ドナルド・トランプはヒーローか、悪役か?本人が上映阻止に動いた映画『アプレンティス』脚本家が語る

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2025年01月21日 12:10  CINRA.NET

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Text by 稲垣貴俊
Text by 今川彩香

アメリカ大統領就任式が1月20日(現地時間)に行われ、ドナルド・トランプが再びその座についた。そんななかで日本では、トランプの半生を描いた映画『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』が公開されている。アメリカでは大統領選挙を控えた昨年(2024年)10月に公開された作品で、トランプ本人やその支持者が公開阻止に動いた映画でもある。

脚本を担当したのは、元雑誌記者でジャーナリストであるガブリエル・シャーマン。「ほとんどが事実に基づいて書いたものだ」と話す彼に、作品の背景や上映阻止について、そして本当に描きたかったことは何だったのか、存分に語ってもらった。

「嘘っぱちで品のない映画。安っぽくて攻撃的で、ヘドが出るほど悪意ある中傷だ」。

2024年10月、ドナルド・トランプは、自身の半生を描いた映画『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』をSNSで攻撃した。「おそらく失敗するであろう、この事業に関わった人間のクズたちに、何よりも巨大な政治運動を傷つけるための好き放題が許されていることを本当に悲しく思う。MAGA2024(メイク・アメリカ・グレート・アゲイン2024)!」

綿密な取材に基づく本作は、まだ若かりしころのドナルド・トランプが、師匠の弁護士ロイ・コーンから「勝利のための3つのルール」を学び、権力へと突き進んだ日々を描く。コーンのルールは「攻撃、攻撃、攻撃」「非を認めるな」「勝利を主張しろ」。まさしくこの三原則に従うように、トランプ本人はこの映画にも強硬的な姿勢を貫いたのだ。

脚本家のガブリエル・シャーマンは、過去にトランプへの取材経験もある政治ジャーナリスト。トランプは本作を攻撃する際、彼を「以前からまるで信用されていない、下劣で才能のない物書き」だと口汚く罵った。

しかし私たちのインタビューのなかで、シャーマンは「これは政治を描いた映画ではない」「政治的攻撃ではありません」と何度も強調した。「私は、なぜドナルド・トランプが現在のような人物になったのかを理解したかったのです」

ドナルド・トランプを賛美する映画でも、また闇雲に批判する映画でもない――。ジャーナリストとして20年以上のキャリアを歩んできた彼は、初めての長編映画である本作で何を描き、世界中の人々に届けようとしたのか。

© 2024 APPRENTICE PRODUCTIONS ONTARIO INC. / PROFILE PRODUCTIONS 2 APS / TAILORED FILMS LTD. All Rights Reserved.

―はじめに、あなたがジャーナリストになったきっかけと、脚本家として物語を書きはじめた理由を教えてください。

ガブリエル・シャーマン(以下、シャーマン):私はニューヨークの外側、コネチカット州の郊外で育ちました。ニュースや時事問題によって世界がどのように動いているのかに大きな関心があったので、大学卒業後、新聞社のインターンシップに参加したのです。

ずっとそういう仕事をしたいと思っていたし、それが自分にとって自然なことだったから。私は質問に答える側ではなく、質問する側でいるほうが好きなタイプです。すでに語られた物語の裏側で何が起きていたのかを解き明かしたいと考えてジャーナリストになり、主に雑誌記者としてキャリアを築いてきました。

雑誌の長い原稿を書くときは、取材対象である人物の心理や感情について、長い時間をかけてじっくりと考えます。けれどジャーナリストである以上、自分の知る事実以外を書くことはできません。その点では、脚本家はジャーナリズムの領域を超えて人物を探求し、誰も知らない場所で何が起きていたかを想像できる。私にとって、それは芸術的かつ解放的な作業だと思えました。昔から映画が大好きで、たくさんの映画を観ていたので、いつか挑戦してみたかったことも理由のひとつです。

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―まさに本作は、ドナルド・トランプをひとりの人間として、知られざる側面を含め多角的に描き出す映画です。ときには等身大の青年として、ときには悲しい怪物として。そのような物語を書くことは、ジャーナリストとしての個人的見解や思想と対立しませんでしたか。

シャーマン:最初にこの脚本を書こうと思ったときから、「政治的な映画にしよう」と思ったことは一度もありません。いまでも、政治を描いた映画ではなく人間を描いた映画だと思っています。ジャーナリストとして、また脚本家としても、私はとにかく「理解したい」のです。私自身の視点や先入観を持ち込まず、オープンマインドで対象に接したい。

私はこの映画で、なぜドナルド・トランプが現在のような人物になったのかを理解したかった。彼という人間を評価するつもりもなければ、彼の欠点を描かなかったり、ぼかしたりする気もありませんでした。

映画冒頭の彼は共感しやすく、応援しやすいキャラクターです。しかし、あらゆる犠牲を払いながら権力を追い求めるようになり、人物像に変化が生じていく。これまで、ドナルド・トランプをそのように描いた物語はほとんどなかったと思うのです。誰もがドナルド・トランプを、ヒーローか悪役のどちらかでしか語ろうとしない。既存の枠組みを取り払えば、より興味深い物語がそこにあるはずなのに。

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―リサーチや執筆のなかで、ドナルド・トランプという対象の見方に変化はありましたか。

シャーマン:ええ、ありました。ドナルド・トランプは、もちろん宇宙からやってきたエイリアンではないし、自分の政治スタイルをいちから発明した男でもないのです。ロイ・コーンという男に大きな影響を受けていて、2015年、大統領選に初めて出馬したときは、彼に学んだ教訓やフレーズを山ほど使っていました。

そのとき、「ドナルド・トランプともあろう人が、ひとりの人間からこれほどの影響を受けていたなんてすごく面白いじゃないか」と思ったんです。彼はそれほど独創的な人間ではなく、ロイ・コーンと過ごした時間の恩恵をいまも受けているのだと。そのとき、この脚本を書くアイデアが生まれました。

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―ドナルド・トランプとアメリカ社会を描くうえで、ロイ・コーンの存在に注目したのはいつですか?

シャーマン:大学時代にアメリカの歴史を学んだときから、ロイ・コーンがアメリカの政界で重要な人物であることは知っていました。1950年代には原子爆弾に関する機密情報をロシアに提供した容疑で逮捕されたローゼンバーグ夫妻を起訴していますし、反共産主義の「赤狩り」時代にはジョセフ・マッカーシー上院議員に仕えたことで有名です。

しかし、この映画を書くうえでロイ・コーンに注目しようと考えたのは、ドナルド・トランプへの具体的な影響がわかった大統領選のときでした。

―ドナルド・トランプを多面的な人物として描くため、アリ・アッバシ監督が自ら脚本に手を入れた部分もあったそうですね。

シャーマン:はい。最大の変更点は、アリがドナルド・トランプの視点だけで物語を語ろうとしたことでしょう。私が執筆した最初の草稿には、ロイ・コーンだけが登場するシーンもありましたが、その後、ロイ・コーンのシーンには必ずドナルド・トランプもいるように書き直しました。間違いなく、正しい考え方だったと思います。

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―実際のところ、脚本のどれほどが史実で、創作はどの程度含まれているのでしょうか?

シャーマン:ほとんどが事実に基づき書かれたものです。撮影が始まる前に、脚本に注釈を入れ、執筆に使用した根拠と事実をすべて弁護士に開示する必要がありましたから、すべてが厳密な記録に基づいていると言っていいでしょう。

もちろん、ドナルド・トランプとロイ・コーンが密室で交わした会話は私が創作したもの。しかし、彼らをよく知る人たちは――2人と働いた政治コンサルタントのロジャー・ストーンも――本作の描写が正確であることを証明してくれました(※)。この映画はドキュメンタリーではありませんが、本人を知る方々にはリアリティを感じてもらいたかった。伝えたい物語を描きながら、彼ら自身が正しく描かれていると思えるようにバランスを取ることを大切にしました。

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―お話をうかがっていると、あなたがドナルド・トランプやロイ・コーンに対して誠実に創作しようと努めていたことがよくわかります。しかし、そのドナルド・トランプ自身が本作の公開を阻止するために訴訟をちらつかせ、SNSでも攻撃に及びました。当時、あなた自身はどのような思いでいましたか。

シャーマン:この問題に触れてくださってありがとうございます。昨年(2024年)の夏、「この映画はお蔵入りになるかもしれない」と私は本気で考えていました。5月の『カンヌ国際映画祭』では好意的に受け入れられましたが、ワールドプレミアの夜にトランプ陣営が声明を発表したのです。「この映画をつくった人間を訴える、映画の権利を購入した人間も訴える」と。本当に悔しかったし、いまも悔しく思っています。

この映画を観てもらうために7年を費やしたのに、ハリウッドの大手企業はどこもおじけづいて権利を買おうとしなかった。それだけでなく、共和党の大物支持者が支援する製作会社から出資を受けていたために、製作会社や出資者さえ映画の公開を阻止しようと動いたのです(※)。本当に大変な毎日でした。

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―あらゆる困難を乗り越え、アメリカでは大統領選直前の2024年10月に劇場公開されました。しかし、タイムリーな作品だったにもかかわらず、この映画は本来届くべき観客にまだ届いていないように思えます。

シャーマン:最大の問題は、ハリウッドでの圧力があまりに大きく、映画の公開を知らない観客が多かったことです。大手企業が手を引いたため、本作の配給は小さな会社が担当することになり、広報・宣伝の予算も潤沢ではありませんでした。

映画を観たいと思ってくれた人たちさえ、公開の事実を知らず、「いつ、どこで観られますか?」という連絡が届いたほどです。懸命に努力しましたが、圧力を克服するのは困難だった。海外市場では成功したので、この問題こそアメリカで興行的に不調だった理由だと考えています。

現在、アメリカの観客は二極化しています。だからこそ、この映画は政治的攻撃だと思われ、ドナルド・トランプは本作を支持者に見せたくないと考えたのでしょう。しかし最近になって、映画を観た人たちから、ようやく「自分の想像した映画とはまるで違っていた」という感想をもらえるようになりました。おそらく論争が大きくなりすぎて、映画として純粋に楽しんでもらうことが難しかったのだと思います。きっと時が経てば、アメリカでもより多くの観客に受け入れてもらえるはずです。

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―まさしくこの映画は、二項対立に与せず、良い意味で「わかりにくい」ことが魅力です。ドナルド・トランプの存在をどう捉えているのかも曖昧で、むしろ観客に問いかけるところがある。一方で、現在の社会やSNSは、政治的立場や倫理的立場を含め、あらゆるものを白と黒で分ける傾向にあります。わかりやすいものが受け入れられやすく、トランプを含め、あらゆる人たちがそのことを利用しているような……。

シャーマン:そこがこの映画の意図だった、と言っていいと思います。先ほども言ったように、私は本作で政治ではなく人間を描きたかった。ですから、観客の皆さんがどのように受け止めるかはわかりません。ドナルド・トランプを好きになる人もいるかもしれないし、好きではなくなる人もいるかもしれない。

映画は鏡のようなもので、観客は自分の姿を映すように作品を体験することになります。本作の場合、「はいはい、きっとこういう映画でしょ」という想像どおりにはならないので、おそらくチャレンジングな体験になるはず。この映画は観客に対して「これが問題だ」「こう考えるべきだ」と訴えることはしません。それぞれが自分で考えなければならない映画をつくりたい、それが私たちの願いだったのです。

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  • そのうち『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズも上映禁止になるだろうよ。
    • イイネ!3
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