10000m代表経験者・伊藤達彦が59分台と日本記録更新に意欲【全日本実業団ハーフマラソン】

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2025年02月06日 12:06  TBS NEWS DIG

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第53回全日本実業団ハーフマラソン(山口ハーフ)が2月9日、山口市の維新百年記念公園陸上競技場を発着点とする21.0975kmのコースで、2025海外ハーフマラソン派遣選考競技会を兼ねて行われる。男子は2日に59分27秒と日本記録が大幅に更新されたが、東京オリンピック™10000m代表だった伊藤達彦(26、Honda)が「日本記録更新を狙う」と明言。日本記録を出すためのペース設定やレース展開も、明確にイメージしている。伊藤の成長過程なども交えて、発言の背景を紹介する。

日本記録を出すためのペース設定は?

59分27秒が出た翌日だった。伊藤達彦は山口での目標を、よどみなく言い切った。「先に日本記録を出されてしまいましたが、目標は変わらず日本記録の更新です。今、結構調子が良いので、コンディションとレース展開次第では狙えると思います」

以前の日本記録は1時間00分00秒、20年の丸亀で小椋裕介(31、ヤクルト)がマークした。それを太田智樹(27、トヨタ自動車)が丸亀国際ハーフマラソンで、59分27秒と33秒も更新した。目指す記録が一気に上がれば、普通の選手であればその目標を口にすることに二の足を踏むだろう。そこを伊藤は躊躇わずに話した。

太田へのライバル意識もあったようだ。「1月の徳之島合宿で一緒になったとき、太田君は記録は狙わない、と言っていました。ウソをつかれたので、全日本(実業団ハーフマラソン)でお返しをします」おそらく太田も、そのときは自信がなかった。ニューイヤー駅伝は3区(15.3km)で区間3位。区間賞とは10秒差と悪い走りではなかったが、最長区間の2区(21.9km)で区間賞を取った前年に比べれば、元日の走りは本調子ではなかった。パリ五輪前から故障があり、本格的な練習を始めるまでブランクもあった。

伊藤と太田は同学年で、同じ静岡県浜松市の高校出身である。Hondaとトヨタ自動車は同じ業種で、ニューイヤー駅伝でも毎年優勝を争っているチーム。本人同士がどう思っていようが、周囲からはライバルと見られる。箱根駅伝と10000mで名勝負を繰り広げた相澤晃(27、旭化成)に対しても同様だが、伊藤は「彼は彼、自分は自分です」などと言って取り繕ったりしない。太田に対するユーモアを込めた話しぶりにも、ギスギスした関係でないことが表れている。

丸亀では2位の篠原倖太朗(22、駒大4年)も59分30秒と、従来の日本記録を30秒も上回った。記録が出る大会であるのは間違いないが、風の影響が強い大会でもある。しかし全日本実業団ハーフマラソンでも、1時間0分台の記録は多数出ている。男子の大会記録は1時間00分19秒(21年、市田孝=旭化成)で、以前の日本記録と大きな差はなかった。市田の5km毎の通過タイムは以下の通り。

5km14分22秒
10km28分30秒(14分08秒)
15km42分54秒(14分24秒)
20km57分11秒(14分17秒)
フィニッシュ1時間00分19秒(3分08秒)

伊藤も市田の記録を参考に走るという。「山口のコースは序盤が上りで、そこをロスなく行けるかどうかがカギになります。序盤を大会新のペースでは行きたいですね。最初の5kmを14分20秒くらいで入って、その後の5km毎を全部13分台で押せば記録(59分27秒)が出ます」伊藤が想定しているペースは以下のようになる。

14分20秒
28分20秒(14分00秒)
42分20秒(14分00秒)
56分20秒(14分00秒)
59分25秒(3分05秒)

もちろん多少の凹凸は生じるが、このタイムをテレビ観戦の参考資料とできるだろう。

来季のマラソン挑戦を見据えてのハーフ

今大会男子の有力選手は、得意種目が異なる点が面白い。細谷恭平(29、黒崎播磨)はマラソン、古賀淳紫(28、安川電機)はハーフマラソン、そして伊藤は10000mで実績を残してきた。

大学4年時に全日本大学駅伝2区(11.1km)区間賞、相澤とのデッドヒートが“ランニングデート”と話題になった箱根駅伝2区(23.1km)は区間2位。学生駅伝で活躍したが、日本のトップに躍り出たのはHonda入社1年目の日本選手権10000mだった。そのときも相澤にデッドヒートの末に敗れたが、27分25秒73の日本歴代2位(当時)をマークした。

21年5月の日本選手権には27分33秒38で優勝し、同年の東京五輪代表入りを決めた。そのタイムはセカンド記録の日本最高(当時)で、同年11月には27分30秒69で走り、セカンド記録とサード記録の日本最高記録保持者になった。22年オレゴン世界陸上にも出場し、トラック長距離のトップ選手としての評価を不動のものとした。

23年のブダペスト世界陸上と、24年のパリ五輪は代表を逃してしまった。しかし24年は日本選手権5000mを初制覇。13分13秒56は日本歴代7位の好記録だった。東京2025世界陸上は5000mで狙う可能性もある。故障の影響もあり11月の東日本実業団駅伝を欠場。元日のニューイヤー駅伝も3区で区間8位と、会心の走りには遠かった。「1年前のニューイヤー駅伝3区も序盤にスピードを上げられませんでしたが、今年も同じ失敗をしてしまいました。後半は粘ったと思いますが、前半でリズムに乗れず、タイムを稼ぐことができませんでした」そこから1か月で絶好調宣言ができるまでになった。どんなトレーニングがそれを可能としたのだろうか。

「今回のハーフマラソンは、来年のマラソン出場を視野に入れて、その準備も兼ねています。徳之島と奄美の合宿では、マラソン組と一緒に距離を踏みました。月間でいうと1000kmを超えるくらいです」メニューとしては「起伏をかなり使った」ことが、良い状態につなげられたと感じている。「徳之島で起伏の多いコースで走り込み、クロスカントリーで不整地を走って動きを整えました」昨年5000mの自己新を大幅に更新した。ハーフマラソンに向けて距離を踏むことで、両種目の間の10000mも期待できる。今年の東京2025世界陸上は、種目は「5000mか10000mか決めていない」が、トラックで狙う最後の世界大会にする予定だ。

ハーフは「新参者」と言う伊藤の心意気

伊藤の競技に対し一直線なところは、話を聞いていて気持ちが良い。24年シーズンは「5000mの日本選手権優勝とハーフマラソンの日本記録」を目標に設定した。「1つは達成したので、もう1つのハーフマラソン日本記録更新を、今回なんとしても達成したいですね」。目の前の目標を変えない姿勢は、自身の目指すべきところを明確にしているからだ。その気持ちが強ければ、練習でやるべきことも見えてくる。

ここまで順風満帆だったわけではない。高校から大学時代前半は全国的な活躍はできなかった。無名選手だったと言っていい。高校で競技をやめる選択肢もあったが、そこで続ける覚悟を決めてからは、常に格上の選手に向かって行く姿勢を続けてきた。トラックの実績では参加選手中、伊藤が頭1つ抜けている。だがハーフマラソンは大学4年時の箱根駅伝予選会以来。ニューイヤー駅伝でもハーフマラソンと距離が近い距離(区間距離が変更される前の4区22.4km)を走ってきたが、区間賞はない。「ハーフでは新参者です」と話したが、常に挑戦する気概で取り組んできた伊藤のスタンスが表れているコメントだろう。

伊藤が考えているペース設定を紹介したが、レース展開の仕方も隠そうとしない。「5kmまでは様子を見ますが、誰も(速いペースで)行かなければ自分で行きます。遅かったらガンガン行きますよ」トラックでも先頭を積極的に走ってきた。集団の後ろの方で走るのは、挑戦する姿勢で強くなってきた伊藤には相応しくない。

(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)

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