1951年の『第1回NHK紅白歌合戦』で菅原都々子が歌った「憧れの住む町」から、昨年、第74回でMISIAが歌唱した「紅白スペシャル2023」まで、『NHK紅白歌合戦』で歌われた歌は約3500曲を数える。戦後の混乱期に産声をあげ、世紀をまたいで続いてきた紅白は、社会の変化とともに新しい顔を見せてくれた。今年で第75回を迎える『NHK紅白歌合戦』はどんなステージになるのだろう。昨年度に引き続き、制作統括を務める大塚信広氏に、今年のテーマ“あなたへの歌”に込めた思い、そして紅白だからこそのこだわりについて聞いた。
【写真】『第75回NHK紅白歌合戦』制作統括の大塚信広チーフプロデューサー
■「選考は非常に難しくなっている」
昨年に引き続き制作統括を務める大塚信広氏は、1999年のNHK入局以来、主に歌番組の制作を担当してきた。紅白にも総合演出やチーフ・プロデューサーとして長く携わる一方で、レギュラー番組では、「土曜23時、ライブが生まれる。」をキャッチフレーズとした音楽番組『Venue101』のプロデューサーを務めている。大塚氏が今年の紅白のテーマに選んだのは“あなたへの歌”。毎年、テーマはその年の出来事やムードを反映するよう考えられているが、「今年は難しく、発表ギリギリまでずっと考えていた」と語る。
「今年を振り返ったとき、まず、浮かんだのは、元日の能登半島地震で大きな被害を受けた方々のことでした。その一方で、パリオリンピックで過去最多のメダル数を更新するなど歓喜に湧いた出来事もあり、今年はなかなか1つのワードに決めるのが難しいなと思っていました。そんな中、音楽についても、“皆が良いと言っている”という考え方ではなく、“一人ひとりそれぞれのとらえ方や感じ方がある”という考えに立ち戻るべきではないか。そんな思いから、いろいろな経験や思いをされたお一人おひとりに歌を届けることを追求したいと思い、このテーマにしました」
テーマを具現化するために、まず大塚氏がこだわったのは出場歌手。音楽の聴き方が多様化している今、「選考は非常に難しくなっている」と苦笑いする。
「僕が担当している『Venue101』では、出場歌手はストリーミングチャートを重要な指標の1つにして選んでいますが、今年、ストリーミングでヒットした曲はめちゃくちゃあるものの、その曲をどの世代の人も知っているかというとそうではありません。紅白は幅広い世代の人を視聴対象にしていますので、ストリーミングとフィジカルを柱としつつも、ライブの動員数やミュージックビデオの再生数など、さまざまな指標を見て、どれくらいの皆さんに響いているかをしっかり見極めないとズレてしまうことになる。さらにその指標自体も時代とともに変化していますので、細かく見ていくことが必要と感じています」
出場歌手の選考基準は例年どおり「今年の活躍」「世論の支持」「番組の企画・演出」の3本柱。
「みなさん驚かれているのは、THE ALFEEさんの41年ぶり2度目の出場をはじめ、南こうせつさんやイルカさんといった顔ぶれだと思います。THE ALFEEさんは、昨年末、武道館公演数100本というバンドとしては日本人初の快挙を成し遂げました。さらに結成50周年を迎えた今年は記念セレモニー&スペシャルコンサートを開催されたことから、ぜひ出演してほしいと思いました。また、最近は、昭和や平成の人気曲が若者の間でリバイバルヒットしていて、イルカさんや南こうせつさんもストリーミングで聴かれているということも注目していました」
往年の人気歌手が出場者に選ばれると、「シニア狙い」と評されることも多いが、大塚氏は、「あくまで今年の活躍がこうだったから見てくださいねというスタンスです」とキッパリ。
それは初出場となった10組(ILLIT、tuki.、ME:I、Omoinotake、Creepy Nuts、こっちのけんと、Da-iCE、TOMORROW X TOGETHER、Number_i、新浜レオン)も同じだ。
「初出場枠に誰を選ぶかという考えは一切なく、あくまで、今年活躍した人を選んだ中に、初めて出場する方が10組いたということです。初出場の顔ぶれが並ぶと出場者発表会見が華やかになっていいなとは思いますが(笑)、特に初出場のアーティストを多く選ぶことにこだわりを持っているわけではありません。あくまでも3つの柱を基準に選考させていただいています」
■史上初、前期後期の朝ドラ主人公が司会で登場
今年の司会は、有吉弘行、橋本環奈、伊藤沙莉、鈴木菜穂子アナウンサーの4人が担当。昨年に続き2年連続となる有吉に、大塚氏はこんな期待をかける。
「有吉さんは、昨年、非常に温かい空気感を作ってくれました。ご本人は『想像以上に緊張した』とおっしゃっていましたが、今年は2年目ということもあり、より有吉節を出してくれるのではないかと期待しています」
橋本環奈は3年連続の司会となる。一昨年の初司会では、放送中からその進行の巧みさを絶賛する声がネットで拡散し、昨年も同様に高評価を得たが、現在は連続テレビ小説『おむすび』の主人公として撮影期間中。「非常に負担がかかってしまうと思いながらも、お願いしたところ、快く引き受けていただけました」と大塚氏の顔がほころぶ。
そんな橋本とともに司会を担うのが、前期の連続テレビ小説『虎と翼』の主人公を務めた伊藤沙莉だ。前期後期の連続テレビ小説の主人公が一緒に司会として紅白の舞台に立つのは番組史上初となる。
「伊藤さんは、MCは経験したことがないということでしたが、『やるからにはしっかり丁寧に届けたい』と頼もしいお言葉をいただきました。せっかく前期後期の朝ドラ主人公2人が揃うので、連続テレビ小説に絡んだ演出も視野に入れて、皆様に楽しんでいただけることを考えています」
そしてアナウンサーとしては、朝の情報番組『あさイチ』でおなじみの鈴木菜穂子アナを起用。直前に放送された連続テレビ小説の内容について司会の博多華丸・大吉とともにコメントを行う“朝ドラ受け”で、時にドラマのストーリーに涙するなど、視聴者目線の反応で朝ドラファンの共感を呼んでいるだけに、主人公2人とどんなコラボレーションを見せてくれるのか。大塚氏も「皆を包み込んでくれるような雰囲気がある」と鈴木アナに期待を寄せる。
■冒頭から最後までの流れを通して テーマに込めた思いを伝える構成に
毎年、年明けには、多くの媒体が『NHK紅白歌合戦』の平均世帯視聴率を報じ、昨年は、第2部の関東地区平均視聴率が2部制となった1989年以降過去最低であることが取り沙汰された。何かと注目を集めてしまう視聴率について、大塚氏はどのように考えているのだろう。
「できるだけ多くの人に観てほしいという気持ちがありますので、視聴率は気にしてはいますが、そこにばかりとらわれてはいけないと思っています。一番大切なのは、出場歌手の皆さんが、1年の締めくくりにNHKホールで力を込めて歌ったものをどうやって視聴者の皆さまの心に響くようお届けできるか。そのことに注力したいと考えています」
良くも悪くも注目度が高いのは、歴史ある国民的番組であるがゆえ。その意味では近年、紅組、白組で分けることなど、見せ方についても、さまざま言われているが……。
「紅白に分けての歌合戦というのは、大変バランスがとれていてエンタメとして魅力的ですし、1951年の第1回以来変わることなく愛されてきた形でもありますから、やはり継続していきたいと考えています。ただ、2021年の第72回から、紅組司会と白組司会をなくし、司会で統一したように、変化も必要です。視聴者の皆さんにとって何がベストなのかを考えながら、今後、どう変化させていけばいいのか、十分議論していかなければならないと思っています」
昨年は、“ボーダレス”をテーマに、100周年を迎えたディズニーとのコラボパフォーマンスや、YOASOBIの「アイドル」を出場歌手や司会の橋本環奈、スペシャルダンサーとのダンスコラボレーションで披露するなど、紅白ならではのビッグな組み合わせで楽しませてくれた。今年もまた、さまざまな企画を用意しているという。
「今はスマホで観る人、テレビで観る人、ご家族で観る人、お一人で観る人、さまざまな見方をされる方がいらっしゃいますから、テーマである“あなたへの歌”をお一人おひとりに届くよう、必ず皆さんの琴線に刺さる曲をご用意するとともに、生放送だからこそ伝えられる面白い仕掛けも考えています。冒頭から最後までの流れを通して、今年の紅白はこういうことが言いたかったんだなとわかってもらえる構成を立てておりますので、ぜひ、全編を通して観ていただけるとうれしいです」
「制作者とアーティスト、視聴者の思いが正三角形になることを目指す」という75回目の『NHK紅白歌合戦』。考え抜かれた演出と、アーティストのパフォーマンスに、自分の1年を重ねつつ、今年も大みそかの夜を楽しみたい。
文・河上いつ子