各界の第一線で活躍する人々が推薦書籍を選定する特集企画「2024年、なに読んだ?」。最終回となる第四回は、ビジネス動画メディア「ReHacQ(リハック)」を手掛ける、映像ディレクターの高橋弘樹氏が登場する。
高橋氏は2005年にテレビ東京に入社して以来、『家、ついて行ってイイですか?』『日経テレ東大学』などのヒット番組を企画・演出。23年に同社を退社し、自身が代表を務める株式会社tonariで「ReHacQ(リハック)」を立ち上げた。そこでは政治、経済、芸能などの世界の大物著名人が出演し、2024年にはYouTubeチャンネル登録者数100万人を突破した。
そんな今最も勢いのあるメディアを運営する高橋氏はどのような本を読んだのだろう。じっくり話を聞いた。
◾️初心を思い起こさせる山本周五郎『青べか日記』
ーー高橋さんが最近読んで印象深かった本を3冊、教えてください。
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高橋弘樹(以下、高橋):山本周五郎の『青べか日記』という本が昔から好きで、何度も読み返しています。自分のバイブルですね。山本周五郎は歴史小説で知られる作家ですが、今年は彼の小説が原作のドラマ「季節のない街」がクドカン(宮藤官九郎)の監督・脚本でテレビ東京で放送されました。そのタイミングで読み返してみました。
山本周五郎には『青べか物語』という小説があるんですが、その執筆時に書いていた日記です。小説は昭和初期の浦安の貧しい漁村をモデルにした物語。そこに暮らす人々は、今では想像もつかないような貧しい生活を送っていました。例えば、貝殻を石灰に加工する工場では、人々は頭をツルツルに剃り上げて、粉まみれになって働いていました。ちなみに「青べか」というのは、昔の漁師が沖に出る時に使ったボロボロの船で、船底が青く塗られていたのでそう呼ばれていました。
当時、山本周五郎自身が、貧しい生活を送っていました。当初は雑誌社などに編集記者として勤務していたんですが、あまり人付き合いが得意でなかったようで、クビになってしまった。それで小説を出版社に持ち込んでも、なかなか受け取ってもらえないなど、苦労をしていたようです。『青べか日記』は元々は公開する予定もなかった個人的な記録で、そうした日々の中で彼が感じていたことが率直に綴られています。貧乏で食事もままならないような状況の中、創作に真摯に向き合う姿がすごく好きなんです。僕も物づくりの仕事に携わっているので、作っている時の苦しみや作っても評価されないような状況というのがわかるんですよね。
ーー何度も読み返したとのことですが、最初にどのように出会ったのでしょうか。
高橋:社会人になってからでしたね。家が浦安に近かったので、その郷土を描いた作品だということで、手に取ってみました。今ではディズニーランドがあるような地域なのに、昔の人々はこういう暮らしを送っていたんだな、と驚きました。
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『青べか日記』を読んでいると、自分の新人時代を思い出します。番組の企画が全然通らずに悶々として一生懸命大量に出したなとか、数分のVTRをめちゃくちゃこだわって作ったなとか。僕は今では20年映像をやっているので、器用にこなしてできてしまうようなこともある。でも当時、がむしゃらに作っていた初心を忘れたくないなと思いますね。
ーー2023年にテレビ東京を退社し、リハックを立ち上げた高橋さんですが、独立の時に初心を思い出すようなこともありましたか。
高橋:確かに読んでいて、独立した当初のことも思い出していましたね。独立した頃は、収入面の不安もあるなど辛い時期もありました。今年は軌道に乗っているように見えるかもしれませんが、まだすごく不安定なんです。テレ東の新人時代と、独立当初の不安な気分、その両方を思い出してすごくエモかったですね。
ーー他に記憶に残った本はありましたか。
高橋:最近は仕事で読む本が多いんですが、『まばたきで消えていく』(書肆侃侃房)という短歌集がとてもよかったです。著者は藤宮若菜さんという20代の方なんですが、リハックで「死」を考える番組に出演していただきました。これは彼女自身がずっと死を意識しながら生きていて、創作に向き合ってきた方だからでした。番組でお会いした後、ちょっと時間ができた時に、この短歌集を読んでみたんです。彼女は、普通に生きていると見逃してしまいそうな、生や死に対する独特な感性を持っていらっしゃる。生々しいきらびやかさのようなものに包まれているんです。
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例えば「ラブホテル排水溝から溢れだす誰かの喘ぎ、生きてって思う」。ラブホテルの排水溝に思いをいたすということはなかなかないじゃないですか。でも確かに、本来そこは生命が誕生する場であるのに、人間はそれを無為に消費しているようでもある。そういうことに対する目のつけ方と感性がすごく生々しいんです。20代というのは、生や性の魅力に満ち溢れる春のような時期なのに、同時に死というものを強く意識している。普段、生や死について深く考えることがあまりないんですが、こういう言葉を読むとグサグサと刺さってきます。
ーー生と死が対比的に描かれているんですね。
高橋:汚いものに目をつけるんですよね。「地下鉄の隅を流れる黒い水/あなたが生きても死んでもいやだ」など、町の中の汚いような場所を描写するんです。他にも「吐瀉物でひかるくちびるいつの日かわたしを産んで/まだ死なないで」。ここでは吐瀉物という汚いものと、「ひかるくちびる」という綺麗なものが同時に存在している。美しさと汚さの対比を、絵画的にみずみずしく描いているんです。
「錠剤をメロンソーダで飲みほして夏のさいごは自分で決める」。これは睡眠剤なのか他の精神系の薬なのかわかりませんが、自死を連想させるようなところがあります。しかし、それをメロンソーダで飲むというところが印象的です。美味しいものを飲む・食べるというのは、生きる喜びじゃないですか。死にたいんだけれど、最後に生きる喜びを味わいたい。すごく矛盾しているんですが、それがすごく好きです。物づくりをやっていると、作りたいけれど苦しいと感じるようなことも多い。そういう矛盾に向き合いながら、やっているんですよね。
◾️みうらじゅんの原点の本
ーーラストとなる3冊目を教えてください。
高橋:去年の年末にラジオでみうらじゅんさんとご一緒した時に、みうらさんが『邪鬼の性』という本を推薦していました。昔読んで物事の見方が定まったそうで、みうらさんの原点にある本だそうでした。みうらさんがそこまで言うならと思って、古本を買って読んでみると確かに面白くて。
お寺に行くと四天王や仁王像などの厳めしい像がありますよね。その足元をよく見てみると、鬼を踏んづけている。それが邪鬼(じゃき)なんです。私自身、40年以上生きてきて、どこかで目に触れているはずなのに、この存在に気が付いていませんでした。
この本では日本全国の邪鬼を調べあげて、写真を収集しています。邪鬼の表情をよく見てみると踏んづけられているのに、どこか愛嬌があって恍惚としたマゾヒスティックな表情をしている。
実は邪鬼というのは元々は神様だったようなんです。インドでは仏教が起こる以前から、ヒンズー教などの神様に原始信仰があったようですが、なかでも凶暴な鬼神が崇拝されていました。そこでは新しい鬼神が出てきては、それまでの鬼神を征服していくような歴史が繰り返されました。すると征服された鬼神は悪者になったりする。つまり、邪鬼は昔は神だったのに身を落とされた存在だったんです。だからこんなに愛おしい魅力的な表情をしているのかなと思います。
著者の水尾比呂志さんという方は知らなかったんですが、本当にリスペクトします。世の中でありふれているのに、まだ知られていない魅力を楽しく伝えている。これはみうらじゅんさん的ですよね。
これとちょっと近い感性では『鍾馗さんを探せ!!』という本も面白かったです。僕はこの本に出会うまで知らなかったんですが、京都では屋根の上に小さな守り神がいて、鍾馗(しょうき)さんと呼ばれるそうです。確かに京都に行った時に探してみると、町のところどころにいるんですよ。みんないろんな表情をしていて、可愛いものもあれば困っている顔をしているものもある。この本ではそんな写真をたくさん掲載して紹介しています。こういうことを知ると、人生の楽しみが増えるじゃないですか。それは視点を提供するということだと思うんです。それは素晴らしい仕事ですね。
ーー映像の仕事とも通じることでしょうか。
高橋:そうですね。昔、テレビ東京で作っていた番組「空から日本を見てみよう」は、日本を空撮で見てみようという企画でした。例えば、なかなか中には入れないような製鉄所を外から見てみたり、海食崖などの地形を眺めてみたり。そういう見方を知ることで、生活がちょっと楽しくなってきますよね。
リハックでもいろんなことをやっています。例えば、今年配信した「ビジネスパーソンのための物理学入門」では、物理学の基本的な考え方を知ることで、日常の見方が楽しくなってくる。政治も同じかもしれませんね。政治にも楽しみ方のコツがあるはずです。そういう見方を提示することは、すごくやりがいがあります。知識を伝えるのもメディアの役割ですが、ものの見方を伝えることをしていきたいと思います。
◾️「町中で後ろ指を指されるような、イタいおじいちゃんになりたい」
ーー最後に、高橋さんにとって「2024年を象徴するアイテム」を教えてください。
高橋:今年はドンキで買ったスリッパがすごく楽でよかったですね。どうしても仕事をしている時間が長いので、靴が足を締め付けてくるじゃないですか。それが嫌で買ってみたんですが、履き心地がよくて外に行く時にも使えて便利なんです。
あと、ファミマの靴下をいつも買いますね。今日は緑なんですけど、カラフルな色が揃ってるんですよ。これはほどよく自分をださくできるじゃないですか。忙しくて家に帰れずにお風呂に入れないような時に、靴下だけでもコンビニで買いたくなる。
黒や茶などの色は無難ではあるんですが、もう持っているしと思って、赤とか緑とか水色を買っちゃうんですよ。着こなせているわけでもないんですけど、原色の色が綺麗で買っちゃうんです。なんかそういう人生でいたいですね。町中で後ろ指を指されるような、イタいおじいちゃんになりたい。「俺、緑が綺麗だと思ったんだよな」と言いたいですね(笑)。
(取材・文=篠原諄也)
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