小田凱人の鼻を折った宿敵ヒューエットの執念 車いす版「フェデラー/ナダル」のライバル物語

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2025年01月28日 18:11  webスポルティーバ

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「伸びかけていた鼻が、折れた感じですかね......」

 小田凱人がそう言ったのは、全豪オープン車いす部門の決勝戦敗戦後に行なわれた囲み会見でのことである。

 いつもは勝敗のいかんにかかわらず言語化の巧みな彼が、この時は、言葉数が少なかった。質問には「そうですね」「そんな感じです」と短く応じ、敗因は「力が出せなかった」と言うのみ。

 ただ、「この敗戦をどうとらえるか?」と問われた時、彼は前述のひと言を口にした。昨年8月に開催されたパリ・パラリンピックで激闘の末に金メダルを獲得し、18歳にして「パラ競技の革命児」となった彼が、絞り出した本音のように響いた。

 今大会の決勝戦で、小田の「伸びかけていた鼻」を折ったのは、パリ・パラリンピックでも決勝を戦ったアルフィー・ヒューエット(イギリス/27歳)である。ヒューエットは、小田が17歳で更新する前の最年少世界1位記録者。国枝慎吾のキャリア終盤における最大のライバルであり、小田にとっては国枝と並び、少年時代に憧れた存在でもあった。

 15歳でのプロ転向会見で「これからはみんながライバル。憧れの選手はいない」と断言した小田だが、それは換言すれば、上位選手たちに羨望の目を向けてきたということだろう。

 小田がヒューエットへの思いを公(おおやけ)の場でまっすぐに口にしたのは、ちょうど1年前の全豪オープン。決勝でヒューエットを破り、同大会初のタイトルを手にした時だった。

「13歳の時に、初めて練習させてもらった時の興奮だったりワクワク感は、今でも思い出すとうれしかったりする」

 そう明かした彼は、友人に「俺、ちょっとヒューエットと打ってきたぜ!」と自慢したという、少年らしいエピソードも照れ臭そうに口にしていた。

 そのかつての憧れのヒューエットにも、小田は今大会前までは5連勝。公式戦全体で見ても、昨年7月のウインブルドン以降は負け知らず。早くも孤高の王者への道を歩み始めた彼は、今大会では「表現者でありたい」「頭ひとつ抜けた状態でいたい」と、勝利の先を見据えている様子だった。

【ヒューエットが考えた小田対策】

 たとえば今大会の序盤、最近のフィジカル強化の理由についても、次のように語っていた。

「パラリンピックが終わってから、ちょっとずつ(体が)大きくなってきて、ショットもスピードも上がってきた。自分を高める意味でトレーニングしているし、今は対戦相手の対策とか研究もしてなくて。自分にフォーカスを当ててすべてやっているし、僕にはそっちのほうが合っている」

 同時にヒューエットについても、こう口にしていた。

「前は、アルフィー(・ヒューエット)と試合となったら、すごく気合い入れていました。でも今は、そんなに意識していない。本当に自分に集中しているし、一歩引いて見たときに、もう勝てるなと」

 これらの発言も小田流の、言葉にすることで負けられない状況へと自分を追いこみ、闘志を駆り立てる手法だったかもしれない。

 ただ、対するヒューエットは、緻密に、極めて実践的に、小田に勝つ道を模索していた。

 その際たる例は、左効きの小田対策として、左利きのヒッティングパートナーに帯同してもらったことである。

「多くのすばらしい選手たちに敬意を表しているので、ひとりの特定の選手に100%フォーカスしているわけではないのだが......」と前置きしたうえで、ヒューエットはこう言った。

「自分のなかで、左利き対策が欠けていると感じていた。ツアーの選手は80%ほどが右利きだし、コーチもヒッティングパートナーも右利き。決勝まではずっと右利きの選手と対戦し、いきなり決勝で左利きと当たることになる」

 左腕の選手は、ボールの軌道から回転まで、すべてが鏡像になる。その相手と戦う難しさに言及した彼は、こう続けた。

「だから今回の遠征では、左利きのヒッティングパートナーに帯同してもらった。そして一日も欠かさず、彼と練習したんだ」

 その成果は、「サーブへの慣れや跳ね方への対応力に発揮された」とヒューエットは言う。そのヒッティングパートナーに白羽の矢を立てた理由も、「トキトと似た球種を打つからだ」とも......。

【サウスポーの小田がナダル?】

 果たして迎えた今大会の決勝戦──ヒューエットは、小田を攻略した。小田の左腕からのサーブを、コースを読みきったかのように次々と打ち返す。ストローク戦でも、小田の動きの逆を突き、ウイナーを決めた。

 小田の魅力はなんといっても、左腕から繰り出す強打と、早い展開力。ただ、華やかなプレースタイルは相手に確実に打ち返された時、自らの時間も奪われる諸刃の剣でもある。最終スコアは4-6、4-6だった。

 試合後のヒューエットは、自身10個目となるグランドスラム・シングルス優勝を、コーチ陣から「キャリアで最も重要なタイトルだ」と評されたと明かした。その理由はひとえに、小田に勝ったことにあるだろう。

 小田というライバルを得られたことを、ヒューエットは「感謝している」と言い、笑みを広げる。

「1年前の自分の試合動画を見た時、笑ってしまったんだ。そこから今まで、自分がどれほど成長していたかという事実に。彼(小田)の登場によって、フィジカル、戦略性、メンタルと、あらゆることが一変した。僕らはすごくいい関係性にあると思う。彼が僕を高めてくれるし、彼も同じことを言うだろうと信じている」

 そして彼は、こうも続けた。

「僕らは、車いす版『フェデラー/ナダル』だと思う」......と。

 男子テニスを今ほどの高みに引き上げた源泉が、昨年引退したラファエル・ナダル(スペイン)と、2022年末にキャリアに幕を引いたロジャー・フェデラー(スイス)のライバル関係にあるというのは、誰しも異存のないところだろう。

 ヒューエットは、車いすテニス界における小田と自身の関係性は、極めてこのふたりに近いと言った。たしかに若い小田がサウスポーであることも含め、両者は相似性を成す。

 フェデラーとナダルの対戦は40回を数えたが、小田とヒューエットは19回対戦し、小田が10勝とわずかにリードする。

 ほかの選手たちを牽引し、競技そのもののレベルと知名度も大きく引き上げ、小田とヒューエットのライバル物語は一層、熱を帯びて紡がれていく。

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