ニュースなどで頻繁に取り上げられる「あおり運転」。被害者の精神的苦痛は深刻であり、トラウマにもなりかねない。
自動車損害保険を扱うチューリッヒ保険の『2024年あおり運転実態調査』によれば、あおり運転をされたことがあるドライバーは72.5%であった。2023年の53.5%よりも大幅に上昇し、半年間でも24.1%と多くのドライバーがあおり運転に遭遇していることがわかった。
今回は、危険な運転が原因で事故につながったという2人のエピソードを紹介する。
◆道を譲ろうと停車したが…
会社帰りに夜の山道を走っていた砂村陽さん(仮名・40代)。街灯はほぼなく、小動物が急に飛び出してくることもある道だという。
「峠の山道が曲がっているため、前方からの車や横道からの飛び出しにも警戒していました」
すると突然、横道から1台の車が現れたそうだ。
「私は視界を確保するためにハイビームをつけていたのですが、少し遅れてロービームに切り替えました。相手の車の邪魔にならないように配慮して運転していたつもりなのですが、私の車の後方に来たと思いきや、やたらと車間距離を詰めてきたんです」
もしかして、これが“あおり運転”?
だが、「下り坂だからすぐに追いついてしまうのだろう……」。砂村さんは自分の勘違いかもしれないと思い、気にしないようにしていた。しかし、相手は執拗に車間距離を詰めてきたという。
「私は、『スピードが遅いのが気に食わないのかな?』と思ったので、速度を上げてみました。それでも、その車はあおり続けてきたんです」
これ以上スピードを上げることは危険だと判断した砂村さん。安全に停車できる場所を探しながら走り続けていた。やがて、大型車同士がすれ違えるような道幅の広い通りに差しかかり、ウィンカーを出して停車したのだが……。
「ハザードランプをつけ、相手に道を譲ろうと考えました。これであおり運転も収まるだろうと思ったんです」
◆「ハイビームがうぜぇんだよ!」
しかし、相手の車も停車したという。エンジン音が近くに聞こえて、さらに異様な雰囲気が漂っていたそうだ。
「何をしたいのかわからないまま、私は少しだけ窓を開け様子をうかがいました」
すると、1人の男性が車から降りてきたという。
「険しい表情で私のほうに向かってきました。その態度には怒りが見え隠れしていて、恐怖感しかありませんでした」
男性は砂村さんの車に近づき、声を張り上げたのだとか。
「ハイビームうぜぇんだよ! こんな田舎道に対向車なんて来ないんだから、もっと飛ばせよ! こっちは約束の時間に間に合わないだろうが……」
これ以上、男性を興奮させることも怖いため、「ハイビームはすみませんでした。安全に道を譲りたかったのでゆっくり走りました」と説明した砂村さん。なんとかその場を収めることができたという。
◆スピードの出し過ぎでガードレールを避けきれず…
だが、安心したのも束の間……。坂道を下りきると、前方から大きな音がしたそうだ。
「先ほどの車と大型トレーラーが停車しているのが見えました。車はガードレールに突っ込んでいて、トレーラーは無事のようでした」
男性は先を急いだ挙句、避けきれずに“自爆事故”を起こしたのだという。
「私は、『時間とスピードは守らなきゃ。車は冷静に乗りましょう』と心の中で思いました。この事故の目撃者になりたくなかったので、途中で脇道をUターンして自宅に帰りました」
事故があった道は、片側一車線で普通自動車がスレスレでしか通れない箇所があるそうだ。
「地元では、道が急に狭まるので、ゆっくりと走って必ず対向車をミラーで確認するのが“暗黙のルール”になっています」
◆「早く道を譲れ」と言わんばかりに近づいてくるSUV
「みぞれ混じりの雪が降った次の日は、道路が凍ってしまいます」
兼近健人さん(仮名・40代)は、アイスバーンで運転することが多いため、スタッドレスタイヤにしている。とはいえ、通勤時間帯は気温も低く、路面が濡れているだけなのか凍っているのか見分けがつかない状況だという。
通勤ルートは山間部を通る片道一車線。雪で見づらい場所もあるが、センターラインは黄色で追い越し禁止区域だそうだ。
「道の両側には田んぼがあって、冬になるととくに滑りやすくなります。そのため、私も前を走る車も速度を落として慎重に走っていました」
速度計を見ると、時速30キロほどで走っていたようだ。それでも、ときどきタイヤがジャリジャリと音を立て、滑りやすくなっていた。そんな中、兼近さんは、バックミラーに映る1台の車が気になっていた。
「信号で停車中に、遠くから猛スピードで近づいてくるSUVが見えました。ライトが不気味に点滅していて、まるで『早く道を譲れ』と言わんばかり……。私は思わずため息をつきました」
◆突然上がった不自然な“雪しぶき”
兼近さんは「こんな道で飛ばすなんて正気?そのスピードで赤信号止まれるの?」と思った。
信号が青に変わり、その車はさらに距離を詰めてきた。そして、兼近さんの車を抜き去ったという。
「雪でタイヤが取られたら事故になると思って、私は緊張で手に汗をかきながらハンドルを握りしめました」
やがて、前を走っていた車も我慢ができなかったのか、追い越し禁止区間にもかかわらず、無理やり追い越そうとしていたようだ。
兼近さんが「こんな運転してたら、いずれ何かが起こるだろうな……」と思った矢先だった。前方で不自然な雪しぶきが上がったという。
「SUVが操作不能になり、路肩の雪に突っ込んでいました。そしてスリップしたまま完全にコントロールを失い、田んぼの中に滑り落ちていったんです」
驚いた兼近さんは、車を止めて様子を見に行くことに。幸いにも運転手に怪我はなかったようだ。しかし、車は雪に埋もれ動けなくなっていたのだとか。
「運転手は窓を開けて何やら怒鳴っていましたが、『はっきり言って“自業自得”でしょう!』としか言いようがありません」
事故の原因は、あおられていた車が後部に接触した際に、SUVが無理なブレーキをかけたためだった。ぶつけられた車の運転手にも怪我はなかったが、後部が少しへこんでいたという。
しばらくして警察のパトカーと救急車、レッカー車が到着。兼近さんは、事故前のSUVの状況を警察官に説明し、現場を後にした。
<取材・文/chimi86>
【chimi86】
2016年よりライター活動を開始。出版社にて書籍コーディネーターなども経験。趣味は読書、ミュージカル、舞台鑑賞、スポーツ観戦、カフェ。