2024年の流行語大賞にも選ばれた「ふてほど」ことドラマ『不適切にもほどがある!』で、昭和からタイムスリップした主人公が令和の世に懐かしむのが、90年代の伝説の深夜番組『トゥナイト』および『トゥナイト2』だった。
お色気、政治、流行、スポーツ、社会情勢と、スマホもSNSもない時代にあらゆる最新情報を視聴者に伝えていた同番組でナレーター&リポーターとして活躍していたのが、乱一世(74歳)。
しかし、そんな彼は1997年、CM前に「トイレに行きたいという方がいらっしゃったら行っても構いません」とコメントしたことによって番組を追われ、レギュラー番組が消滅。
300万円も稼いでいた月収を一気に吹き飛ばしてしまう。はたしてその背景には何があったのか?そこからどう再生したのか?
◆「今じゃ考えられない」90年代初頭のTV番組
ーー乱さんが『トゥナイト』および『トゥナイト2』でリポーターとして活躍していた当時(90年代初頭)はテレビの深夜番組がさまざまな情報の発信地で、そこからみんな、特に若い男性は知識を得ていたと思います。
乱一世(以下、乱):ただ、今とは情報量が圧倒的に違いますからね。たとえば男の人の場合、昔は女の人と付き合って深い関係になるのに「段階」があったじゃないですか。
まずはフランス書院の官能小説を読んでイメージを膨らませた後、過激なグラビア、ヌードグラビアへと移行していった。
雑誌とかでも大事な部分が真っ黒に塗りつぶされているから「無塩バターで消えるらしい」「いや、砂消しゴムだ」とか真剣に話し合って試したりして(笑)。それが今はスマホで中学生が無修正をいきなり見ることができる。そこはかなり危惧しています。
ーーさまざまな風俗をその目で見てきた乱さんにとって、今の風俗についてはどう思いますか。
乱:風俗自体は永遠のもので終わりはないんでしょうけど、新大久保の公園やトー横に集まる女の子なんて、今『トゥナイト』が放送されていたら毎晩取材に行ってるでしょうね。
個人的な考えですが、今、体を売り物にする女の子には目的意識があまりないような気がするんですよ。昔はどんなにくだらない理由でも、たとえば「ブランドものの最新バッグを誰よりも先に手に入れたい」みたいなものがあったような気がする。
それが今はただお金がないと不安という、漠然とした気持ちしかないというか。
ーー表現や番組づくりも今と比べて自由というか大らかな記憶があります。
乱:どういうことが自由なのかはよくわかりませんが、昔は女性のバストトップは当たり前、お尻の割れ目まではオッケーでしたからね。アンダーヘアもカメラの前を横切るくらいは大丈夫だったんですよ。シュッと。
ーー本当ですか!? 今じゃ絶対に考えられないですよね。
乱:それがだんだんあれもダメこれもダメとなっていくと、一体誰のためにやってるの?という話になりますよね。もっと言えば「床屋」とか「肉屋」とかも誰がダメって言い始めたのか?って話ですよ。
宮藤官九郎はきっとその頃の面白かった記憶を書きたかったんだろうけど、『不適切にもほどがある!』で『トゥナイト』の名前がでただけで、週刊誌や新聞から何社呼ばれたか。どうせ官九郎を呼べないから俺を呼んだんだとは思いますけど(笑)。
◆取材の面白さを感じたことはほとんどない
ーー毎週のようにリポートをするなかで「取材」の面白さを実感することはありましたか?
乱:それがほとんどなくて。一時期、月曜と火曜を担当していたんですが、土日でロケをして月曜日のオンエア分を撮って、月曜日のオンエアまでに火曜日分の短いリポートを撮る。そうなってくると、もう何やってるかわからないんですよね(笑)。
土曜日に文化放送でラジオのレギュラーをやっていたけど、会社の前でテレ朝の車が待っていて、ラジオが終わったらそのままロケに連れて行かれる。そんな感じだから、どんどん捨てていかないと新しいものが頭に入っていかないんですよ。
ジュリアナ東京も確かに取材しましたけど、「当時のムーブメントや文化をどう感じてましたか?」なんて聞かれても、感じたことなんてないですし(笑)。
◆今こそ語る「CMトイレ発言」の真相
ーーこうして順を追って聞いていくと、少しずつバブルな匂いが漂ってきました。
乱:あるときなんか朝7時に集合と言われて集合場所に向かったら、ディレクターから「まだ何を撮るか決まってない」と言われて。
「湘南に行こうと思うんですけど、とりあえず海と乱さんがあればなんとかなるもんですよ」と。そんなリポートでも視聴率12%くらい取ってしまっていた。そりゃみんないい気になってイケイケになりますよね。
ーーそんな空気感のなか、例の発言が飛び出したと。
乱:これはちょっと気を引き締めないといけないと自分のなかで思っていたのですが、1997年8月の放送で「風俗の裏技」というリポートを流す前に、気合を入れるつもりで
「今日は大変なことが起こりますよ。みなさん心して見てくださいね。これからビデオを録る人はビデオを録って、親戚に電話をかける人は電話をかけていただいて、トイレに行きたいという方がいらっしゃったら行っても構いませんよ」
ってCMの前に言ってしまったんです。
ーー親戚に電話、で止まっていれば問題にはならなかったかもしれませんね。
乱:言った瞬間「あ、ちょっとマズかったかな」と思って、プロデューサーに「CM明けたら『すみません!僕はCM大好きです!』って言いましょうか」と提案したけど、「大丈夫だよ。乱ちゃんのことだからシャレで済ましてるよ」って言うからその日はそのまま行って。
そしたら次の日の夕刊ですよ。読売、朝日、毎日、産経……主要4紙全部に記事が載っていて。「テレ朝、また失態」という見出しで。
ーーすっかり話が大きくなって。
乱:それなのに次の週から休みもらって家族でグアムに行っちゃったんです。
ーーえっ!?
乱:ホテルのフロントで他の宿泊客から「乱さん、あんたこんなところにいていいの? 大変なことになってるよ!」と言われて。帰国したらテレ朝から呼び出されて「しばらく休んでください」と。それで次のクールから決まっていた仕事も全部なくなりました。
ーー周りの人たちの反応はどうだったんですか。
乱:もう犯罪者か重病人の扱いですよね。こっちとしては「大丈夫?」って聞かれてもねぇ……という感じですし。
ーー乱さんとしてはいつものノリの一環で他意はなかった?
乱:全然ありませんよ。風俗リポートの前に「この後ですよ。ティッシュは用意してますか?」って言うようなノリでした。
◆月収は300万円ダウン
ーー仕事が急に途絶えて生活に変化は。
乱:映画会社から毎週のように送られていた試写状が届かなくなったくらいで、水道橋博士とか伊集院光くんが雑誌やラジオで「CMのことなら乱一世に聞け!」「それでは乱さん、CMです!」ってイジってくれたりしたので、それは気持ち的に助かりましたけど。
ーー具体的にどれくらい月収が減ったんですか?
乱:レギュラーが『噂の!東京マガジン』だけになったから、300万円くらいは一気に減りました。さすがにまだ子どもが小さかったので、事務所の社長に頼んで給料制にしてもらったのを覚えてます。
ーー自分の発言が招いたとはいえ、釈然としない気持ちはありましたか。
乱:いや、それはなかったです。でも、テレビに復帰することはもうないだろうな、とはなんとなく思ってました。
『トゥナイト』というベースがなくなった以上、そこから派生していただいた仕事がなくなるのは当然のことだし、それだけの話ですよ。精神的に追い詰められるとか、どうしようっていう不安はありませんでしたね。
◆不祥事を起こすタレントは「脇が甘いんでしょうね」
ーー近年の社会的風潮としては、一度失敗したら這い上がることがなかなか難しいじゃないですか。
乱:でも、だいたいが女性問題か反社絡みですよね。僕なんか可愛いもんですよ(笑)。
ああいう人たちはそもそもいいマンション買っていい車乗って女にモテたいからやってるわけでしょ。
それを達成してしまったときに不祥事を起こしてしまうのは、芸人やタレントなんだからしょうがないじゃんという気持ちもあるけど、やっぱり脇が甘いんでしょうね。
昔は「あんなことやって……」って言われながらも大半がスルーされていたけど、時代が違いますから。これからのタレントさんは社会の変化に対応していかないと自分で自分をダメにするってことを身をもって感じていかないといけないと思いますけどね。
誰とは言いませんが、昔はよく男のタレントさんから「どこの店が一番安全?」とか聞かれましたよ(笑)。僕も「確実に行くならここかな」とか言って、店長に電話かけたりしましたし。
◆謹慎が明けて復帰したら番組が別ものになっていた
ーーそうして2年間の謹慎を経て、晴れて『トゥナイト2』に復帰しましたが、そのときどんなことを思いましたか?
乱:「あぁ、やっぱり俺がいないとダメなんだな」というのが一つありましたけど(笑)、一番びっくりしたのがグルーブ感というか、番組をつくるスタッフたちの気持ちのうねりみたいなものが全っ然違っていたんですよ。
こんなことしちゃおうぜ、あんなことしちゃおうぜみたいなノリがまったく無くなって、リポーターもほとんど若い女の子になっていたし。
ーー図らずも乱さんの謹慎が番組にとって大きな節目だったと。
乱:そもそも僕って望まれないと何もしない人なんです。スタッフと一緒に遊んだりバカなことしたりしているうちに新しい企画が生まれたりしていたわけで、それがどこにも無くなってましたね。そこは少し寂しかったかもしれない。
ーーリポーターという職業は今後どうなっていくと思いますか?
乱:昔は同じ番組のリポーター同士でもしのぎを削ってました。
僕だったら絶対(山本)晋也さんにない方法でやろうと思って必ずスーツを着てリポートしてたし、女の子といかにフレンドリーになれるかが勝負だと思って、その子の履いてる靴の匂いをいきなり嗅いで「同じ匂いだよ俺と〜。ひょっとして東京生まれ?」って尋ねたり。
ーーくだらなくて最高です(笑)。
乱:でも、今は食リポもほとんど芸人さんですよね。芸人さんが悪いというわけではなく、使う側が育てようとしていないから、どうしても楽なほうを選んでしまう。プロのしゃべり手として生業(なりわい)たいって思う人がいれば、周りもなんとかしたいと思うだろうけど。
◆「これでいいんだ」とどれだけ開き直れるか
ーーリポーターに限らず、今は「育てる」という概念が著しく欠落しているような気がします。自分のことで精一杯で「育てる」余裕がないというか。
乱:そうですね。ナレーションもいかに早く自分のフィールドをつくるかなんですけど、僕、ナレーションは一切リハしません。
ーー毎回ぶっつけ本番ですか?
乱:はい。台本は最初の1ページしか見ません。たとえば「今日は富士山に行ってきました」という一文を確認したら、僕のなかでディレクターとのパスはもうそこで終わっているんです。あとは自分のなかで富士山のイメージを広げれば終わりですから。
『噂の!東京マガジン』の「やってTRY!」というコーナーも、最初はごく普通のナレーションでしたが、あまりに面白くないので、よく行ってた新宿三丁目の飲み屋でずっとくだを巻いてるオジさんの真似をして読んだらウケて。
唯一、司会の森本毅郎さんだけは大っ嫌いだったみたいで「すぐやめさせろ!」って怒ってましたが、視聴率が良かったのでそのまま続いたという(笑)。
結局、人に何と言われても「これでいいんだ」「自分はこれなんだ」と、どれだけ開き直れるかだと思いますけどね。それで何かが終わったとしたら「乱一世」という時代が終わったんだと思うしかない。
◆毎日酒も飲んでタバコも吸って、お姉ちゃんにもいく
ーー自分を貫いて50年ですか。
乱:長いですよね。嫌になっちゃいますよ。
ーー現在74歳ですが、何か健康で気をつけていることはありますか?
乱:ないです。いまだに毎日タバコ吸ってるし酒も飲んでるし、たまにお姉ちゃんのとこにも行くし。そこを曲げてまでどうこうしようとは思わないです。
昔、飲み屋でとある有名人と一緒になったらサッカーの話になって。僕はホンネで「サッカーが嫌い」って言ったのに、そいつが「乱さん、今さらサッカー嫌いなんて格好つけてモノ言ったらダメですよ」って偉そうに言うものだから、殴り合いの喧嘩になってボコボコにしました(笑)。
ーー昨年、かつての事務所の先輩だった小倉智昭さんが77歳で亡くなりました。
30年くらいのお付き合いでしたが、あの人は知り合ったときから糖尿病が悪くて、ずっと重い病を抱えていましたから。勃たないのにスケベで(笑)。やっと自由になったのかなって思いますね。
同年代と話していても、もういつ見送られるか、いつ見送るかどっちかしかなくなっちゃったな、って。その間に好きなことをやろう、それだけですよ。
<取材・文/中村裕一 撮影/山川修一>
【乱一世】
’50年、東京都生まれ。ラジオ番組『ザ・パンチ・パンチ・パンチ』でデビュー。伝説の深夜番組『トゥナイト』『トゥナイト2』のリポーターとして一世を風靡しただけでなく、『噂の!東京マガジン』『愛の貧乏脱出大作戦』『東京フレンドパーク』『なないろ日和!』など、さまざまな人気番組のナレーションを担当
【中村裕一】
株式会社ラーニャ代表取締役。ドラマや映画の執筆を行うライター。Twitter⇒@Yuichitter