速水健朗『これはニュースではない』縦横無尽に論じる「時評」の面白さ 菊池良が聞くライティングの技法

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2024年12月27日 08:10  リアルサウンド

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リアルサウンド

『これはニュースではない』の著者である速水健朗氏(左)とインタビュアーを務めた菊池良氏(右)。

  ライター・編集者の速水健朗氏による書籍『これはニュースではない』(blueprint)。速水氏が手がける同名ポッドキャストに加え、リアルサウンドブックの連載記事を加筆修正し、一冊にまとめている。膨大な知識を元に、時事ネタ、本、映画、音楽などが縦横無尽に論じられていて、さまざまな知識を吸収出来る内容だ。


  この刊行を機に、速水氏が本書収録の論考に込めた思いや、ライターとして活動する上で大事にしていることについて話を聞いた。インタビューの聞き手は『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』『えほん思考』などの著作で知られ、速水氏を以前からリスペクトをしていたと語る、文筆家・菊池良氏が、書くテーマの見つけ方など速水氏の読者を惹きつけるライティングについて聞く。(リアルサウンドブック編集部)



■政治、経済、事件……さまざまな事象を結びつけていく

ーー速水さんはcakesの連載を書籍化した『すべてのニュースは賞味期限切れである』(2014年)の頃から数えると、もう10年ほど「時評」をやっていますね。


速水:いまどきは専門性重視の時代ですけど、僕は「あれもこれも語る」ライターなんですよね。カルチャーが専門でもないし、ここ数年はラジオとかテレビのニュース番組とかの司会をやることが多かったんですけど、これまで関わってきた領域は、どちらかというとビジネス系の取材やインタビューライターです。でも、政治、経済、事件といった雑多な物事を結びつけていくのが自分のが得意だと思っていて。ずっと時評的な連載は続けてます。それが今はポッドキャストになっています。


ーーその幅の広さがこの本の特徴の一つかなと思いました。いろんな物事の共通項を見つけています。


速水:ポッドキャストは思いついたことをしゃべるというより、何か複数の出来事やテーマが結びつくなと思いついたときに収録を始めます。「あ、これは昔起きた事件に似ているな」とか「何と似ているんだろう」という感じで。


  強いて言うともっとも関心があるのは、経済やテクノロジーの重なる領域で、例えば、初回無料ホストクラブという昨今の現象がなんで成立するのか。それを知るために、15年前のベストセラー『クリス・アンダーソン - フリー 〈無料〉からお金を生みだす新戦略』を今さら読んでみたというテーマでポッドキャストの回とかは、わりと自信回です。「内部相互補助」という経済学用語があるんですけど、無料に見えるものでも、実は別のやり方で支払いをしているのだという考え方です。ホストクラブが初回無料なのは、実は2回目以降の来店時に割高の料金が請求されるからであって、つまり支払いを行っているのは「未来の自分」というケース。ちなみに、この本が刊行された頃って、インターネットが来るっていうから参入した大手企業がこぞって「これはダメ。誰もお金を払わない世界」と真っ青になっていた頃で、映画や音楽系のサブスクリプションサービスが成功する前の時代。今読み直すととてもおもしろいです。


ーーリアリティ番組の時代を論じる時に、トランプ現象とリアリティ番組「ブレイキングダウン」を結びつけていました。そこに繋がりがあると思っていなかったので、とても面白かったです。


速水:そもそもアメリカは、ここ10年くらい、セレブやミュージシャンたちが全員、リアリティー番組の出演者とインフルエンサーで埋め尽くされてますよね。カニエ・ウェストとトラヴィス・スコット、キム・カーダシアンらが皆元々セレブ家族としてつながっているみたいな。これは日本も、5年、10年遅れて辿る道なんだと思います。そこからリアリティー番組の司会者だったトランプが大統領になるわけだけど、日本で一番近いのは、誰だろうと。僕は朝倉未来なのではないかと思ってます。BreakingDownは格闘技とリアリティ番組を結びつけた画期的な企画で、そこで圧倒的なカリスマ性を発揮している朝倉未来って一般的に思われている以上に影響力がある。彼が地上波で活躍する総合格闘家だった時代、YouTuberを担った時代、BreakingDownがヒットした時代でまるで違いますけど。


■リアリティー番組化する世界


ーー今、世界がリアリティー番組化しているという切り口には、ハッとさせられるものがありました。


速水:去年『1973年に生まれて 団塊ジュニア世代の半世紀』(東京書籍)という本を書いたんです。同世代が受けとめてきた事件や流行の歴史を書いたんですけど、裏テーマは「リアリティ番組」なんです。どういうことかというと、僕の子どもの頃の記憶で「ロス疑惑」(81年〜)があります。テレビのレポーターが連日、三浦和義の自宅に押しかけてカメラの前で挑発した。事件をテレビが追うという関係が、ひっくり返って、テレビの方がよりおもしろい現実を作ることができる。それが80年代に生まれた。この辺りから、リアリティー番組的なものが生まれています。


  911(米国同時多発テロ)の頃には、事態はさらに逆転します。街中に監視カメラが設置されていた。すべての出来事は、もはやカメラの前でしか起きらない時代になっていく。今もその延長線上にいる。どんな犯罪も誰かのドライブレコーダーやお家の監視カメラの中で起きている。ちなみに菊池さんの世代だと、朝の情報番組は何を見ていました?


ーー「めざましテレビ」や「ズームイン!!朝!」ですかね。


速水:そうか、どちらも長く放送されてますね。朝の情報番組は、全国の地方局に生中継リレーをする形式がありますけど、そこで何か特別なことが起こっているわけではなく「桜が咲きました」など、地元のキャスターがたわいもない話をする。取り立てて見るべき内容がくなくともリアルタイムでどんどん切り替えて伝えれば、人はそれなりに見てしまう。それが日本の朝のテレビな気がします。


 でも、これYouTubeの配信に近いんですよね。配信では何も起こらないような映像をみんな3、4時間も見ているでしょう。結局「今何かが起こるかもしれない」という期待感だけなんです。そういう風に「何かが起こるかも」みたいな欲望で映像を見るのってヒカルとか、最近いなくなっちゃったけどRepezen Foxxみたいな人たちのYouTubeがやっているんだと思います。


  僕の関心は、テレビの中だけの仮構が現実の側をいかに変えてしまったかということです。常にこんがらがってひっくり返っていく。人はどっちを信じていいかわからなくもなっている。今年起きた数々の選挙で、現実がひっくり返された瞬間を見ましたよね。ポピュリズム政治の時代は、メディアによって生まれている。僕は、リアリティー番組的になっていく世界と今のポピュリズム状況は同じものだと思ってます。ちなみに、『1973年に生まれて 団塊ジュニア世代の半世紀』は、単なる懐かしい! っていう出来事を振り返る本でもあるんですけど、ぜひ裏テーマを踏まえてもう一度読んで欲しいって思ってます。


ーー政治にまで繋がっているんですね。


速水:最近の話だと、トランプが自宅で選挙当日一緒にいたダナ・ホワイトは、総合格闘技団体の経営者。トランプ当選の立役者で人気ポッドキャスターのジョー・ローガンもその総合格闘技団体UFCの名物インタビューアー出身。新政権の教育長官にリンダ・マクマホンを指名しましたけど、彼女と夫のビンス・マクマホンはプロレス団体のWWEを大きくした立役者。家族総出でテレビのプロレス中継に出てきたので、リアリティー番組の出演者。要するに政権のど真ん中にいるのは、全員、テレビのショーの出演者ですよね。日本でも早晩同じような状況になりますよ。自分の本(『これはニュースではない』)の目次を眺めると、リアリティー番組について語っている回が何度もあるのでよっぽど強い関心事なんだなって我ながら思います。


■ポッドキャストの制作裏話


ーー速水さんは、くだらないとされがちなものに着目しますよね。それを論じる知的ゲームのようなものでしょうか。


速水:むしろ、僕は知的なインテリ趣味の人たちは見落とすものを見つけるのはうまいと思います。


ーー確かに言われてみると、速水さんは、ケータイ小説、ラーメンなど、ポップカルチャーや大衆文化を取り上げてきました。


速水:書いてる分野はいつも、ばらばらのようで実は一貫してるつもりでいます。日常の中にあって、誰もが興味を持っているけれど、実はまだ深堀りされていない分野。例えば、ショッピングモールの歴史を辿ると都市計画やテーマパークに影響されたり与えたりしている。あと、書いてあることは全部本当のことで出自もある話なんですけど、何割かはへりくつというか、コロンブスの卵的につじつま合わせをしているところがある。そういう題材が好きです。今書いているのは、交通事故の場面だけを切り出した文学史の本と機械音痴の100年史についての本です。こういうネタもすべてポッドキャスト、またはそれを切り出した本の中に詰まっています。ぜひ本も買ってポッドキャストの応援をしてください。この本は応援グッズでもあるので。ちなみに、いつも聴いている人の1割がこの本を購入してくれたら、本は黒字、増刷という流れになるんです。熱心にポッドキャストは聞いてくれてるけど、物質である本は要りませんというミニマリストのリスナーさんと話したことがあります。驚きました。


  ちなみに、僕のこのポッドキャストは、完全なるDIY番組。構成やおしゃべりはもちろん、編集もマスタリングもジングルやBGMも自作で、自分の部屋で作ってます。フリー素材も使ってない。ここまでやっているポッドキャスターってそういないんじゃないんじゃないですか。


◆ オンライントークショー開催!
速水健朗『これはニュースではない』× 久保友香『ガングロ族の最期』
オンライントークショー
出演者:速水健朗、久保友香
日 時:2024年12月27日(金) 19時〜
配信サービス:Zoomウェビナーにて配信 
配信期間:2024年12月27日(金) 19時〜2025年1月10日(金) 23時59分(アーカイブ視聴可)
参加対象者:blueprint book storeにて書籍『これはニュースではない』を購入した方
※少数限定で会場観覧も可能です。会場での観覧を希望の方は書籍とチケットをご購入の際、備考欄に『会場観覧希望』とご記入ください。



■『これはニュースではない』コンテンツ
01 プライベートジェットとウーバーイーツの話
02 リュック・ベッソンからの祝辞
03 ヤンキーとリアリティー番組
04 大黒ジャンクションと80年代の婚姻率に影響を与えたであろうポップミュージック
05 外交とポップミュージックとシューゲイザー
06 誰もがたどり着けない曲「ロストウェイブ」
07 ダッドスニーカーブームをダーウィンの自然選択説と重ねて考察する
08 超大物同士の原作改変事件、インプットとアウトプットのずれ
09 クリストファー・ノーラン監督の映画『オッペンハイマー』について
10 宗田治『ぼくらの七日間戦争』と1980年代の管理教育について
11 少年少女が巻き込まれる戦争、『ドラえもん小宇宙戦争』
12 広報戦と侵略シン・ウルトラマン
13 ボビ男の有害性とホイットニー・ヒューストン
14 朝倉未来とリアリティー番組の時代
15 ドラえもん
16 マイケル・ジャクソンはMV時代をどれだけ予見していたか
17 飛行機が墜落するような映画
18 あの日のビリー・ジョエルカラオケおじさん
19 「愛のテーマ」について
20 『ワイルド・スピード』はマルチチュードである
21 迷惑系YouTuberと血盟団事件
22 インディ・ジョーンズは「良いこと」もしたのか?
23 電話の変化を目の当たりにした世代。「もしもし、アッコちゃん?」東村アキコ
24 映画「バービー」のラストの解釈について
25 町中華ブームとオーバーツーリズム
26リバタリアンとトラック野郎
27 架空ラジオ番組をコンセプトにした楽曲
28 空調テクノロジーとクール
29 クルマの車幅の都市論
30 とある女優にインタビューしたときの話
31 機械音痴2.0
32 泉麻人と大瀧詠一の話
33 ほどほど程度の悪口として語る『ゴジラ-1.0』
34 イーロン・マスクに哲学はあるのか?
35 マライア・キャリーのすべらない話
36 新しい階級の台頭に名前を付ける
37 火あぶりにされたサンタクロース
38 ホストクラブはなぜ「初回無料」を謳うのか? 2009年のベストセラー『フリー <無料>』から考える
39 中森明菜の降臨と救済、そして不安
40 週刊文春から電話がかかってきた日のこと
41 40代の男性の見た目の方向性がぶれる理由
42 パクリと鎮魂と「作者の死」
43 総合格闘技ファンは週刊誌を恨んでいるツ


■書籍情報
『これはニュースではない』
著者:速水健朗
価格:本体2,500円(税込価格2,750円)
出版社:株式会社blueprint
判型/頁数:A5変/184頁
ISBN 978-4-909852-54-0 C0095



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