【今週はこれを読め! エンタメ編】文学賞のリアルな内幕に震撼!〜村山由佳『PRIZE―プライズ―』

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2025年01月20日 18:20  BOOK STAND

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 ヒャァァァッ、怖いっ!

 冒頭の25ページを読み終えた時、自分が叫び声を上げていることに気がついた。本に関わる仕事をする人なら、誰でも震え上がるのではないか。それとも、文芸編集者にとっては、これってリアルな日常?

 小説家・天羽カイン先生のサイン会の場面から物語は始まる。超人気作家とあって、集客はバッチリだ。開催する書店の副店長と二人の編集者は、緊張しつつもほっとしている。天羽先生の読者対応は完璧だ。書店員の私としては「いいサイン会でよかったです!」と笑顔で拍手をしたい気持ちになったのだが......。

 終了後、出版元である南十字書房の偉い人たちが勢揃いした食事会の場面で、緩んだ顔がピリッと凍りついた。残るはデザートのみとなったところで、恐怖の反省会が始まるのだ。サインペンの用意の仕方、テーブルフラワーの色、読者との写真撮影、プレゼントの受け取り方にはじまり、刷部数やパブリシティまで......。天羽先生は、よどみなく一気に問題点を指摘する。さまざまなサイン会を経験してきた私も、気がきかなくてすみませんっ!と深々頭を下げたくなる。全ては読者と作品を思っての細やかな提案だ。何も間違ってはいない。だからこそ、怖すぎるのだ。

 天羽カイン(本名・天野佳代子)は、広告代理店に勤務していた時、クライアントだった資産家男性と結婚した。夫に請われて専業主婦になったが、初めて書いた小説がライトノベルの新人賞を受賞、三年後には一般小説を上梓して本屋大賞を受賞した。作品は次々に映像化され、ベストセラーを生み出し続けている。夫とは別居婚(っていうか仮面夫婦?)で、今はひとり軽井沢に住んでいる。離れには長く夫の実家で運転手をしていた声の出せない男性・サカキ(「下男」って!)が住んでいて、庭仕事や送迎をしてくれる。何もかも持っているように見える佳代子だが、どうしても手に入らないものが一つある。直木賞である。

 候補には何度もなってきたが、どうしても受賞できない。仕事の依頼は次々来るし、たくさんの読者に愛されてるし、選考委員の先生たちより売れているみたいだし、もういいんじゃないですか......と本屋で働く凡人としては思ってしまう。だが、完璧主義な作家の承認欲求は満たされないのだ。直木賞選考会の司会を務める『オール読物』編集長には強烈なプレッシャーをかける。適当な仕事をする編集者には冷酷に見切りをつけ、自分に心酔している熱心な若手編集者のことは、徹底的に信頼してその意見を原稿に生かす。南方権三先生、馳川周先生など、どこかで聞いたような作家名が次々に登場し、文学賞の内幕と、読者にも書店員にも決して見せない作家の姿が描かれていく。

 うわー、めっちゃリアルだわ。こんな小説を刊行しちゃって......、文藝春秋さん、大丈夫なんですか?

 モンスター化していく作家の姿に震撼しつつ、私は読み進めるほどに天羽先生が好きになっていた。傲慢で辛辣で身勝手でプライドが高く、面倒な人だと思う。だけど小説に対しては、自分にも他人にも決して妥協を許さない。自分の書く小説に対しても、その中のほんの数行の文章に対しても、あまりに真摯で純粋で、不器用すぎて、なんだか泣きたくなるのだけれど、凄まじく尊いものを見せてもらったのだと思う。出版社の皆さんが大変なのはよくわかった。(ちょっぴりうらやましくもある。)それでも私は、天羽先生の書く小説を読みたい。

 苦しみながら、魂を削るように物語を生み出している作家と、彼らを支える編集者たちに、心からの尊敬と感謝の気持ちを伝えたい。気が利かない書店員かつ能天気な読者の私は、皆さんがいるおかげで生きていけます。

(高頭佐和子)


『PRIZE―プライズ―』
著者:村山 由佳
出版社:文藝春秋
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