「お前、何様やねん」みたいな気持ちがあるから。
――いやいや、そんな。
石田:それでも書こう思ったのは、書いた時点で情報は古くなっていくけど、今の自分の考えをいったんここに置いといて、また新しい感覚でお笑いを始めようってたまたま思えたタイミングだったからなんです。だから、5年後、10年後にこの本の答え合わせができたらおもしろいって思ってますね。
◆スベっていても見てられる「床暖効いてる漫才」
――本書では「システム漫才」の生みの親として、M-1王者のチュートリアルとブラックマヨネーズを挙げています。そもそもシステム漫才とは何でしょうか?
石田:これがまた、すごい定義が難しいんですけど。今までのオーソドックススタイルの掛け合いではなく、オリジナリティをプラスした漫才なんです。なんて言ったらいいかな……今はシステム漫才も多様化していって、まとめられなくなってるんですよね。だから、僕らの漫才もある意味、システムなんですよ。(「M-1」2008年の優勝ネタの)僕が太ももを叩く動作も、本線ともう1個の軸を作ることで、2軸を走らせて別のところで笑いを取るシステムなんです。
――本書には石田さんなりの漫才の審査基準として「面白さ」「真新しさ」「技術」などを紹介されています。個人的には、それ以外に、ベテランの「味」もあるかと思ったのですが、「味」ってなんだと思います?
石田:どういうところがわかりやすいかというと、スベっていても見てられるかどうかですね。若い頃のネタってスベり出すと見てられないんですよね。M-1に出てくる芸人も芸歴10年超えたら味出てくるんですよね。僕がよく言うのは「床暖(房)効いてるか?」みたいな。床暖効いてる漫才っていうのはスベっていても見てられるんですよね。
中川家さんも漫才をしていて、2人だけしか笑ってない時間があるんですけど、でも客席見たら、もうみんながホクホクの顔をしてるんですよね。笑ってはないけど、その状態を楽しんでいるみたいな。千鳥さんとかもそうだと思いますし、僕らもそうなんですけど、スベっていることの喜びというか、2人だけが楽しんでいて、お客さんも「爆発待ち」みたい状態になれる。それが味だと思いますね。
◆NSC講師に就任するきっかけ
――2020年からNSC(吉本の芸人養成所)の講師として、芸人志望者に授業を行っていますが、きっかけはなんだったのでしょう?
石田:ある日、(吉本興業の)岡本社長に呼ばれまして、1対1で向かい合って座ったんです。そのとき、「ああ、俺クビなんや」って思ってて、ちょっと前に吉本がいろいろあったじゃないですか(笑)。当時、僕は舞台やっとって、それの終わりに直撃でインタビュー求められたんやけど、それのコメントがまた悪く映ってたんですよ。だから、謝る準備だけしてたんだけど、岡本さんに「NSCを変えてほしい」って言われて。どうも、岡村さんのラジオを聞いてくれてたみたいなんです。
それでオファー受けることになって、「やりますけど、大阪と東京に2人の哲夫つけてください」って条件つけたんです。大阪には笑い飯の哲夫さん、東京にはパンクブーブーの(佐藤)哲夫さんをレギュラー講師にしてもらって。僕は基本的に見せ方に特化していて、笑い飯の哲夫さんは発想で、パンクの哲夫さんは組み立てだと思うんですね。それぞれが全然違う角度からネタについて言えるかなって。
あとは、NSC講師のアシスタントもこれまでNSC卒業したての子にやってもらってたんですが、芸歴1年目なんでやっぱりちょっと物足りないなって。だから相談役にもなるし、一緒にダメ出しもしてくれるベテランのアシスタントつけてくださいってお願いして。東京だと囲碁将棋の文田(大介)とか、イシバシハザマのハザマ(陽平)とか、大阪ではヒューマン中村に入ってもらったんです。
◆あんなに緊張したことは後にも先にもない
――NSCだとコントやピン芸人志望もいますよね。石田さんは2015年に「R-1グランプリ」で決勝に出られていますよね。あの決勝で急遽ネタを変えたっていう話が、ネットなんかでもよく出てますけど。
石田:ああ、あのときライザップの音が使えなくなったんですよね。急遽でしたけど、まあしゃあないなって切り替えましたね。ただ、音が使えなくなったこと以前に、どっちみちめちゃくちゃ緊張してましたけどね(笑)。やっぱ1人で戦うのってほんまに難しいですよ。
でも、いい経験やったなと思います。あんなに緊張したことは後にも先にもなくて、あれ以降はもう何も緊張しなくなりましたね。あれが人生で最後の緊張やったんちゃうかな。
それまでピン芸のやり方なんて全然わかってなかったんですけど、あの経験を通して少し掴めたというか。今、NSCで講師をやる上でもあのときの経験がすごく役に立ってるなと感じますね。
◆今も変わらず週休2日制
――今は漫才だけでなく、舞台の演出やYouTubeチャンネル、クラウドファンディングでクラフトビール製造のプロジェクトを進めていますよね。漫才に還元される部分も多いのでしょうか?
石田:ああ、そうですね。演劇なんかは特にそうです。YouTubeもお笑いの話をすることが多いんで、それが自分に還元されるからやってますね。クラファンは、ほんまに自分のやりたいことなんです。NON STYLEとしてじゃなくて、石田明個人としての挑戦という感じなので、それは漫才とはちょっと違うところにあるかな。
去年はクラファンで絵本制作に挑戦したんですけど、それが評判良くて。そしたら知り合いから「今度はビールとか作ってみませんか?」って話があったんですよ。それで「ちょっと挑戦してみようかな」って思った感じですね。イメージするだけじゃなくて、なんでも一回やってみる精神です。
――話は変わりますが、コロナ禍では、あの子育てのために仕事セーブして「週休2日制」にしていましたが、今は仕事と家庭の両立はどうされていますか?
石田:今も変わらず週2で休もうとはしてますね。無理な月もありますけど、基本的には「そっちの方向で」って事務所には言ってますね。まあ昨日も休みでしたし、今日もホンマは休みやったんです。あ、このインタビューじゃなくて、他の仕事が入ったんで(笑)。
◆子どもなりの感覚がめっちゃ面白かった
――ちなみにオフの日はお子さんと一緒にどう過ごされていますか?
石田:僕はオフの日は仕事を一切しないって決めてるんで、もう単純に遊びまくるだけですね。今、長女と次女が双子で小学校1年生、三女が4歳なんですよ。
それこそ、絵本の『びんぼうがみの子』のクラファンの返礼でイベントをやったときの話なんですけどね。お客さん10人くらいの小さなイベントで、うちの子たちが手伝ってくれて、みんなの前でお話ししたんですよ。そのとき長女が「『びんぼうがみの子』を買ってくれてありがとうございます。父ちゃんはお仕事いっぱい頑張ってるから、今では大金持ちです!」って言ったんです。そしたら、会場がドカーンとウケてね。
その後、「今日はゆっくり楽しんで帰ってください」ってちゃんと自分で話をシメて、うまいなあって感心してたんですけど、帰りに長女に聞いたら「コメントを間違っちゃったかも」って言うんですよ。
「大金持ちですって言ったら、みんな笑っちゃった。ごめんね。父ちゃん、大金持ちじゃなかったよね」って。いやいや、あそこでウケたのは大金持ちは自分であんま大金持ちって言わないからだと思うよ。父ちゃんはすごく面白かったし、みんなも笑ってたから全然いいよって言いました。その子どもなりの感覚とか捉え方がめっちゃ面白かったですね。
◆M-1審査員のオファーは…
――最後に、今年もM-1グランプリ決勝が12月22日に控えています。ぜひ石田さんの注目コンビを教えてください。
石田:いや、面白い子らがいっぱいおるんでね。けど、やっぱり令和ロマンやね。2年連続で出ていますし、そういうところはめっちゃ楽しみだなと思います。ラストイヤー勢もおるやろうし、令和ロマンと同期くらいのやつらが頑張ってくれたらええなと思ってます。
――ちなみに、あの審査員のオファーとかはどうですか?
石田:まあ仮に来てもね、受けれないですよ(笑)。もう、いろんなとこで言っているけど、「誰が言ってんねん」って話なんですよ。もっとすごい人にやってもらいたいって思いますね(※取材時。のちに審査員に決定)。
<取材・文/シルバー井荻 撮影/スギゾー>
【石田明(いしだ・あきら)】
お笑いコンビ「NON STYLE」のボケ、ネタ作り担当。1980年2月20日生まれ。井上裕介と2000年5月にコンビ結成。2008年「M-1グランプリ」優勝など、数々のタイトルを獲得。2021年からNSCの講師を務め、年間1200人以上に授業を行っている。最新著書『答え合わせ』(マガジンハウス新書)は好評発売中
【シルバー井荻】
平成生まれのライター、編集者。ファミマ、ワークマンマニア。「日刊SPA!」「bizSPA!フレッシュ」などの媒体で執筆しています