【今週はこれを読め! SF編】『星を継ぐもの』シリーズ最終巻〜ジェイムズ・P・ホーガン『ミネルヴァ計画』

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2025年01月21日 11:40  BOOK STAND

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『ミネルヴァ計画 (創元SF文庫)』ジェイムズ・P・ホーガン
 ジェイムズ・P・ホーガンの代表作『星を継ぐもの』は、月面で発見された五万年前の死体(真紅の宇宙服を着けている)の謎から開幕し、壮大な人類史が立ちあがるSFミステリだ。日本では翻訳直後から大評判となり、いまだオールタイム・ベストSFの企画があると、かならずランクインする。先日〈SFマガジン〉でおこなわれたプロと読者による投票でも、海外長篇の六位につけていた。
 その後、『ガニメデの優しい巨人』『巨人たちの星』『内なる宇宙』と続篇が書きつがれ、本書『ミネルヴァ計画』は第五作にして最終巻にあたる。巻を追うごとに空間的にも時間的にもスケールアップし、謎の奥に新たな謎が見つかり、因果に因果が接ぎ穂されてきたこのシリーズ。前巻までのあらすじは、本書の巻末解説で渡邊利道氏が要領良くまとめてくれているので、まずはおさらいをしてから、本篇に取りかかると良いだろう。
 本書ではSF的設定がまた一段拡張される。量子力学の多世界解釈が、登場人物たちの人生に切実な問題としてふりかかってくるのだ。ヴィクター・ハント博士(『星を継ぐもの』で月面遺体を透過走査するデバイスを開発した、あの原子物理学者である)のもとへ、平行宇宙に存在する、別ヴァージョンの自分から通信が届く。それはランダムに切り替えたチャンネルに、たまたまチューニングが合ってしまった感じのものであって、その別ヴァージョンの自分と恒常的に連絡ができるわけではない。しかし、この一回のことで、マルチヴァースが実体的に存在するとわかったのだ。
 ハントたち地球人は、穏和な巨躯異星人テューリアン(『巨人たちの星』で地球人と接触した)の協力をあおぎ、マルチヴァースを横切る時空間移動の可能性を検討しはじめる。かつて太陽系にあった惑星ミネルヴァを壊滅させた戦争を、それが起こる前になんとかできるかもしれない。ただし、その戦争にまつわる記録は、遙か昔に失われているのだ。重要なところに謎を置き、物語のなかで明かしていくミステリ展開も、ホーガンの持ち味である。
 社会思想的なテーマも、この作品の重要な要素だ。物語前半では、地球人の小説家ミルドレッドと、テューリアンの高官フレヌア・ショウムとのあいだで、双方の文明の特質をめぐる議論がさかんに交わされる。大きな焦点は、地球人の攻撃性および資本主義の克服だ。この議論があるからこそ、物語の後半においてクローズアップされる悲劇、つまり、その昔にミネルヴァを破滅させ、現代にいたるまでその子孫たち(そこに地球人も含まれる)を巻きこむことになった分断の連鎖が、ひときわ鮮明となる。
(牧眞司)


『ミネルヴァ計画 (創元SF文庫)』
著者:ジェイムズ・P・ホーガン,内田 昌之
出版社:東京創元社
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